3月31日、某時刻。
ラヴィルは自分の部屋で部下のならず者が持ってきた報告を聞いていた。
経理担当である以上、どうしても情報には五月蝿くなってしまう。
もっとも、今日の報告はどちらかといえば、彼の感情を落ち着けるに足りるものだったが。
「今日の売却予定者は3人・・・んでそのうち2人が竜騎士様っと・・・これでしばらくは楽になるかもしれないっすね。」
・・・そういうと、そういうと目の前で組んでいた腕を解き、木製の椅子にもたれかかる。
「・・・とりあえずご苦労さんっす。
 売却したやつの担当の連中にはあしたの食事はご馳走だって伝えといてくれっす。」
「・・・え・・・それだけなのかよ?少しひどくねえか?」
「それ以上の事やると後で収拾がつかなくなるのみえみえっすからね。」
軽く肩をすくめる。
部下の方もなれているのか、それ以上聞こうとしなかった。
「・・・で、例の人妻は?」
例の人妻・・・8階の3号玄室に捕らえているスピリアというエルフの冒険者。
調教が始まってから今日で6日目。・・・普通なら堕ちておつりが来そうなものだが。
「・・・まだみたいだぜ。担当者の話だと後1週間は余裕で掛かるって話だ。」
「・・・そっすか・・・」
・・・少し、呆れてくる。
・・・そもそも人妻というのも少し疑問だ。いや、自分とこの情報部を疑うわけではないのだが。
あれほどのセックス好きの妻を果たしてどんな人間が相手するのかと思うと・・・疑問が浮かばないでもない。
「それなんだけどよ、主任。あの人妻の夫、年に数えるほどしかあってないっていうじゃねえか。」
「らしいっすな。」
「・・・奥さんの性豪ぶりがひどくて会いたくねえんじゃねえのか?」
そう言ってお互い、大笑いする。
・・・なるほど、一理ある。もっとも、確かめようのないことだが。
「とりあえずはそんなとこすか?」
下らない話でひと段落したところで、目で伝令の紙を持った部下に尋ねる。
「・・・そだな。とりあえずはそんなもんか。」
「ん。ご苦労さんっす。・・・そろそろ寝るっすかね・・・2日くらい寝てねえんすよ・・・」
返答を受け、一休みしようかと椅子を立つラヴィル。
闖入者の乱入は、そのときだった。

「・・・幸せそうな顔で死んでるやつが倒れてた?」
奇妙な報告に顔をしかめるラヴィル。
「っていうか、そういうものは経理の仕事じゃないきがするんすがねえ?」
「だってラヴィルさんくらいしかこういうことに頼れる人いなくて・・・」
・・・まあ、確かに。
元々ハイウェイマンズ・ギルドはならず者の集団だ。
こういうことに慣れた人員はあまり多くない。
それに幹部の一部は女冒険者たちによって捕縛されてしまった。
ヒネモス氏は戻ってきたというが、確実に当てにはならない。
ほかの幹部連中も自分の仕事があるから、この件をまわしても戻ってくるのがオチ。
・・・となると、自分がかたづけるのが一番手っ取り早いわけで。
ハアとため息をついて傍に掛けてあった自分の得物の片手剣を腰に挿す。
「案内してくれっす。こっちは眠いんだ、ちゃっちゃと終わすっすよ。」
そう言って報告を持ってきたならず者に先導を頼む。
部屋の入り口に差し掛かったとき、部屋に残っていた部下に留守を頼むのを忘れないようにしつつ。
「悪いけど、戻ってくるまで留守番よろしくっす。」
「了解。」

