『理由:守るべきもの』


私は15の時に冒険者になった
理由はあるとしたら2つある

一つは、両親が死んだ時に私を引き取るような人が居なかったこと・・・
まぁ、私の家族は親戚や村の人達から疎外されてたから仕方ないけど・・・

もう一つは、父が言っていた『大いなる父』の存在を確かめるため・・・・・


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酒場宿「渡り鳥の巣亭」

酒の鉄と汗の匂いが混じった空間の中の二階、宿となっている一室にエルザは居た。
彼女にとって、仕事や冒険を終えて教会に戻る前に此処で休息を取るのが習慣であった。

戦利品となる金品の確認を終えて酒場に下りようとした時である。
ドアをノックする音がしたのだ

「誰かしら?・・・・・・・・どうぞ〜」という終わるや否や、15、6歳ほどの少女が入ってきた。
「失礼する。私は傭兵魔術師のフランムと申す者。『瞬拳』エルザ・クラウン殿であるか?」
『瞬拳』とはエルザの通り名である。ダークエルフとのハーフであるエルザは持ち前の身体能力の高さとダークエルフの暗殺術を
組み合わせた独特の格闘スタイルを持っており、目に見えぬ速さで攻撃を繰り出すので『瞬拳』の名がついたのだ。
――彼女曰く、頑張れば一瞬で12撃射ち込む事が出きるらしい(これも常人には1撃にしか見えない)―――
「そうだけど・・・、そのフランムさんが私に何の御用で?」
「では、単刀直入に言わせて貰おう。『瞬拳』エルザ殿、私と『ワイズマン』討伐のパーティを組んで頂きたい」

ワイズマン・・・この名が出た瞬間、エルザの表情が「冒険者」の顔に変わった

突如、クルルミクに現れ、「龍神の迷宮」の最下層に住み着いた謎の魔道師・・・国から莫大な懸賞金が賭けられている為
冒険者の話題の中心にもなっている。
フランムもこのワイズマン討伐を目指す冒険者の一人であった。

「当然、ワイズマン討伐の暁にはそなたに懸賞金の半分を差し上げよう。どうだ?悪くはないであろう!?」
「・・・・・・残念だけど、そのお仕事はお引き受け出来ないわね」そう言ってエルザはベットに腰を掛けた。
この返答が予想外の返答だったのか、フランムは少し声を荒げて食いかかって来た。

「な、何故だ!懸賞金の半分だぞ!?
それだけじゃない!ワイズマン討伐の栄光と名声、地位だって貰えるかも知れないのに!」
「懸賞金の半分と名声と地位、か・・・・・・確かに魅力はあるけど。ソレの為に自分を賭ける事が出来る?」
「・・・・・どういう事だ。何が言いたい」フランムはエルザの遠回し的な返答に怒りにを覚えたかもしれない。だが、エルザは構わず続けた。
「要するに、あそこで、魔物の餌食やならず者達の嬲り者になっても大丈夫か?って意味よ」
このエルザの答えに、フランムは一瞬顔を赤くし、うろたえた。

そう、「龍神の迷宮」にはワイズマンが召還したモンスターや、此処に逃げ込んできたならず者達で溢れており
しかも、最下層には『全ての雄性種が絶命する』結界が張ってある為、結果的に女性冒険者が挑むことになるのだが
ならず者達は「ハイウェイマンギルド」を作り、女冒険者達を捕らえては陵辱の限りを尽くしているのだ。
既に、女性冒険者の陵辱被害が急増しているのも事実であった。エルザはこの事を危惧しているようであった。

「わ、私とエルザ殿の実力があれば、その様な者達など烏合の衆だ。それとも、エルザ殿は恐れているのか?嬲り者にされる事が」
「・・・・・そう、ね。恐いわ。」
「ハッ・・・まさか、『瞬拳』と謳われる者がその程度の事を恐れるだと!?とんだ臆病者だな」
フランムは思わず――怒りを隠すかのように――笑った・・・
「まさか・・・そんな事はどうでもいいの。私が恐れているのは、それで「何か」を失う事が恐いのよ」

