「『瞬拳』エルザ・クラウン」



クルルミク城下町、クルハイルの街にある酒場・・・『ドワーフの酒蔵亭』
この界隈一を誇る酒の種類の豊富さをウリにするこの店は今、昼夜を問わず人で溢れていた。
その客のほとんどは、『ワイズマン』討伐に志願した女冒険者達。

『瞬拳』エルザ・クラウン・・・・・・彼女もまた、この店の常連客の1人であった。


「こんにちわ〜」
「おおエルザ・・・・・なんだ?そのガキ共は?」
亭主のペペフォジチノがエルザの方を向いたとき、少なからず驚いた。
普段、エルザが入ってくるときは大抵一人で来ることが多い、というよりもいつも1人だった。
しかし、そのエルザが連れを連れてきた・・・それも子供を2人もだ。

目を丸くするペペフォジチノをよそに、ハデスが火酒を胃に流し込みながら口を開いた。
「なに?それ、アンタの子供?」
「なっ!ち、違います!この子達は教会で預かってる子達で・・・」
誰もが思ったであろう質問に、エルザは力一杯否定した。

エルザは、クルハイルの外れにあるメルディアス教会に身を寄せている。
この教会は孤児院も兼ねており、連れの子供達はそこで預かっている孤児であった。

「あっはっはっは!わ〜かってるよ!冗談を真に受けなさんなよ!」
ハデスは豪快に笑い飛ばし、他の客も同様に笑い出した。

「・・・・・・・本当にエルザの子供かと思いマシタヨ・・・」
「あの歳で既に二人の子持ちか〜・・・頑張るわね〜・・・」
カウンターの隅の方でフリーデリケとミラルドがサラダを食べながらボソッと呟いたが
「そこ!!聞こえてますよ!!!」と、エルザの一喝が入り、思わず喉に詰まらせてむせた。

「で、何の用だ?飯ならフリオの所で食ってくれば・・・」
「え?ああ、フリオさんのお店が休みだったのよ。それでコッチにきたってわけ」

―――「渡り鳥の巣亭」――――

――――食料枯渇につき、本日休業―――――
               亭主 カルフリオ・ヴェルヒラディス・グラッチェルニズ


「・・・・・・枯渇だと?・・・珍しいな、アイツが買出しを怠るなんて・・・・」
「私的には『枯渇』って言うところが気になるけど・・・」エルザは苦笑しながらカウンターに座る。
連れ孤児達はエルザに近いテーブル席に荷物を置き、座った。

「それにしても珍しいですよね。エルザさんが連れの方と一緒にいるって」
左隣にいた剣士の少女、フェリルがまだ少し驚いたように話しかけてきた。
彼女もこの店の常連なのだが、エルザが連れ付きで来店したのを、やはり初めて見たのだ。

「言われてみれば・・・そうね〜」
「お買い物ですか?」と右隣にいたハーフエルフの少女、ミューイが聞いてきた。
「ええ、この子の稽古用に使ってた剣が折れちゃってね。それで買い物ついでに新調しようと思って、ホラ、挨拶」
「・・・ヒュース・ディス・バルディアスです。初めまして・・・」
12歳ほどの少年が恐る恐る、挨拶をした。

「なるほど、『ヒュー』ですね!覚えたデスヨ」
と、少し離れたところにいたフリーデリケが元気よく応えた。
「バアさん・・・初対面のヤツにそれは無ぇだろ・・・しかも子供相手に」
ペペフォジチノの言う『バアさん』とはフリーデリケのことだ。彼女は高位のエルフで、外見とは裏腹に200歳を軽く超えているのだ。
「い、いえ、エル姉達からも『ヒュー』って呼ばれてますから俺は気にしないです」
「ホレみろ〜、どうだ〜『ぺ』!」
「俺はなんで一文字なんだ〜!」と少し泣きの入った声でペペフォジチノが叫ぶ。今まで「ぺぺ」、「ペズ」などと呼ばれてきたが
なぜか、フリーデリケからは『ぺ』と一文字だけで呼ばれることが多々あるのだ。

