闇からの生還

 



暗い。何も見えない。何も聞こえない。

身体は動かせない。声も出ない。

ここはどこ?私は誰?思い出せない。何も。

「はいはい、可愛いお人形さん。今日も新しい服に着替えましょうね。」

女性の声が聞こえた。誰?人形?

ゾクッ!

誰かが身体に触った。違う…服を脱がされている!

人形って、私の事!?

触るな!脱がすな!やめて!

「嫌だあああぁっ!」

バキィッ!

「はにゃああああっ!」

声が出た。身体も動いた。聞こえる。見える。

辺りを見回した。病室のような部屋。

私はベッドに座っていた。服は脱がされて下着だけになっている。慌てて服を着る。

床にエルフの女性が倒れていた。誰?

「あいたたた…。油断しました。いきなり覚醒するなんて。」

エルフの女性は立ち上って服装を直す。

白衣を着ている。医者?看護婦?

それに覚醒って何?

「おはようございます。私は医師のフォースリー。気分はどうですか?」

フォースリーと名乗ったエルフの女性は、私より若く見える。

エルフだから外見で判断できないけど…。

医師には見えない。ニコニコと微笑んでいる。

「ここはどこ?私は誰?覚醒って何?」

とりあえず、分からない事を聞く。現状を把握しないと行動できない。

何より自分が何者か知りたかった。不安で怖い。

「どこから話しましょうか。ここは私の診療所です。」

身体を見るけど怪我はない。どうして私は診療所に?病気?

「貴女は世間で言うところの精神崩壊を起こしまして。」

はっ?ちょ、ちょっと、精神崩壊って…。

「簡単に言うと発狂しました。」

嘘!?それじゃあ、今ある私の人格は何!?

しかも笑顔で言わないで!

「まさか、こんなに早く精神が回復するとは…思っていたより精神が図太い?」

図太いって…酷いこと言ってない?

それに崩壊した精神って回復するの?

「薬や魔術を致死寸前まで使った、おかげですね。」

まていぃっ!危険なこと言ってる!

い、医者なの本当に!?

記憶がなくなったのは、こいつのせいじゃないの!?

「むぅ〜。その目は私の言うことを疑ってますね。」

「当たり前!むしろ違うことを祈るわ!」

詰め寄って叫ぶと、フォースリーは顔を背ける。

「やだ、そんな。キスしようなんて。」

「するかあぁっ!」

この女。顔を赤めて何をほざいてる。

頭が痛くなってきた。誰か会話を変わって。お願い…。

「そうですよね。治療中に沢山キスしましたし、あんなことも…。」

「何をしたあぁぁっ!」

私の身体に!フォースリーから離れた。この女は危険だ。私の敵だ。

「冗談ですよ、冗談。」

こっちを見て言って下さい。どうして顔が赤いんですか?

落ちつこうとして、別のことを聞く。

「覚醒って、崩壊した精神が治ったでいい?」

「そうです。」

信じられない。私が精神崩壊をおこしていたなんて…。

過去に何があったのか。

「記憶がないけど…どうして?」

「ん〜。それはまだ思い出したくない。貴女の精神が鍵をかけているのかも。」

私の精神が?

思い出したくないなんて…辛い過去なの?

「名前は?私の名前は?」

「プリンプリン・プリーン。」

「嘘つけえぇぇっ!」

そんな名前のわけがない!絶対に違う!事実なら自殺する!

「良い名前だと思ったのに…。」

どこが!?良い名前なら自分で使いなさいよ!

「はぁ…はぁ…。」

「興奮すると身体に悪いですよ?」

誰のせいよ。まったく。

こいつは天然?わざとボケてるの?

私は記憶がなくて、自分が何者か分からなくて、不安で不安でしょうがないのに。

「もういい!他の人に聞く!」

立ち上がると部屋を出て行く。

「診療所は私と貴女以外、誰もいませんよ?」

誰もいない?どうゆうこと?

診療所でしょ?他の医師や患者はいないの?

「それに山奥に立ってますから、近くの村までも徒歩で1週間かかりますよ。」

「・・・・・。」

窓を開ける。見えたのは…見渡す限り山。遠くに村が微かに見える。

なんだって、こんな所に診療所を作るの!?

客なんて来ないでしょ!?

「これぞ、知る人ぞ知る。隠れた名店!」

「誰も知らないし、名店じゃないでしょ!」

「おおおっ!そうですね。」

そうですねじゃないいぃぃっ!

もう誰か助けて…。こいつと話すの嫌だ。

「お願いします。私の名前を教えて下さい。出来れば過去も。」

「嫌です。」

うわあああああぁぁぁっ!

こいつを殺してもいい?物凄く殺意が沸いた。

撲殺した後に、何もかも忘れて眠りたい。

私が実行する前にフォースリーは真面目な顔で言う。ちっ、残念。

「教えたら、きっと記憶を取り戻します。ただ…。」

「ただ?」

「まだ精神の傷が完全に完治してないなら、また精神が崩壊する危険があります。」

そんな…。また、あの暗闇の世界に閉じ込められるってこと?

それは嫌かも。でも…。

目を閉じて少し考えてから、私はフォースリーに告げた。

「大丈夫…とは言えない。だけど、昔の自分に負けたくない。」

「・・・・・。」

過去の事は知らない。思い出せば、絶望するかもしれない。

だけど、それ以上に先に進みたい気持ちが強い。

止まっていられない。

フォースリーは何も語らず、じーっと私の瞳を見つめている。

「だから、私の名前を…教えて。」

長い沈黙の後、溜息をついてフォースリーは立ち上がった。

「分かりました。そこまで覚悟があるなら教えます。」

「ありがとう。」

「本当はもう少し時間をかけて治療したかったけど、しょうがないですね。」

ついに名前が知る時が来た。

緊張する。足の震えが止まらない。

「貴女の名前は…。」

私の名前は…。

「エルゼ・ロッソガーデン。」

パキン!頭の中で何か弾けたような音が聞こえた。

忘れていた記憶が甦ってくる。

頭が痛い。気持ち悪い。

思い出した。失った。部下も、夫も、国も。

ワイズナー討伐。そこで敗者となり、プライドと誇りを失った。

床に膝をついた。大量の汗が身体から流れる。

「大丈夫ですか?」

フォースリーが身体を支えてくれる。

「大丈夫よ。ありがとう。記憶を取り戻した。全部じゃないけど。」

「そうですか…。」

そう。全部じゃない。奴隷商人から、あいつに買われてからの記憶が曖昧だ。

それに…裸の私を守ってくれる巨漢の男の記憶がある。

夫と共に死んだはずの彼。生きていた?

分からない。記憶が足りない。

「精神崩壊した貴女を連れて来たのは、フィルと名乗る青年でした。」

考え込んでいる私に、フォースリーが教えてくれた。

フィル?誰?

「私も詳しくは知りませんが、ここに居るそうです。」

地図を見せてくれた。ここからは、かなり遠い場所。

でも、行かないと…。その人が足りない記憶を知っているなら。

止まっていた私の歯車が動き出す。

それは悲しいけど、知らなくてはならないもの。



「殴損」へ 続く?




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