「・・・こいつっすか。」
竜神の迷宮内に作られたギルド員しか知らない隠し通路。
ラヴィルたちは例の犠牲者の遺体をそこに運び込んだ。
素直に迷宮内を進んでいたのでは、ならず者たちがモンスターたちに無駄に屠られてしまう可能性もある。
なので、迷宮の構造を利用して冒険者たちに気づかれないように通路が作られていた。
玄室に運ぼうかとも考えたがそこを襲撃されては元も子もないため、この通路に運ぶことになった。
「幸せそうな顔しやがって。・・・」
悦楽にまみれた、犠牲者の頭を軽く蹴る。
・・・もっとも今は、8階の3号玄室に行けば、いやというほど見れる気もしないでもないが、それは置いておく。
「・・・誰がやったか、わかってるっすか?」
明らかに普通の死に方ではない。
だが、モンスターにそんなことをするやつがいたとも聞いてない。
と、すれば・・・明らかに”これ”は冒険者殿の仕業だ。
「いえ、ただ、その時間帯、ここを通ったのはディアーナ・パーティだけだということはわかってやす。」
ならず者の一人が答える。
「ディアーナ・パーティー・・・確か、あそこのメンツは・・」
頭の中から当該パーティーのメンバーを思い出す。
・・・あの中でこんなことをやりそうな人間・・・というと。
まず、ディアーナ、エルタニンの両竜騎士は外していいだろう。
クルルミクの誇る竜騎士が”こういう”手段に出るとは考えにくい。
残るは二人。それを比較すると・・・
「・・・フウマ、っすかね。やっぱり。」
・・・かつてランキングにも入ったことのある女忍者。
当然、ラヴィルもその名前は知っていた。
性奴になる寸前で救出が入り、奪還されてしまったが。
あの時は顔に青筋立てていたのを覚えている。
・・・怒ろうにも、そこにいたならず者は全員救出に向かったパーティーによって蹴散らされ、怒る相手がいなかったのだ。
「・・・やなこと思い出したっすね。」
ついこめかみを押さえる。

「仇うち・・・のつもりなのか?」
ならず者の一人がつい口に出す。
だが、その言葉を聞いたラヴィルはハッと小馬鹿にした。
「仇うち?・・・ずいぶんと筋違いっすな。」
「へ?」
その言葉に驚いたのはそこにいたならず者たち全員の口から漏れた。
「筋違い・・・なんでっすか?
 仲間を売られたってんなら、そう考えるのが自然なんじゃ・・・」
「あくまでそれは”連中”の考え。」
確かに一般的な理屈で考えればそうなのだろう。
だが、それだけで住むほど世の中が素直じゃないことをラヴィルは知っている。
「そもそも、被害にあってるのは連中だけじゃないっす。
 むしろうちの被害の方が”多すぎる”なんて言葉で抑えきれないほど被害でてるんすし。」
そう言って懐をまさぐると1枚の紙を取り出す。
「連中の中で性奴と化したのは今日の分入れて24名。
 一方、連中に屠られたうちの連中は既に2万5千人を超えてるっす。」
そこで呆れたかのように肩をすくめる。
「・・・つまり、こっちは連中の1000倍以上、仲間をやられてるんすよ?
 そんなことする連中が一方的に仇うちなんてちゃんちゃらおかしいっす。」
無言でいるならず者たち。
その様子を見たラヴィルは話を続ける。
「そもそも、ここに来る連中は全員知っているはずっすよ。
 ・・・俺たちに捕まれば性奴にされて売り払われるかもしれない・・・ってのはね。」
・・・それは確かに知っているだろう。なにせ、あの”ハイウェイマンズ・ギルド”が相手なのだ。
事実、迷宮に突入する前からそういう噂は立っていたし、実際に性奴にされて売られた連中だっているのだから。
「・・・それを承知で来てるんだから、こっちだって容赦する必要なんて無いッす。」
 世の中なんて弱肉強食っすよ。弱いやつは強いやつの糧となるしかない。
 そこには男も女も、ましてや老いも若きもかんけいない。
 売られた連中は”弱かった”・・・ただそれだけのことっす。
 自分の実力をわきまえず、ウチに喧嘩を売った。・・・その末路っすよ。」
ふうと軽く息をつく。
「・・・うちの6つの心得、当然、知ってるっすね?
 ひとつ、女と見たら襲い掛かれ!
 ひとつ、数を持って襲い掛かれ!
 ひとつ、弱った所を襲い掛かれ!
 ひとつ、町でも白昼襲い掛かれ!
 ひとつ、襲ったら身包みを剥げ!
 ひとつ、捕らえた女は逃がすな!
 容赦する必要なんてどこにも無いッす。こっちだって命(タマ)賭けてんすからね。
 総員、続けて女どもを捕らえて、奴らの甘さを後悔させてやれ!以上ッす!」

最後の”っす!”がどうにもしまらねえなあ・・・と思ったのは言ってはいけないことらしい。