「(アラ、可愛い顔・・・・・・・・)・・・・・・ゴクリ」
「ハデスさん。あらかじめ言って置きますが、とって食おうなんて思わないで下さいね」
「(ドキッ)ア、アラ〜ナンノコト〜(棒読み)
ハデスが慌ててヒュースから目をそらした。彼女はSな性格からか、時々気の弱そうな少年を見つけると強姦しそうになるのだ。
もちろん、彼女がショタコンという訳では無い。ヒュースの見た目もかなり可愛いのだ。少し化粧をすれば女性と思えるほど可愛く、
実際にショタ気のある女冒険者に2度ほど攫われて無理やり女装させられた経験もあるのだ。

そんな和やかな雰囲気のなか、リュートを背負った、小柄で少々小太りな男が声をかけてきた。
「エルザ・クラウンさん?」
「あら?確か・・・ミュー・ラ・フォンさん・・・でしたか?お噂は聞いております」
「噂・・・・ですか?」
「ええ、毎夜ハデスさんやヴァイオラさんと体を合わせる命知らず・・・と」
コレを聞いた該当者は、一人は酒を吹き、一人は食べ物を喉に詰まらせ咽た。
吟遊詩人であるミューは以前、この両名に話を聞き、夜の相手をしたことがあるのだが、それ以降、どちらか1人(ある時は2人同時)と
寝ることが多くなったのだ。

「ま、毎夜だなんて人聞きの悪い。あたしは2日にいっぺん程度さ」
「あたしだってそんなもんさ!毎夜やってたらミューの身が根を上げるさ」
2日にいっぺん程度と言ってはいるがそれでもハイペースだ。被害者のミューは「ハハハ・・・」と苦笑するしかなかった。

「・・・・・・・・で、なんの用でしょう?」

「は、はい、前々からあなたのお話を聞かせて頂こうと思ってまして」
「はぁ、でも私にはハデスさんやヴァイオラさんのような色話はありませんよ?」
「そんな、私が色話をいつも求めていると思ったら大間違いですよ」
「う〜ん、では何をお話すればいいのでしょう?」
「あなたが『瞬拳』と呼ばれることになったお話ではいかがですか?」

「ほぉ〜そりゃ俺も興味あるな」
ペペフォジチノやフェリル、他の冒険者達も集まってきた。
皆、『瞬拳』の名の由来は知ってはいるが、詳しい経緯は知らないので興味津々だった。
そんな中、滞在時間が長くなると予想したヒュースは連れのもう一人の孤児を連れて荷物をまとめた。

「エル姉、俺、先にルイス連れて帰ってるね」
「あ、うん、わかった。ゴメンね」
「ううん、神父さまや他のに伝えておくよ」


エルザはヒュース達が店を出るのを確認してから、呟いた。
「じゃ、始めようかしら」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「私の『瞬拳』の二つ名の理由は知ってるでしょ?」
「ええ、瞬時に何発もの打撃を繰り出すことから付いた二つ名と聞いてます」
『瞬拳』・・・その名の通り、一瞬で何発もの攻撃を繰り出し、それが一撃にしか見えないことから付いた二つ名。
今や、クルルミク内では『瞬拳』の名を知らぬ者はほとんど居ないほどの通り名である。

「私がそう呼ばれるようになったのは、今から大体2年前のことよ」



「3年前、グラッセンの特殊部隊が国内に侵入したって事件、知ってる?」
「ああ、でもそれは軍が鎮圧したんだろ?」

グラッセンは幾度も帝政と共和制の交代を繰り返してきた大国で、現在クルルミクと戦争状態になっている国である。
そのグラッセンの特殊部隊が国内深くに侵入し、レウナートという村が壊滅する事件があった。
だが、クルルミク竜騎士団が事件を治めたとなっている。・・・・・・表向きでは、だ。

「私はその当時、クルルミクに来たばっかりで資金も足りなかった事から一つ依頼を受けてたの」

エルザは目を閉じ、静かに語り始めた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「はぁ、資金の為とはいえ・・・・暇ね〜」
日常雑貨の積まれた馬車に揺られながら、エルザはため息をついた。
彼女が受けた依頼、それはカナウの街からレウナート村に向かう雑貨行商の警護だった。

仕事はスムーズに進み、カナウを出て3日、少々長い森を抜け目的地のレウナートが見えるまであと僅かの所まで来ていた。
だが、比較的治安のいいこの地域で山賊、盗賊の類が出る気配は無く、凶暴なモンスターも出ることは無かった。
その結果、行商の仕事としてはスムーズに進んでいるが、警護に当たっていたエルザとしては暇なだけであった。

