――エレシュは、これまでの人生を、処刑人として種々様々な命を奪いながら生きて来た。
 大陸各地に恨み辛みの芽をばらまいたのだ、それが今になって反動となり自身を傷付けるのは全くもって因果応報でしかない。
 性奴隷へと成り下がったエレシュは、彼女に恨み持つ者達によって共同で買い取られ、徹底的に復讐されていた。
 素手での暴行から、棍や槌を使用した殴打、そればかりか刃物で刻むことから火炙り水攻め、魔術による理解し難い行為まで、大抵の痛みは味わわされたと言えるだろう。
 それは、陵辱などではない、拷問だった。飼い主らが望んだのは、性欲の処理よりも嗜虐欲の満足だったわけだ。
 なればこそ――簡単に壊れられては都合が悪かったに違い無い。悲鳴を上げない人形を嬲って悦べるハズも無いのだから。
 故に、エレシュには『飴』が与えられた。
 モノを壊すことにしか興味の無かった狂気の女が、柄にも無く大事にしようとした、数少ない存在の一つが。



「ふ……フフ……あはははっ…………良かったわよ、やっぱり貴女は最高ね、フウマ」

 爛れた空気の漂う、情事の後の一室で、どこか陶然と、エレシュは呟いた。
 裸身を隠そうともせず部屋に立ち尽くし、理性と狂気の入り混じった虚ろな瞳で質素なベッドを見下しながら。
 視線の先には、くしゃくしゃになった白いシーツと、その上で息も絶え絶えに倒れ伏す少女の姿が映っている。
 少女の長い銀髪は寝台に広がり、碧眼は既に光を失っていた。ただ、その表情にはエレシュに通じるものがあった――倒錯した快感への満足だ。
 彼女……フウマがこの娼館へと売られてまだ一週間程度。だがエレシュがここに来るのは、これでもう三度目だった。
 それだけ精神的にタガが外れかかっていると、飼い主に判断されているのだ。

 フウマはエレシュにとって、生まれて初めての『仲間』の一人だった。同じ目的の為に行動を共にするなんて、処刑人としての日々には無かったことだ。
 それが、単なる仲間から、もっと大事な何かに変わったのは、いつからだったろう。
 あの夜に告白――と言うと誤解を招きそうだが、今となっては誤解とも言い難い――を受けた時から、フウマに対する想いが明瞭になったのは間違いない。でも、或いはもっと前から、大事に思っていたとも思う。例えば、迷宮で絶体絶命の危機の際、颯爽と掬いに現れた彼女を眼に焼き付けたときに。いや、出会ったときには既に感じるものがあったのではなかろうか?
 いずれにせよ、今のエレシュにとって唯一の精神の支えになっているのがフウマであるのは事実だった。
 浅ましい征服欲と嗜虐欲を満たしてくれる、自分に身も心も捧げてくれた少女が、未だもって手の内に居るのだという想いだけが、生きる上ので希望そのものなのだ。

 そして、方向性こそ正反対だが、本質的に見て、フウマにとってのエレシュもまたソレに近しい存在であるらしかった。
 彼女は掠れた声で、小さく問いかける。

「……満足、できたか……?」
「ええ、とてもね」
「――、良かった……それがしは、まだ、お主の役に、立てているのだな……」

 心から安心したように、フウマの唇が僅かに微笑む。
 その哀しいほど強い忠誠の心が、エレシュには心地良く、同時に痛い。こんなにも健気な少女に対して、素直に言葉を一つかけてやることさえ出来ない自分が愚かしい。
 けれど、彼女を詰り、嬲ることが、至高の快楽を与えてくれるのは確かなのだ。結局、自分はそんな快感に負けて、フウマに苛烈な仕打ちを与えているということになる。そんな女に、どうして尽くしてくれるのか。エレシュは時折、不思議にさえ思う。

 そして、フウマの犠牲の上に悦楽を貪ってなお――それを上回る速度で、自分の心が磨耗しているのが、辛い。
 かつては男達に嬲られることに『恐れ』を抱き萎縮していたのが、今ではどんどん無感情になってゆく。多少の痛みなど感じられないまでになっているのだ。
 日々過激になっていくフウマへの仕打ちも、そこまでせねば快感を得られなくなってしまった事実の裏返しでもある。つまり、エレシュ自身の感受性が死滅していっている確かな証だ。