「ねぇ、フランムさん。あなたはどんな理由で冒険者になったの?」
「え?そ、そんなのは・・・忘れた。それとコレとは話は別だろう」
「私はね、亡くなった父から『大いなる父』と言う存在を確かめるために冒険者になったわ」

「それに、守るべきものも出来た。・・・・・私は、この理由と守るべきものを失うのが恐いのよ」
「・・・・・・そうか」とフランムは諦めたように答えた。
エルザはベッドから立ち上がり、荷物をまとめた。
「じゃ、私は行くわ。ごめんなさいね、力になれなくて」
「いや、こちらこそ無理につき合わせようとしてすまなかった」
エルザは部屋を出ようとしたが、思い出したかのように足を止め、振り返った。
「あ、そうそう、今一度その紋章の意味をよく考えるといいわよ?・・・フィアナ王女様」
「な、何のことだ・・・」
「ふふ、私の情報収集力を甘く見ないほうがいいわよ?・・・じゃあね」
エルザはフランム・・・フィアナ王女を部屋において一階の酒場に下りた。


「おや?エルザ、もう帰るのか?今日は一杯やっていかないのかい?」
店の亭主、カルフリオがエルザに気付き声をかけた。手には酒がこぼれる程に注がれたジョッキを持っていた。
「ええ、ちょっと長居しちゃったみたいだから、今日はもう引き上げるわ」

「そうかい?一つ頼みたい事もあったんだが・・・仕方ねぇな」
「あら?別にそれ位だったらいいわよ。依頼料は貰うけどね」
「ヘッ、シッカリしらぁ。じゃあ、コイツをペペフォジチノの兄貴に届けてくれ」
カルフリオはカウンター下から酒瓶の入った箱を取り出した。

ペペフォジチノ・・・カルフリオの兄で「ドワーフの酒蔵亭」の亭主だ。
だが、ペペフォジチノはハーフドワーフ、カルフリオは半獣人という珍しい兄弟でこの界隈では結構有名だったりする。

「それと、ほい、報酬な」そういってカウンタ−に一つの包みを出した。中から肉の良い匂いがするから中身が料理であることが分かる
「教会のガキ共に食わしてやんな」そういってカルフリオは親指を立てて、ニカッっと笑った。

「渡り鳥の巣亭」と「ドワーフの酒蔵亭」はから少し離れたところにある。
料理をウリにしている「渡り鳥の巣亭」と違い「ドワーフの酒蔵亭」は名前の通り、酒の種類の豊富さをウリにしており、冒険者の常連も「酒蔵亭」の方が
若干多かった。

「渡り鳥の巣亭」から歩いて5分弱。「ドワーフの酒蔵亭」に到着し、中が騒々しかったが酒場が騒々しいのはいつものことなので気にせず中に入った。
「こんにちわ〜、ペペさ〜ん、フリオさんからお届け物〜・・・」と中に入った瞬間、まさに、一歩足を踏み入れた瞬間である。
いきなりエルザの顔にパイがベシャと当たった。

「・・・・・ぺぺさん・・・ココって入ってきた客の顔にパイを投げ付けるお店でしたっけ・・・・」
「いや〜〜、・・・・・それはアイツ等に言ってくれ」
ペペフォジチノは元凶――パイの飛んできた方向――に顔を向けると、二人の女性が争っていた。フリーデリケとミラルドである。

ペペフォジチノの話では、どうやらフリーデリケがミラルドにレモンパイを薦めたら、「お腹いっぱいだし、お腹壊しそう」と言ったのがきっかけで
この騒動が起きたらしい。

「コォラァ〜からみてー!!アンタが避けるから他の人に当たったじゃないデスカ〜!!」
「そんなの知りませんわ。大体、食べ物を人に投げ付ける貴女が悪いんですよ。あ、脳みそが肉体と一体化してるから食べ物と認識できませんか」
「ムキィーー!災害の分際で何をほざきますか!このスットコドッコイ!二度とそんなことが言えない様にしてやるデ・・・」
「食べ物を粗末にしては、いけません!!!!!」
エルザは一瞬で間合いを詰め、フリーデリケの顎目掛けて渾身の左アッパーを放った。
直撃を食らったフリーデリケはその場で倒れ、酒場に静寂が訪れた。