「こんなに治安良いなら警護なんていらないじゃない・・・ま、報酬に釣られたのは私だけどさ〜」
「そんなに文句を言わないで下さいよ、これも念の為、『備えあれば憂い無し』ですよ」

いかにも気の弱そうな依頼主、ブレゴが手綱を操りながらエルザをなだめた。

荷馬車は中継地点にある街を通り、さらに小さな森に入る。
この森を抜ければ、レウナートに着いたも当然だった・・・・・が、エルザは得体の知れぬ不安に駆られていた。
最初は気のせいだと思っていたが、森の出口が近づくにつれて大きくなり、その不安は突然、やってきた。
荷馬車が急に止まったのだ。

「っとと、どうしたの!?」

エルザは身を乗り出しブレゴに尋ねた。

「エ、エルザさん、何か焦げ臭くありません?」
「焦げ臭い?言われてみれば・・・・・・・・・まさか・・・・!」

エルザはとっさに馬車から飛び降り、近くの木を上り、木の頂上から辺りを見回した。
すると、レウナートの村から黒煙が上がっているのがはっきりと見えた。
エルザは急いで下に降り、森の出口に向かって走り出した。

「あ、ちょっと!何処へ行くんですか〜!?」
「ブレゴさんはさっきの街に戻って自警団か軍を呼んできて!レウナートが燃えてるのよ!!」

慌てて後を追いかけようとするブレゴにエルザは強く言い放つ。
ブレゴは驚きはしたが、すぐに事の大変さを感じ、すばやく馬車を180度回転させ走っていった。
この素早い馬車の扱いに少し感心しながらもエルザは森を抜け、レウナートへ向かった。


「な、なによ・・・・・これ・・・」
村はまるで戦場のような有様だった。
家屋は破壊され、焼かれ、村の男性の死体が地面に転がっていた。

「酷い・・・モンスター?違う、モンスターは家を破壊することはあっても焼くことは無い・・・・」
大抵のモンスターは農作物や家畜を襲い、いくら人害なモンスターでも家屋の破壊することは滅多に無い。
さらに、モンスターが襲ったのではない証拠が地面に転がっていた。

死体がキレイすぎるのだ。
人害なモンスターが襲ったのなら捕食した痕があり、死体はバラバラに飛び散るはずである。
だが、倒れている死体を調べていくと、明らかに剣や槍による傷が目立つ。

「モンスターじゃないなら・・・・人、それもかなりの人数ね」

エルザは僅かな希望を持ちながら生存者を探し始めた。
すると、一軒の廃屋に差し掛かった時である。声が聞こえる、それも女性の。
しかし、その声に何か違和感を感じ、窓から覗き込むと、そこには、女性が数人の男達に蹂躙されている姿があった。

「(グラッセン兵!?そんな、なんでこんな所に!?)」

グラッセンは現在、クルルミクと戦争状態にある国だ。しかし、その主戦場は東の国境近くで、最近は膠着状態にある。
しかし、クルルミクは全竜騎士団を戦場に投入しているため、グラッセン兵が侵入するのは至難の業である。

エルザは、疑問を持ちつつも、女性を助けるために部屋の中に飛び出した。
兵士の数は6人。エルザは全員がこちらを振り向く前に素早く、唯一女性から離れていた男を殴り倒した。

「あなた達!その人から離れなさい!!」
と勢いよく言い放ったが、男達は離れるどころか逆にエルザを卑猥な目つきでジロジロと見てきた。

「ヒュ〜〜、まだこんな上玉がいるとはな〜」
「ああ、ダークエルフか・・・おい、お嬢ちゃん。こわ〜い目に会う前に帰った方がいいぜ」
とまるでからかうように言ってきたのだ。

「な!!も、もう一回だけ言います!その女性から離れなさい!!!」
エルザは侮辱と男達の下半身を見て赤面し、少し強めに言った。

「離れろ・・・だって、どうする?」
「いいんじゃね?どうせこの女にも飽きてきたとこだし」と男達はようやく聞こえる程度の小声で喋り、
剣を抜き、自分達が嬲っていた女性に突きつけた。

エルザは驚きを隠せなかった。離れろと言ったのになぜ剣を抜き、それも犯していた女性に切っ先を向けているのだ。
「や、止め・・・・」と急いで男達を止めに入ろうとした。

