『大いなる父――理由――』


龍神の迷宮を探索中は、召喚された魔物やならず者達が必ず襲い掛かってくる。
運が良ければ魔物と遭うことは無いが、ならず者達は何度も、敵わないと分かっているにも関わらずやってくる。

「ヨイッショオ〜〜〜〜〜!!」

「邪魔ッ」

「ハァ!!」

「当たると痛いっすよ〜〜〜!」

チャイカさんがメイスで粉砕し、シャーデーが片手剣で斬り倒し、私とアルメリアが殴り倒し……
結果、いつも通りにならず者達は散々に敗れて去っていく。そう、今日も全てがいつも通りだった。
その後は、少し広い空間で休息を取る。休息とは言っても、今日の探索を打ち切ってしまったのでここで一泊する事になる。

キャンプを張り、チャイカさんとアルメリアには、ご飯が出来るまでの間、見張りに立って貰う。調理役は主に私。当然、シャーデーにも手伝って貰う。
パーティを組んだ時に、『休むときは二人一組で見張りを立てる。が、ご飯を食べるときは四人一緒に食べる』と私が強く望んだ。
少ない人数で静かに食べるより、四人全員で食べたほうが楽しいし、より美味しいと感じるからだ。
最初はぎこちなかったが、今はもう慣れたのか、作り終える前に匂いに釣られて見張りの任を終えて集まる。

「ふへぇ〜〜、いい匂いっす〜〜〜。おなか減ったっすよ〜〜〜」

「おっ!?今日はカレーかい?食欲をそそるこの香りがなんとも言えないねぇ〜」

「ん〜、本当はもっと本格的に作りたいんだけどね。食材の関係で具がお肉とジャガイモしかないのは気にしない方向でお願いね」

最後に隠し味のスパイスを少し振りかけて、みんなに配る。
私が食事当番を買って出たのは、まともにご飯が作れるのは私しか居ないと分かったからだ。
いや、決してみんな料理が出来ないという訳ではないのだが……
アルメリアは直火、シャーデーは簡単なものなら、チャイカさんに至っては食材を豪快に消費してくれるから任せられないだけなのだ。

「いや〜、エルザが料理上手でホンットに助かるねぇ〜」

チャイカさん、カレー2杯目に突入……よほどお腹が空いていたのだろうか、5分と経たずに1杯目を食べ切るとは。
それを見たアルメリアも、急いでカレーを掻っ込み…咽る。シャーデーは気付かれない様に口をヒーヒーさせながら黙々と食べ続けていた。

「そういえばさ…二人は何で討伐隊に参加したの?」

と、思わずチャイカさんとアルメリアに聞く。これは前々から聞きたいとは思っていた。
シャーデーに聞かないのは、すでに『みんな』知っているからだ。――自分がニコラウス家の人間だと証明する為だと。

「ん?……ん〜〜、わたしは簡単に言っちゃうと、腕試しかな?ほら、女性しか挑めないって言うし、あと興味もあったからね」

「あっしも腕試し…っすかねぇ?あちしの力でどれだけ人助けが出来るか試してみたかったんす」

チャイカさんは傭兵と言う仕事柄か、なんとなく予想は出来た答えだった。が、アルメリアのは少し驚いた。
彼女の性格からその様なことを思っていたとは、ちょっと考えられなかったからかも知れない。

