この件は誰にも言いません


「コトネさん、これボスからです」
「あれ? あなた確かおっちゃんの…」
「はい、部下です。コトネさんたちが迷宮から戻ってこられたと言う事で、ボスからのプレゼントを預かってきました」
「へえ・・・」
そう言いながら大きなリボンの少女は少し不信そうに目の前の男のことを見上げる。
男は短く刈り込んだ髪。薄い色眼鏡をかけており、身形も良い。物腰も柔らかで、一見すると真面目その物である。
少女は今は通りの向こうで仲間の賢者が診療所の真似事をしているのを横目に見ながら、自分は迷宮から回収して来た店の武器を足元に広げて、それらの武器のシリアルと店の台帳を照らし合わせる作業を一人で行なっているところだった。
町の連中の白い視線が突き刺さるのを気にしない振りでいるが、それは元からこの町の冒険者の扱いなど、こんなものだろうと言う開き直りでもある。
「ねえ、おっちゃんは来れないの?」
「すいませんねえ。ボスはここの所少し忙しくって・・・」
オニヘイはしばらく少女と距離を置こうと思っている。
町長の目の前で彼女のことを悪く言った手前、今自分と会っているところを見られると、折角町の顔役に復帰出来たと言うのに、妙な疑いをもたれかねない。
その代わり、部下に彼女の面倒をつきっきりで見させることにして、手紙とプレゼントを用意させたのだった。
「あれ? そお言えばいつも一緒の紫色をした髪の方がいませんねえ」
「ほら、あっちで診療所の真似事みたいなことしているよ」
そう言って指差したのは、ボロボロのテントの下に出来ている人だかりだった。
その賢者は先日、町が破壊される原因を作ったことに責任を感じて、迷宮から帰還した日には、貧しい人たちを無料で診断してあげていた。
「偉いよねえ」
「ですねえ・・・元々町を壊したのはコトネさんでしょうに」
な、何を言うかなー、この人は。
「だ、だから私もこうやって、すぐ近くで様子を見ているんじゃない。そう、1リーダーとして!」
「あはははは」
「笑わないでよー!」
うん、可愛い。ボスが夢中になるのも無理ないな。
改めてふてくされたような表情の少女を見て、部下はそう思う。
いつもはボスの後ろで行動していて、彼女のことをじっくり見ることなど出来なかったが、こうして見るとなかなかの器量良しだと思った。
「けれどコトネさん、フォルテさんにああ言う真似は、あまりさせないほうが良いですよ」
先日、彼女が診たと言う少年が数日後に高熱を出して死んだと話す。
死んだのは、その少年だけでなく、老人や小さな子供もいたと言う話だ。
「フォルテが医療ミスを犯したって言うの? まっさかー」
まさか、とは思うが、賢者とは言えプロの医者と言うわけでもないだけに、ちらりと不安が走るのは隠せない。
それを読み取った男は、その隙を逃がさず言葉を続けた。
「止めた方がよろしいですよ。これ以上被害者が出ないように」
ことさら、「被害者」と言う部分に力を入れると、少女はみるみる不安そうな顔になり青ざめた。
どうやら、ボスからの指令は上手く果たせそうだと男は思う。
男がオニヘイから授かった指令は、少女と仲の良い賢者の評判を下げること。
少女を使って、彼女をしばらく町の中をうろうろさせないようにすることの二つ。