だが、次の瞬間には・・・・・男達の剣が女性を刺し貫いていた。
しかも、男達は表情一つ変えることも無く、剣を死体から引き抜いた。

「な、なんで、なぜ殺すの!?そんな・・・」
「あ?俺等はグラッセン兵だぜ?敵国の人間殺してなにが悪い?」
「それに丁度飽きてきたとこだったしな。ま、ちょっと惜しい気はするがな」
と、男達はさも、当たり前のように言った。
これがエルザの怒りに火をつけた。

「飽きてきたですって!!あなた達、そんな理由で人を殺して良い訳ないでしょう!!」
エルザはその拳を力強く握り締めた。

だが、男達はエルザの態度が気に食わなかったらしい。男達の表情が明らかに変わり、少々荒い口調に変わった。

「あぁ!?んなもん関係ないね!どうせ敵国のクズ共だ。女を犯して殺す、これの何が悪い!?」
「それにどうせ死ぬ任務だ!女を犯したことくらいで罰が当たるわけでもねえしな!」
完全に逆ギレ状態である。だが、エルザの怒りの炎に油を注ぐには十分すぎるほどだった。

「関係ない?・・・どうせ死ぬ任務だから?・・・敵国のクズ?・・・・・・・そんな理由で人を殺めるのですか?」
エルザは今にも爆発しそうであった。
怒り、憎しみ、悲しみ、無力感・・・様々な感情が次々と沸き起こり、混ざり合い、それがエルザにある『異変』をもたらした。
銀色のエルザの髪の色と漆黒の瞳が、鮮やかな朱色に変わり始めた。
・・・・先祖返りである。
元来、ダークエルフはエルフの影的存在で、古代よりエルフに仇名す存在を闇へ葬り去ってきた歴史がある。
その古代種とされるダークエルフ達は皆、髪や瞳が血の色のように赤かったとされるのだ。

「あなた方は・・・・・それでも・・・・」

全ての感情が頂点に達し、髪の色が完全に朱に瞬間、それが合図かのように彼女の中で「何か」が爆ぜた。

「あなた方はそれでも人間ですか!!」

言い放つと同時に、エルザは男達の目の前から消えた。

「な!き、消えた!!」
「ここよ・・・・」
エルザは男の一人に密着した状態で姿を現し、男は驚愕する間もなくエルザの目にも留まらぬ連打を浴び、倒れた。

「は、速い!」
「それに、強い・・・一発で倒しやがった・・・」
男達の目にはエルザの攻撃が一撃だけにしか見えなかった。それだけ速い攻撃を繰り出したのだ。
「バカヤロウ!来るぞッ!」
呆然とする男達に恐怖と緊張が同時に走り、慌ててそれぞれの武器を構え、3人がエルザに襲い掛かった。
「遅い・・・」


――――――――刹那・・・・・襲い掛かったはずの男達は武器を構えたまま、突如倒れた。

「な、何だ!何が起きた!!・・・クソッ、あのアマ・・・・・・・・・・・ッ!?」
「動かない方が身の為よ・・・」
男は突如、首にヒヤリとした感覚を覚えた。しかし、金属とは違う感覚だった。
エルザが男の目の前に現れ、その首に手刀を当てているのだ。
しかし、その手から発せられる気配は人の手ではなく、研ぎ澄まされたカミソリのような危険な感覚だった。

「答えなさい・・・指揮官は何処」
「は、はは、な、何言ってやがる・・・お、俺が指揮官だ・・・!」
男は必死に顔を引きつらせながら応える。恐怖で作り笑いすらまともに出来ない状態だった。

「あら・・・笑えない冗談ね・・・」エルザは冷たいの眼差しを向けながらクスリと微笑む。

「もう一回だけ聞くわ・・・貴方達の指揮官は何処に居るの?」
1オクターブ低い、殺意の篭った冷たい声・・・・そして冷徹な朱い瞳に一層恐怖し、男は声すら出なくなっていた。
男は目だけを動かし、その先には村には少々不釣合いな程の大きな教会が建っているのが見えた。

「・・・・・・・・・・そう、そこに居るのね」
男は声を出さず、首を縦に何度も振った。その表情からは偽りではないことが判った。
エルザは何もいわずに踵を返し、部屋―――とは既に言えないが――を後にしようとした。