「そういうエルザはどうなんだい?」

チャイカさんがカレーを食べる手を休めて、同じ質問を私に聞いてきた。

「『瞬拳』の異名すら持つアンタがワイズマンの討伐隊にいるんだ。やっぱりわたし等と同じかい?それとも、他に理由があるのかい?」

「私は―――」

「そりゃ〜、当然、エルザさんの目的は一つっすよ」

と、私が話し出そうとした時にアルメリアの元気な声で遮られる。

「より世界に『瞬拳』の名を知らしめる!これしかないっすよ!!」

……しかも、全くの見当違いの答えで。
このまま黙っていると、本当にアルメリアの言った事が目的になってしまいそうな気がしたので、私も食事の手を休める。

「ん〜、私の目的はね。私の居候している教会や他の孤児院への寄付金目当てって所かしらね……表向きはね」

「表向き?…それだけでも十分立派な理由ではないのか?」

今まで黙って食べていたシャーデーも乗ってくる。私の『表向きは』の言葉が気になったのだろう。

「まぁ、そうなんだけどね。……ねぇ三人とも………『大いなる父』って、知ってる?」

「『父』っすか?『大いなる母』の間違いじゃないんすか?」

チャイカさんとシャーデーが首を横に振る中、アルメリア一人だけが言葉を出した。

「あら、アルメリアは『母』の事を知ってるの?」

「え?まぁ、本で読んだ程度っすよ。「エルフを生みし万物の平定を見守る世界樹『大いなる母』」…とまでしか」

「そう。けど、エルフの対にダークエルフが居るように、『母』にも対の存在があるの。それが『大いなる父』…これを見つけ出すこと…」

エルフの象徴とされる『母』の対の存在を探しだす。これがもう一つの目的…
そして、今は亡き父との約束…

「ふ〜ん…で、その『大いなる父』とやらは見つかりそうかい?」

「…それが全然。まぁ、書物にもほとんど書かれない伝説みたいな存在だし、本当に存在するかすらも怪しいし…」

「ちょ、ちょっと待て、そんな物を探しているというのか、君は!?書物にも無いと言うなら探しようが無いじゃないか!!」

確かに、シャーデーの言う通りだった。
『大いなる父』に関する書物は少なく、王立の図書館に1冊あればいい方である。さらに、書かれているものは全てバラバラなのだ。
「『大いなる父』は知識を持った巨大な黒曜石だ」「『大いなる父』は魔界樹だ」「『大いなる父』は闇を司る神の事だ」などなど…
その中で唯一解る事は、「『大いなる父』はダークエルフの象徴である」という事だけ…自分でも呆れるくらい馬鹿げた内容だ。

「でもさ、『大いなる父』とワイズマンが何か関係あるのかい?」

チャイカさんがもっともな質問をする。
私は即答できなかった。いや、出来たかもしれないが、したくなかったのかもしれない。
確かに、関係性など無いに等しい。いや、全く無いのかも知れない。しかし…可能性は無いとも言い切れないのも事実だ。

ワイズマンは多数の魔物を召喚している。召喚魔法は、高い魔力と高度な知識、それに伴う実力がなければ簡単に使えるものではない。
それをワイズマンは凄い数の魔物を召喚しているのだ。だから、きっと『大いなる父』に関する知識があるのではないか?と私は考えていた。
だが、はっきり言ってしまうと、これも賭けでしかない。ワイズマンとて全知全能の神などではないのだ。知らないこともあるかもしれないのだ。

「…んじゃあ、エルザはなんでその『大いなる父』ってのを探そうとしてるんだい?」

「話してもいいけど…それ、私が冒険者になるきっかけを聞くようなものだから長くなるわよ?」

簡易コップに注いだ水を一気に流し込む。その間、三人から何も反応が無かったので話していいと判断した。

「…えっと、まず、私の父様はキングクインでは有名な暗殺集団の頭領をやっていたの」

始めに、私は父様の事を話した。
シャーデーから少し突っ込みが入ったけど、実はとても重要な事だったりする。
…父様の集団は、父様を含め皆、ダークエルフで構成されていて、暗殺業の他にももう一つ目的があった。

――――――――『大いなる父』の捜索…

ダークエルフもエルフ同様に寿命が長く、エレギン、グラッセン、キングクインと、長い年月をかけて探してきたのだが、アクシデントがあった。
依頼主の裏切り、キングクイン軍の介入……集団の壊滅。
『政府要人の暗殺を引き受けた時点で、裏切りや軍が介入してくるだろうとは思っていたが、同時に来るとは思わなかった』と笑いながら話す父様を思い出す。