2.
先日、組織が売った性奴隷の健康診断に伺った部下が3名、戻ってこなかった。
そのことを知ったオニヘイが調べさせた所、部下が消息を絶った辺りのすぐ近くで、約50名からなる軍隊を確認。
しかもそいつらは密やかな進軍ながら、幾つかのルートを辿りはっきりとクルルミクの城下に向かっていると言う。
「ボス、これは…」
「ふうむ、50人と言えば立派な軍隊だ。戦争の真っ只中のこのご時勢に、他国の軍隊が領土侵犯も持さずにねえ」
「もしかしたらワイズナーに参加している冒険者の関係者かもしれませんね。規模から考えると王族・・・」
「そうだな」
この男は、先日まで側近を務めていた男が不幸な事故で亡くなったために、新たに側近として登用したのだが、前の男よりも切れる。
オニヘイの意図を正確に読み取り、先回りの出来る男だった。
また、仕事に私情を挟まずに忠実に行動をする。
最初、登録されている女たちの中で王族は2名と言うことだったが、先日クルルミクの敵国グラッセンと国境を接する某国の末王女が混ざっていたことが判明し、3名いることがわかった。
「しかし、内2人はそれほど強い後ろ盾を持っているわけではありませんから、50名もの軍隊で強引な救出隊が組まれるとは思いません」
「となると、最後の一人しかいないな、目的の人物は」
「例の、コトネさんと仲の良い紫の賢者・・・でしょうね。十中八九」
ムチャクチャをするな、とオニヘイは思う。
戦争中の国に他国の軍人が強引に国境を割って入り込むと言う事がどのような事態をもたらすことになるか、考えずともわかるであろうに。
「―ムチャをしたくなるほど大事な内親王殿下、と言う所かねえ」
高く売ってやろうと目をつけている、紫色の髪をした賢者のことを思い出しながら呟いた。
「いかがしましょうか。あの娘の評判は思ったよりも下がっていないようです。
なんでも、近頃は診療所の真似事のようなこともしているのだとか」
「それは、使えるな」
ボスがニヤリと笑うのを見て、男は背筋が寒くなるのを感じた。
ボスは惚れた少女に対してはとことん甘いが、そうでない場合はあくまでもビジネスライクに割りきりなんでもする。
先日まで側近だった男でさえ、ひとたび不穏な動きを見せればすぐさま不幸な事故と言う事で組織に抹殺されるのを目の当たりにした。
勿論自分が今の立場についたのはそのお陰である以上、その男に同情などはしない。
何より、このボスの冷徹さと、惚れた少女に対する甘さのギャップ。
そこに魅力を感じて心酔している以上、ボスに逆らうことなど考えもしない。
「医療ミスって言うのは、どんな時でも大きな問題だよなあ。しかも、それが医師免許を持たない、素人の診療によるミス・・・って言うのは」
「ま、まさか・・・」
「フォルテちゃんが診た患者の何人かに、毒を盛って殺してしまえ」
手にいれたばかりの街の住人の登録名簿を見ながらオニヘイは、手頃な人物をピックアップする。
子供や老人。出来るだけ弱い人間を。
「こんなご時勢でまともな医者はみんな戦場に出はらっているから、そう簡単に毒は特定できないだろうが、念のためあまりメジャーでない毒がいいな。薬草と良く似た毒草とかあるだろう。あれ使え」
そして死んだのは勿論当日診療を行なった賢者のせい。そう言う事にしてしまえとオニヘイは命じた。
「わ、わかりました。しかし、軍隊の方は・・・」
「厄介だねえ。けど性奴隷を売りつけてやった将軍がいるだろ?
そいつにかけあって国境を越えられないよう、警備を強化してもらうか。ああ、だがそれだけじゃ足りないな・・・」
「フォルテさんがもう売られたと言う事にしてしまってはいかがでしょうか? それも、この国から正反対の方向へ」
「そうだな。上手くいくかどうかは微妙だが、時間稼ぎくらいにはなるか。後は…」
そいつらが密かにこの国に来ると言うなら、そう出来なくしてやろうと思った。
幸い、既に動きは掴めている。
つまり、後は他国の軍勢が国境を割ろうとしていると言うことを騒ぎにしてやれば良い。
そうすれば、追い返すこととて出来よう。
この手の情報操作は組織が最も得意としていることだけに、成功させる自信があった。
「で、そいつらはきっとフォルテちゃんの新派なんだろうが、当然、対立派もいるわけだ」
「ええ」
「じゃあ、もうすることは一つしかないよなあ?」
これで決まりだと言う風にオニヘイは笑う。
そうして部下の忍者の一人を呼び出すと、手紙を書き、すぐに然るべき人物の元へ届けるよう命令した。

「それと、あのコはこれ以上町で目立たないよう、出来るだけ引きこもらせておけばベストなんだが…」
それはやはりいつも賢者と仲の良い少女を使おうと思う。
彼女はタフなので、町の人間にどれだけ白い目で見られようと気にせず大通りを堂々と歩いている。
しかし仲の良い相手の悪い噂が立てば、自分も庇って大人しく宿に引っ込むだろう。そう言う娘だと言う事がわかっている。
おまけに幾らタフとは言え、この間町で白昼堂々拉致されそうになったり、石を投げられていたと部下から聞いた。
それはさすがに気の毒に思うので、出来ればあまり出歩かずに大人しくしていて欲しい。
と言うよりも、自分以外の人間が彼女を苛めることは何だか許しがたいものがある。
「了解しました。それでは、失礼致します」
「ああ、待て待て。町長をちょっと呼んでこい」