「な、舐めるなーーーー!!」
恐怖から開放された男が剣を構え、斬りかかろうとした・・・が、いきなり目の前がグラリと揺らいだ。。
エルザが手刀を納め、後ろを向く瞬間に、5箇所の急所を素早く撃ち込んだのだ。
男は倒れる直前に異常発生を知らせる笛を鳴らし、ニヤリと笑った。
「こ、れで手前は逃げられねえ・・・・・」そう言い、倒れた。
廃屋を出ると、15人以上のグラッセン兵が集まりエルザの目の前に立ちはだかった。
恐らく、彼等もまた、どこかの民家(または廃屋)で捕らえた女性を犯していたのであろう・・・そんな匂いが漂っていた。
しかし、エルザは数をものともせず、近くの兵士から殴りかかった。その先にある指揮官の居る教会を目指して。


襲ってきたグラッセン兵50名近くを全てなぎ倒し、エルザは教会の前までたどり着いた。
しかし、距離からすれば約10分程度の距離だったが、グラッセン兵50人近くを倒してきたにも関わらず、
疲れた様子は微塵も感じられなかった。
少しずつ階段を上り、教会の扉が見えてきたのと同時に、厚手のプレートメイルを着た大きな体も見えてきた。
しかも、その巨体の男はエルザを見下ろす形で、まるでエルザが来るのを待っていたようだった。

「ガァ〜〜〜ハッハッハッハッハッハ!!!!よく来たな小娘!!まずはよくココまでたどり着いたと褒めてやろう!!
だが!!!多くの同胞を葬ったそうだが、我輩は簡単にはいかんぞ!!
我輩の名はゴングストン・ストロング!!この「特別任命部隊」の最強の盾にして、最強の剣!!そして、隊長殿を守る門番にして守護神!!!」
巨体の男、ゴングストンが豪快に喋るのを、エルザは全く気にもせず階段を上っていた。
しかも、ゴングストン自身もそんなエルザを気にもせずさらに大声で豪快に喋り続けていた。

「見よ!!この大剣を!!!その名も「グレイト・クレイモヤ・ゴングストン・ゴールデンスペシャルMk-V」!!!世界一軽いとされる
ミスリル銀と世界一堅いとされるドラグニス鉱石を大量に使い、軽い上に刃こぼれ一つする事の無い強靭な刀身!!こんな凶悪な剣を
使えるのは世界広しと言えども我輩のみ!!そう!なぜなら!!我輩専用に作らせた武器なのだからだ〜〜〜〜!!!!!!」

背中からゴングストンと同じ背の高さほどの大剣を取り出し、まるで自慢話のような商売文句の如き説明を終わるのと同時に
エルザが階段を上りきり、ようやくお互いに向き合った状態になった。
ゴングストンは氷のように無表情のエルザを見て、ニヤリと笑った。・・・おそらく、疲れきっていると思ったのだろう。
大剣を地面に突き刺し、両手で、改めて柄を握り直した。

「さぁ行くぞ!!多くの我が同胞の無念を味わえ!!
そして受けるがいい!!このグゥルゥェイト・クレイモヤ・ゴングストン・ゴールデンスペシャルMk-Vの威力を!!!!!」
「五月蝿い」
「グボォ!!!」
ゴングストンが叫ぶのと同時に、エルザの拳が大剣を圧し折り、厚いアーマーも突き破りゴングストンの腹部(男のアレ寄り)にめり込んだ。

「お、おおお、お、オノレェエ〜〜!!不意打ちとは卑怯なぁ〜〜〜〜!」
腹部を抱え込むようにうずくまり、ゴングストンはエルザを睨み付けた。
しかし、全ての兵士達を沈めてきた攻撃を喰らっても気絶しないところは流石といったことろである。

「後学のために教えてあげる・・・ミスリル銀は他の鉱石との相性は良いっていうけど例外もあるの。それがドラグニス鉱石。
ドラグニス鉱石は世界一堅い上に世界一重い鉱石ともされてるの。精錬する際に、互いの性質が拒否反応を起こして分離してしまうのよ。
それに、もしそんな剣が出来たとしても重すぎて持てないし、簡単に折れない。その折れた剣は明らかに偽物。勉強になったでしょ?」

エルザはゴングストンの後頭部を足で力強く踏みつけた。
ゴングストンはその時、屈辱と同時にある感情が生まれた。
「(・・・・・・・・・・き、気持ち良い・・・・)」
エルザは瞬間的に悪寒を感じたのか、彼の後頭部目掛けてもう一度力一杯踏みつけ、メリッっという音と共にゴングストンの頭が
数センチ地面にめり込んだ。