「はい、フリオさんからのお届け物です」
「あ、ああ、すまないね」
エルザは何事も無かったかのように酒瓶の入った箱をカウンターの上に置き、ナプキンで汚れた顔を拭いていた。

「それにしても凄いですよね〜。暴れるフリーデリケさんを一撃で沈めるなんて」
エルザの隣りでフェリルが呟いているのが聞こえた。
「ホントにねぇ〜。あたしだったら気絶させる前に消し炭にしちまうよ」
さらにその隣りではヴェリコが火酒(アルコール度の最も高い酒)を胃に一気に流し込んでいた。
「なんか最近定着してきましたね。暴れる『災害』と『巨人エルフ』を『瞬拳』が鎮める。・・・まぁ、主に沈むのはフリーデリケさんですが」
そして、カウンターの角からタンが出てきた。恐らくトイレに行っていたのであろう。濡れた手をハンカチで拭いて出てきたのである。

『災害』とはミラルド、『巨人エルフ』はフリーデリケ、当然『瞬拳』はエルザのことである。
エルザにとっては「ドワーフの酒蔵亭」に来るたびに二人のやり取りに巻き込まれるので、少し迷惑な話である。

「あ、そうだ」
フェリルが思い出したかのようにエルザに一枚の皿を差し出した。その上には、エルザの顔に当たったのと同じ・・・レモンパイだった。
「エルザさんも一枚いかがですか?フリーデリケさんに教わって作ったレモンパイです」フェリルは満面の笑顔でエルザに迫った。

「あら、ありがとう。ちょうど小腹がすいていたのよ」
フェリルの笑みに圧されたのか、少し暴れて――1発殴っただけだが――小腹がすいたのかは分からないが、残っていた一枚を口に入れて・・・むせた。
酸っぱいのだ。それも異常なほどに。
あまりの酸っぱさに咳き込み涙目になりながらヴェリコのさらに奥を見ると・・・・ミューイがカウンターに突っ伏しているのが見えた。

「ど、どうしたんですか?エルザさん」
「フェリルちゃん、このパイ・・・材料教えてくれる?・・・ケホッ」
フェリルからレモンパイの材料を聞き出し、調理過程まで聞きそしてこの異常な酸味の原因を悟った。
使うレモンの量と香り付けに使用したと思われるリースルー(酸味の強い木の実)の果汁である。

「・・・・・フェリルちゃん・・・フリーデリケさんが起きたら、もう一回作り方を教わりなさい!私も今度なにか教えてあげるから!」
エルザはフェリルの両肩をシッカリと掴み、力強く懇願し、フェリルはビックリして何度も頷いた。
フリーデリケはまだ延びていて、起きるまでにもう暫くかかりそうだった。


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その後、エルザは教会への帰路につき、フランムとの会話を思い出していた。

「恐い・・・・か・・・・」ポツリとエルザは呟いた。
「ハハ、臆病者と言われても仕方ない・・・か」
本当に恐いもの・・・それは何かと理由をつけて逃げようとしていた自分自身だと、彼女は気づいていた。