3.
「お、オニヘイさま…本日はどのような御用でございましょうか」
「さま」。呼び出した町長の立場は、完全にオニヘイの下だった。
それは、彼の言う事を聞かずに、あの賢者のやりたい用に診療所を開かせてしまったと言う負い目があるからなのか。
先日まで、この男の事務所は路地裏の小さな部屋であったが、今は違う。
町の中心の大きな建物を建物毎買い取って作った巨大な住居件事務所。
その雰囲気に、生来の小物である町長は完全に呑まれてしまっている。
「そんなに萎縮するなよ。俺は、善意の協力者だろ?」
「は、はあ…」
確かにその通りだった。
オニヘイは町の復興に私財を提供してくれただけでなく、町長に立派な宿舎を作ってやり、さらに今度は貧しい者たちのために、無料の診療所と食堂まで作ると言う。
正に善意の協力者なのだが、それでも、町長はこの男が怖い。
「これを見ろ」
見せられたリストには、街の貧しい者達の名前や住所が書かれているのだが、情報の価値を知らず、また無名の町人になど興味もないこの男にはそれはわからない。
ただ、所々、名前の上に赤い×印がついているのが気になった。
「これは・・・」
「赤い×印がついている連中な。死んだぜ」
「!?」
「町で評判の素人診療所で、診てもらった翌朝とかにな」
「そ、それはもしや・・・!?」
「だから言っただろう? 油断をするな…って」
町長は顔色を真っ青にしてブルブル震えている。
「あの診療所を開くことを許可したのは、確か町長。アンタ…だったな」
「そ、そ、それは・・・」
どうしてそれを…と出かかった言葉を慌てて飲み込み、町長は背筋が凍りつくのを感じた。
そうしてかつらがずれるのも気にせず、流れる冷や汗を拭う。
「大人しく俺の言うことを聞いていれば良かったのにねえ。これは、アンタも責任を取らされるかもしれないな。
女房や娘さんもどうなることやら。…言っておくが、俺は庇わないぜ」
「お、お待ちください! すぐに止めさせますから!」
「フン」
「そ、それで亡くなった者たちの遺体は・・・」
そんなものとっくの昔に火葬にしたわと言う。妙な疫病などに感染して困るだろう?と。
最も本来の理由は死因の特定を防ぐためではあるが、そこまでは町長は気付かない。
「じゃあ、もう帰っていいぞ」
失礼しますと言って町長は部屋を出ていった。それを見て、オニヘイは満足そうにうなづく。
場合によってはあの男も消してしまい、代わりに自分の息のかかった人間を新しい町長に任命してやろう。
オニヘイは表向きは善意の寄付者を装いながら、裏では金と恐喝で権力を一気に増大させていた。

「(しかし最近本当に周囲が騒がしくなってきたな。
クエストには王族やら貴族の娘やらも多く参加しているから救出隊の規模もデカい。
噂じゃあ黒騎士やザダイファの聖騎士まで町に入りこんだらしいし、…こいつぁ意外と地雷かもしれん(爆)」
早く目的の少女をモノにして、街を出なくてはと思う。
「第一そんな物騒な軍隊がもしフォルテちゃんと接触したら、一番危ないのはあのコと仲の良いコトネちゃんじゃねえか…」
軍隊だのなんだのと言う連中には、庶民の生命などなんとも思わない者も多い。
ましてや連中は罪の無い市井の者を、秘密を守るためと言う目的で殺すような連中だ。
そのような連中だから、もし救出対象の内親王殿下の周りに、一般人の友人がいるとなれば、何かしらの理由を付けて危害を加えるだろう。
もしかしたら、理由無く斬られてしまうかもしれない。
目的のためなら手段を選ばないと言う点では、自分たちと何ら変らないと思う。
何よりクルルミクとの貴族との付き合い上経験済みだが、イザと言うときにそいつらは簡単に自分を裏切ることは知っている。
だからこそ、常に連中の弱みを握り続けているのだ。

もし、そいつらがコトネちゃんに少しでも危害を加えるようなことがあったら…許さん
そこまで考えて、オニヘイはまだ見ぬその軍隊を彼女の敵。自分の敵だと認識した。
「(けど当面はボディーガードだな・・・)、おーい、忍者。ちょっと出てこい!」
「なんでしょうか、ボス」
「12人のチームでコトネちゃんに気付かれないよう、24時間フルタイムで監視体制を作れ。
妙なのがもしコトネちゃんの周囲に現れたら、消せ」
「ボス、それは迷宮の中でもですか?」
「馬鹿かお前は! 町の中での話しだ、町の!」
やはりそうか。と思いながら部下の忍者は任務を受ける。
しかし、ボスは? と尋ねた。今の話は自分も全て聞いていたから、ボスの周辺も当然今まで以上の護衛が必要だろうと思うのだ。
「俺様はいい。あまり目立つのもマズイから、あくまでも表向きはちょっとクールで面倒見のいいオニヘイさんで居続ける」
「了解しました。では」
現れた時と同じように、忍者は消えた。
そしてオニヘイは、あくまでも町で評判の気のいい財産家の顔で通す。奴隷商人の顔を知っているのは、コトネとその仲間の3人のみ…。