教会の扉を開け、中に足を踏み入れた。
教会の中は不気味なほど静まり返っており、漆黒の鎧を着た男が静かに祈りを終わらせ立ち上がった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・来たか」
「あなたが彼等の指揮官ね?」
エルザは少しずつ、男との距離を縮める。1歩歩く度に靴の音が静まり返った教会に響く。

「私はグラッセン帝国軍、特別任命部隊指揮官。ラッセル・アーヴィニアス。貴公の名は?」
「エルザ・クラウン・・・・・ただの冒険者よ」
「・・・・・・・・違うな」
エルザは不意に足を止めた。確かに、ハーフダークエルフということだけは普通とは違うかもしれないが、
他種族とのハーフの冒険者ならエルザ以外にも多数居る。
この「違う」の意味が彼女にはわからなかった。

「何が違うの?」
「私の部隊を一人で全滅まで追い込み、そして何よりその姿・・・古代種のダークエルフか」
「古代種?いいえ、私はハーフダークエルフ・・・」
「いや、その血の様に赤い朱色の髪と瞳・・・・・・そうか、先祖返りをしたのか」
「何を言ってるか判らないわ・・・それより答えて。なぜこんな非道なことを」

エルザは自分の話を続けられるのを嫌い、話を変えた。
全滅まで追い込まれておきながら、冷静に、しかも自分の話をしだすこの男に、エルザは苛立ちを感じた。

「・・・・全ては国のためだ」
「そのためなら、何の罪のない無抵抗な村の人たちを襲ってもいいの!?」
「私達は可能な限り、敵国内で暴れまわり敵軍の注意を引かなくてはならない・・・目的の為ならば如何なる手段、犠牲も問わん。
・・・もし、貴公がこれ以上邪魔をするなら騎士として、正々堂々とお相手致そう」
ラッセルはゆっくりと剣を抜き、その切っ先をエルザに向けた。その眼差しは鋭く、国に命を捧げた決意に満ちた目だった。

「なにが騎士よ・・・騎士は弱きを護る為にあるものでしょ?たとえ敵国の民といえどもそれは同じはずでしょ?」
「陛下のご命令ならば、無力な民も敵となる。そして任務の目標とあらば殺さねばならぬ」
「そんなことで、人の命を簡単に奪ってもいいと言うの?」
「これ以上の議論問答は無用!」
「そう・・・・・・・ならば消えなさい・・・・・・・・罪深き者!!」

言い終えると同時に二人がぶつかり合った。

リーチの面では剣を扱うラッセルの方が有利であったが、スピードで勝るエルザには関係なかった。
しかし、一撃でラッセルの鎧を砕くことが出来なかった。

「無駄だ。幾重にも鍛え上げられた溶岩鉄のプレートアーマーを素手で砕くことなど出来ん」
だが、ラッセルも焦りを感じていた。
鎧の上からも貫通してくる一撃ごとの衝撃は着実に体の内部にダメージを与えていったのだ。
「(なるほど・・・一回の攻撃で3、4回もの攻撃を同時に繰り出すか・・・しかも一撃が重いか・・・だが、避けられない事は無い!)」
完全にではなかったが優れた動体視力のお陰で数発を避けることが出来た。
「クク、なるほど、並みの者ならばこの連打を浴び、周りの者はこれを一撃にしか見えない・・・さしずめ『瞬拳』と言ったところか」
そして、エルザの拳が顔目掛けて飛んでくるのを避け、反撃を試みようとした・・・その時だった。
避けた方向から、激しい衝撃を受けたのだ。

「グォッ!」
思いもよらぬ攻撃を受け体がふらつく。エルザはすかさず再び顔面に攻撃を仕掛けた。
ラッセルはなんとか避けることが出来たが、思わぬものを見た。
エルザが攻撃をかわされた直後に、体を逆回転させ、裏拳を放ってきたのだ。
「(あの一瞬間で体勢を変えた!!莫迦な!そんなことしたら足が壊れるぞ!)」
しかし、ラッセル自身も相当なダメージを被っていた。
頭部の衝撃は凄まじく、回避能力は明らかに低下していて、その上、貫通してくる衝撃を何発もその身に受け続けているのだ。
だが、エルザも堅い鎧への攻撃、無茶な攻撃態勢を何度もとり続けた結果、足の筋は悲鳴をあげ、拳には血が滲んでいた。
両者共にいつ倒れても仕方の無い状態であった。