「で、集団が壊滅し、重症を負った父様を助けたのが私の母様。そして、私が生まれたって訳」

「ほへぇ〜、ダークエルフのお父さんにエルフの魔術師のお母さんっすか〜。エルザさんが強いのも納得いくっす」

とアルメリアは一人納得したようにウンウンと頷く。
確かに、今のこの実力も、父様から暗殺術と体術、母様から魔術を教わっていたお陰だ。

「っと、話を戻すわね……」

私が生まれた後も、『大いなる父』探しは継続した。
しかし、成果は無かった。集団の時とは違い、その時の父様には母様や私といった存在があった。
お尋ね者の自分が無理をすれば、私達に危害が加わる。父様としては、それは絶対に避けなければならないことだった。

そして、母様の村に移り、暮らし始めて数年…流行り病にかかり、父様と母様を亡くした。

「その時に父様と約束したの。『大いなる父』を探し出すってね…。今思えば迷惑な話よね。伝説級の存在を私一人で探し出せって言うんですもの」

「エルザくん………」

両親のことを思い出して、一瞬泣きそうになるのを必死に堪える。強引に笑って見せたけど、シャーデーは少し心配そうに私を見つめていた。

「…クルルミクに『大いなる父』があるかなんて分からないし、ワイズマンだって知ってるかなんて分からない…でも…」

弱くなってきた焚火に薪を加える。カランと音を立てて、火の粉が軽く宙に舞う。
小さく、すぐに消えてしまう火の粉を見ながら私は父様の口癖を思い出す…

「…でも、可能性がある以上は…試してみる価値はあるじゃない?」

そう言いながら軽く微笑む。
父様は『コレ』を言うときは必ず笑っていた。どんなに辛く苦しい時でも、いつも笑っていた。
そんな父を真似るかのように…私も笑った。

「…じゃあさ、もしも…私らより先に、誰かがワイズマンを倒しちまったらどうするんだい?」

「ん〜、その時は「その時」かな?運が無かったと思うしかないわね」

と、私もカレーのお替りをよそおうとした時だった。
…鍋の中が異様に軽い……すぐさま鍋の中を覗いて見ると…

「…か、空っぽ!?おかしいな。確か一人2杯は食べられるように作ったハズなんだけど…」

「プッハ〜〜〜、満腹っす〜。もう食べられないっす〜〜〜〜」

丁度タイミング良く、アルメリアとセリフが重なり、目が合う。
そこで、一つ疑問が急浮上してくる……私が話している間、この娘は食事の手を休めていただろうか……
否…彼女は食べ続けていた。

「はれ?どうしたんすか?みんな難しい顔して」

「アルメリア…………」

私は、アルメリアの肩にポンッと手を置いて、笑顔で…そしてとっても恨みの篭った声で言った

「今日の見張りよろしく。あと、明日の貴女の朝ごはんは無し!以上!」

「は、はへぇええ〜〜!!そ、そんなイキナリ何故っすか〜〜〜〜!?」

「……ま、自分の胸に聞いてみるんだね」

「…君に一ついい言葉を教えてあげよう…………『食い物の恨みは怖い』だ。よく覚えておいたほうが良い。今後のためにな」

二人もそう言いながらポンッとアルメリアの肩に手を置く。。
当然、本気で言っている訳ではなかった。多分本気で怒ったら、チャイカさんは激しく暴れるだろうし、シャーデーはとても静かに怒るだろう。
だが、彼女たちからは含み笑いが聞こえていた。きっと、私の言葉に便乗して冗談交じりで言ったのだろう。

私は、というと。自業自得だ…とは思いつつも、彼女一人で周囲を一晩中見張るのは骨が折れるだろうから、後で交代してやろうとは思っていた。



でも…………もしも…この国にも手掛かりがなかった場合は…私はどうするのだろう、と思う。


教会の子供たちを置いて、父の約束を果たすか…それても父の約束を果たさずに、教会に残るか………………


いずれ訪れるであろう選択肢………私は一体…どっちを選ぶのだろう……