4.
「ねえフォルテ、そろそろ帰ろう?」
「コトネさん・・・。もう少しだけ、あと少しですから」
「フォルテ殿」
振り向くとそこには町長がいた。
「ああ、どうされました?」
何も知らない彼女は、にこやかな微笑みを浮かべる。しかし、町長の顔がどこかうかないことにすぐ気付いた。
「ねえ、おじさん。この人だぁれ?」
「この町の町長ですよ、コトネさん。つまらない、ケチな男です」
「ふうん」
この男の価値などどうでも良いが、何か含みがある様子であるのは気に入らなかった。
言いたいことがあるなら早く言って欲しい。
「フォルテ殿・・・。実は、貴女に診療していただいた者の内の数名が…ですね」
話を聞いて、二人の少女は青ざめる。まさかとは思うが、彼女が診療した者の中から死者が出た。
自分は既に話は聞いていたが、ショックを受けることを恐れて黙っていようと思っていた矢先の事だけに、目の前の男のデリカシーの無さに怒りを感じてしまう。
「そう言うわけですので、その・・・もう、これ以上は結構でございますから。今度、町が経営する無料の診療所も出来ますし…はい」
「そ、その方・・・いえ、ご家族に会わせてください!」
真っ青な表情で、それでも確かめたいと言う強い意志を持ち彼女は言う。
だが、遺体は既に引き取られて埋葬されたと言う事であり、その願いは叶わない。
「迷惑なのです! これ以上は!」
町長は、いい加減にして欲しいと強い口調で言い放った。
賢者は、そのように強い口調で否定をされたのは生まれて初めてであり、強いショックを受けた風だ。
そして町長は、話が終わるともう用は無いとばかりに、そそくさとその場を立ち去った。
「フォルテぇ・・・」
少女は心配そうにおろおろしているのだが、それでもこのことは他の二人の仲間には絶対話せないと思った。
この話は、この場にいる自分たちの間だけで終わらせたい。
「ね、ねえおじさん…」
「わかってますよ。この件は誰にも言いません。ボス以外には」
「うん…ゴメン。よろしくお願いね」
「ええ」
そういいながら、男は計画通りだとニヤリと笑う。自分が話さなくても、話はあの貧相な町長の口から町中に広まるだろう。
己の保身のことばかり考えているような男だ。少女一人を陥れることなど、ためらわない。
「…ねえフォルテ、気持ちはわかるけど、しばらくは迷宮から帰ってきた日も、宿で大人しくしていた方がいいかもね」
「コトネさん…けれど、私は…」
「うん。だから、おっちゃんに頼んで無実を調べてもらおうよ。ねえおじさん、いいでしょ別に」
「あの方に…ですか」
自分を商品としてしか思っていなさそうな、あの男のことを思い出し、賢者はは思わず身震いするが、目の前で心配そうに自分を覗き込むこの少女は、オニヘイは酷い男だがこう言う時は力にはなってくれると信じている様子だ。
全く、どこまで人が良いのだろうと部下は思う。
しかしその一方で、これで任務は達成出来たと満足気にうなづいていた。


「―様」
ふと自分を呼ぶ声がして振り向くがそこには誰もいない。
「ボスの命令で、あのお二人の監視と護衛は以降我々が引き受けます。―様は、例の連中のことを知らせに行けとのことです」
「…わかった。では、後は任せる」
やれやれ、今日は忙しい。そう思いながら部下の男は今度は軍の詰め所に向かう。
迫る他国の軍隊のことを、クルルミク軍に知らせるために。
一方でボスの周辺が急激に慌しくなってきたが、この危機を乗り越えれば組織はもっと大きくなるに違いない。
そう思いながら、男は、任務を果たすために夕刻の町を走った。


そうして、事態は何故だか武器屋の娘と一人の賢者を中心に大きく広がってしまっているのだが、
当の娘達はそんなことにはとんと気付いていないまま、翌日、再び仲間と共に龍神の迷宮へと向かった。