そして、決着の時が来た。
突如、ラッセルの鎧が砕け散ったのだ。
「莫迦な!なぜ砕けるのだ!!」
余りにも突然のことに驚愕し、この致命的な隙をエルザが逃すはずが無かった。
ラッセルは無防備となった身体に連打を浴び、身体を丸めてうずくまる。
そして、エルザはその顔面に膝蹴りをかまし、僅かに浮いた身体を掴み、顔面から地面に叩き付けた。

「どんなに堅くても、強い衝撃を同じ場所に何度も受ければ脆くなる。私が何の考え無しに攻撃してると思った?」
フワリと着地したエルザがラッセルを見下ろしていた。その瞳は朱色から漆黒に戻っていた。
エルザの攻撃は全て、定めた5点にのみ当てていた。避けられていた攻撃は全てフェイントだったのだ。
しかも、その5箇所への攻撃は寸分の狂いも無く、正確に当てられていたのだ。
「(確かに・・・衝撃を受けた所は全て同じ場所・・・・・・フッ、『瞬拳』・・・か・・・・・恐る・・・・べき、女・・・・だ)」

数刻後、ブレゴが自警団を引き連れレウナートに到着するのと同時に、異変を察知した竜騎士の部隊がやってきた。
これにより、エルザが倒したグラッセン兵は全て捕らえられ――兵士達は全員気絶していた――結果的に竜騎士部隊が鎮圧した事になった。
エルザもこの功績を称えられ、報奨金と竜騎士団から入団を希望されたが、報奨金だけ貰い、入団は辞退した。


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「これが、レウナートにおける事件の真実・・・・『瞬拳』の名が生まれたお話」
話を終えたエルザは、ふっとため息をつき果実酒をグッと飲み干した。

「凄いな〜。1人で50人近くの兵士を倒すエルザさん・・・蝶の様に舞い、蜂の様に刺す!って感じがまた凄いな〜〜」
フェリルが憧れに似た目でエルザを見つめた。
「よ〜〜〜し、頑張って私もエルザさんみたいに強く・・・」と意気込んだが
「フェリルには無理・・・・」
「そんなぁ〜〜〜〜タンちゃんヒドイよ〜〜〜〜〜〜」とタンの強烈な否定を受けガックリとうなだれた。

「エルザさんはエルザさん。フェリルにはフェリルの良さがある」
「タンちゃん・・・うん、そうだよね!」
フェリルは笑顔でタンに抱きつき、タンは少し照れた様に顔を赤くした。
「ハイハイ、和みムードのお子様達はあっちに行っててね〜」とハデスが火酒を飲みながら二人をからかった。
静かだった酒場に笑いと活気が蘇った。

「でも不思議ですよね」
ミューイが不思議そうにエルザの髪を見つめながら問いかけてきた。
「先祖返りしたら、大抵その姿は戻ることは無いって聞きますけど・・・エルザさんは何で元の姿に戻ったんでしょう?」
「ああ、きっと私が「純血」じゃないからよ。髪の毛もしばらくは紅いままだったんだけど、数日したら元に戻ってたわ。
でも、残ったものもあるわ。それが、『瞬拳』の能力って訳」
エルザの先祖返りの外見的変化は無くなっていたが、その攻撃能力はそのまま残っていたのだ。
「そうですか・・・・・・・・・・・・・う〜〜〜〜ん」
ミューイは納得したようだったが、まだしばらく考え込んでいた。

「いや、大変素晴らしいお話を聞かせてもらいました。有難う御座います」
ミューが走らせていた筆を止め、エルザに深々と頭を下げた。
ミューは吟遊詩人であると同時に、記録士であり、手にした紙には今までの話の内容がビッシリと書き込まれていた。
「あんな話でよかったのなら、私も嬉しいわ」
とエルザも笑顔で応えた。


「・・・・・・・てっきり最後はとっ捕まって陵辱輪姦、イヤンアハンみたいな話になるのかと思ったのに・・・ザンネンヨ」
「意外とあっさりした終わり方でしたね〜・・・」
とフリーデリケとミラルドが少し離れたカウンターでボソっと話していたが・・・。
「ソコ!!聞こえてます!!」と、エルザの投げ付けた果実の種――果実酒についていた果実――が両者のこめかみに当たり
両者とも同じように頭を抑えた。