だが・・・・・・・・

少し迷惑ながらも、共に笑い、語り、酒を飲み、飯を食べることの出きる仲間。
そんな仲間がいる日常。

長い間、人を信じられず、孤独な日々を過ごしてきた彼女とってかけがえの無いもの。

そして・・・・・・・


「あ、エル姉だ〜」、「本当だ〜エル姉さまだ〜」、「お姉ちゃん、おかえり〜」
教会の子供達がエルザに駆けてくる。戦争や事故で親を失った孤児達である。
「ただいま〜。ホ〜ラ、美味しいお土産を持ってきたぞ〜〜〜」笑顔でカルフリオから貰った包みを見せると
『やった〜〜〜〜』と子供達から歓声が上がった。
「ほら、手を洗って食堂に行きなさい。じゃないと、私と神父様でお土産食べちゃうぞ〜」
『え〜〜』、『ダメ〜〜』、『ぼくも食べる〜』
子供達は、ご馳走を食べたい一心で水場へ駆けて行った。
エルザは、後ろから駆け足で教会に戻る子供達を見つめ、わずかに微笑み、そして決心した。

――この子達の笑顔を失いたくない。
素晴らしき仲間がいる日常を、未来を担う子供達の笑顔を守る為に。ワイズマンという脅威は倒さなければならない。と


「それに、『大いなる父』のこと・・・ワイズマンなら知ってるかも知れないし」

そして、父が遺していった伝説を確かめる為に。




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キャラクター及びその他の設定(説明&補足)

・カルフリオ・ヴェルヒラディス・グラッチェルニズ
酒場宿「渡り鳥の巣亭」の亭主。「ドワーフの酒蔵亭」亭主のペペフォジチノとは種違いの兄弟で、彼は人間と獣人とのハーフである。
――これに関して、「母親が好きもの説」、「母親の不幸説(陵辱され孕んだ)」など色々な憶測が囁かれるが、本人達も詳しいことは知らないらしい――
彼の作る料理は豪快だが絶品で、料理目当ての常連も居るほど。

・教会
メルディアス教会のこと。エルザが居候させてもらっている教会で、孤児院も兼ねている。
「龍神の迷宮」に恐らく最も近い位置にある教会で、孤児を狙ったならず者達に何度も襲撃を受けたことがあるが、エルザとクルハイルの自警団によって
全て阻止されている。
教会には神父が一人居るだけで、あとは孤児が17人ほど暮らしている。
なお、慈母神「ファースティーヌ」を奉る珍しい教会である。

・教会の孤児達
エルザの守るべき存在の一つ。(全ての子達を紹介するには長いので重要な人物だけを紹介)

ヒュース・ディス・バルディアス
教会に暮らす孤児達の長兄的存在。周りからは「ヒュー」、「ヒュー兄」と呼ばれている。年齢は12歳。
実は10年前に謀殺された「飛天将軍」グリフォニア・ルイン・バルディアス将軍の子だが、本人はその事実を知らない(正しくは覚えていない)。
エルザに剣術と魔術の稽古をつけてもらっており、天性ともいえる太刀筋と魔力を兼ね備えている。
性格は真面目で、責任感が強く、かなりの頑固者。将来の夢は竜騎士となって皆(孤児達)を守ることらしい。


・クルハイル
本作品の舞台となる都市名。
「龍神の迷宮」に近いことから冒険者達が集まることで有名となっているが、交易の中継地点でもあるため一年中活気に溢れている街でもある。
特産品としては、ピピニノス(ブドウに似た独特の甘みを持つ果実)を使用した果実酒が有名で、グラッセンやエレギンからわざわざ遠出してくる人が
いるほどである。


・『大いなる父』
エルザが冒険者となった理由の一つ。エルフを生み出したとされる『大いなる母(世界樹)』の対となる存在。
だが、実在しているものの、その存在は伝説扱いとなっており、ダークエルフには『大いなる父』を神格視する者も少なくない。
『大いなる父』については『知識を持った巨大な黒曜石』、『魔界樹』など様々な噂があり、関係する文献も殆ど無い。


・エルザの父(ギニウス・クラウン)
故人。キングクインで暗躍していた暗殺者集団の頭だったが、依頼主の裏切りと軍の介入により集団は壊滅、彼も重症を負ったがエルザの母に助けられる。
エルザに暗殺術などの冒険者知識を教え込んだのも彼である。流行り病で亡くなる際に『大いなる父』の存在を遺言として遺した。