「ところでさ、エルザって男とヤッタことあるのか?」
とイキナリ、ヴァイオラが火酒を飲みながら思わぬことを聞いてきた。
「いや、いつもの展開からするとミューと寝るのかな〜〜〜〜なんて思ったんだけど、エルザのヤッタ話なんて聞いた無いしサ」
「そういや、そうね〜〜〜。この際、ハッキリと吐かせましょうか」
などと、ハデスまで乗ってきてしまい、エルザは思わず赤面して

「わ、私はまだ処女です!!!!!」

などと、言ってしまった。

エルザは自分でとんでもない事を言ってしまったと直感し、急いで店を出ようとした・・・・が、既に遅かった。

「へぇ〜〜〜〜、じゃあ、ちょ〜〜っとそのことで詳しくお話しましょうか〜〜」
とハデスがエルザの襟元を掴み部屋の奥へ引きずって行く。それも、笑顔で・・・。

「お!なんだか楽しそうじゃないのさ。私も混ぜろ〜〜〜〜」
とヴァイオラがウキウキしながら部屋の奥へ消えていった。

「オオ〜、それはいい考えデスネ〜。アチシもお供シマスゼ、旦那〜」とフリーデリケも調子に乗って後を追う。
その手には、なぜかメラノーマが引きずられていた。

「え?ちょっと!?なんで私も一緒なのよ!私は関係ないでしょおぉぉぉ〜〜〜・・・・・」
メラノーマの悲痛の叫びも虚しく、フリーデリケの豪腕に引きずられて行く。

そして・・・・

「ちょ、ちょっと!待って、お願い、止まって・・・誰か・・・誰か助けてぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜・・・・・」
そのエルザの必死の声も届かず、部屋の扉が静かに・・・・・閉まった。





――――――――― FIN ――――――――――




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キャラクター及びその他の設定(補足&説明)


・ブレゴ・カルバジール
カナウ地方で移動商人をやっている気弱で人のよさそうな雰囲気を持つ中年男性。心配性な性格からか、治安の良い場所にいながらも護衛を雇おうとする。
操車術は一品で彼の扱う荷馬車は揺れが少なく、品物が傷つくことは滅多に無い。
仕事に忠実で、今までに悪事を働いたことが一度も無い今時珍しい真人間。


・レウナート
カナウ地方にあった小さな村。特に目立った特産品などは無く、ごく普通の人が集まるごく普通の村。
グラッセンの『特別任命部隊』の攻撃を受け、村人全員が惨殺され壊滅する。

・グラッセン『特別任命部隊』
ラッセル・アーヴィニアス率いるグラッセンの特殊部隊。東の戦況を変えるために組織され、クルルミク国内で破壊活動を行い、敵軍(特に竜騎士)の
動きをかく乱するのが任務だが、実際は捨て駒扱いの部隊だった。先祖返りしたエルザにより部隊の戦力は無力化され、全員が捕縛された。

・ラッセル・アーヴィニアス
『特別任命部隊』の指揮官。漆黒の溶岩鉄の鎧を身に纏い、その頑丈な防御力から「黒鉄」の異名を持つ。
グラッセンに絶対忠誠を誓っており、国の為ならどんな汚れ仕事もこなす武人。人望に厚い人物であったが、彼を邪魔に思った軍上層部から
『特別任命部隊』の指揮を任命され(捨て駒にされ)、敵国内において先祖返りしたエルザと戦闘し、敗退・捕縛されている。
エルザの『瞬拳』の名づけ親でもある。

・ゴングストン。ストロング
『特別任命部隊』の副官。何事にも豪快な性格で、力押し、勢い、気力だけで物事を行うくせがある。簡単に言うところの『筋肉バカ』。
また、思い込みの激しく自信過剰。ニセモノの鉱石で造られた愛用の大剣「グレイト・クレイモア・ゴングストン・ゴールデンスペシャルMk−V」の威力に
絶対の自信を持っていたが、エルザの一撃で脆くも大剣折れたと共に倒れた。
大剣に豪快な名をつけたのも彼自身だが、Mk-Vは「カッコイイから」という理由でつけたらしい。本作のネタ役。

・ルイス
エルザ、ヒュース等と共に教会に暮らす孤児の少女。本名、ルイス・アーチェリア。7歳。
両親が冒険者をやっていたが、冒険の途中で落命し、教会に預けられたまま今日に至る。
両親の死を知りつつもそれを認めることが出来ず、その所為か極度の寂しがり屋で、姉的存在であるエルザにべったりと甘えている。