 だからだろう、かつての夜のように、ほんの少し弱音が口をついたのは。

「――そうよ、あんたはまだまだ、私の役に立ち続けなさい」
「……?」
「私が壊れないように、助けてくれるって、言ったもんね。ちゃんと、言ったからには、責任を取りなさいよ。絶対に、絶対に、絶対に……」

 その言葉は慟哭に似ていた。
 どの口が、彼女に向けて『助けろ』などと言っているのか。かつて自らこそが、最も大切なはずだった彼女を蹂躙したと言うのに。
 身勝手な願いは、しかしだからこそ必死な願いだった。もう後の無い者が助けを求めるとき、その祈りはいつだって身勝手だ。

 ――ああ、そうだ。これまで散々『神』に縋って来たエレシュだから分かる。
 信じてもいないくせに、不幸があれば全てソイツに押し付けてきた。心が追い詰められたとき、最後の逃げ道が欲しかったのだ。
 けれど、もう精神は袋小路へと追い詰められつつある。神様なんて頼ってもどうしようもない領域まで、崩壊の恐怖が迫っている。

「神様なんて、本当に益体も無いから。アンタの方がまだ頼りになるわ」
「……エレシュ……?」
「――頼んだからね――」

 フウマは怪訝そうな声を出したが、エレシュはもう聞いていなかった。
 ただ逃げるように、その部屋から飛び出してゆく。
 本当は、もっと他に伝えたい言葉が……伝えなければならない大切な言葉があるのに、結局言うだけの勇気は持てないで、今日も別れた。
 外には飼い主達が待っている。また地獄の日々が始まるだろう。だが大丈夫だ、まだ耐えられる。フウマにもう一度、『あの言葉』を伝えるまでは、きっと、大丈夫――



 その日の深夜、エレシュの捕われていた屋敷は、《教会》の枢機卿直属騎士団によって包囲・殲滅された。屋敷ごと内部の人間は焼き尽くされ、エレシュは無事に『回収』された。
 フウマに言わねばならない言葉を、胸に秘めたまま。


――――――――――――――――――――…………………………


《教会》の一角、薄暗い部屋の中で、二人の神官が言葉を交わしていた。
 一人は枢機卿団の一員、もう一人は《教会》の闇の部分を統括する男……つまりエレシュの直接の上官だった。
 枢機卿は僅かに苛立った様子で口を開く。

「それでは、エレシュには既に利用価値が無いと?」
「そうなります。戦う意思どころか、他人に逆らう意思さえ失っている。アレはもはや完全に奴隷に堕ちきってしまったようです」
「それでは、折角処刑鎌を回収したのに意味が無いではないか……あの一族は、便利な手駒だったと言うのに」
「しかし、もとよりあの女は戦士として不適切だった。心が弱く、甘えが捨てられない。たまたま負けを知らなかったから、これまで無事だっただけです」

 二人の会話では、エレシュ個人というものが全く考慮されていなかった。
 彼女の存在は、《教会》にとってあくまで道具だったからだ。道具として重用するが、結局はモノでしかない。
 ……それは奇しくも、フウマがかつて里で受けていた扱いと同種のものだった。だからこそ、彼女等は惹かれ合ったのかも知れない。
 そんなことを男達が知るはずもなく、彼らは道具についての話を続ける。

「――次代が要るな。子を孕ませ、力とするか」
「それは構いませんが、相手はどうするのです?」
「どうせ既に陵辱の限りを尽くされた女であろう? 我等も遠慮するな、苦しませることが目的では無いだけ、性奴の頃よりマシだろう」

 枢機卿が当たり前のように狂った台詞を吐いた。
 男は一瞬だけ口ごもったが、その後は何事も無かったかのように先を続けた。

「……それでも、子が育つには少なくとも十数年の時が要ります」
「その間はエレシュを騙し騙し使えば良い。使い捨てることが前提なら、まだ打つ手はあろう」
「確かに、可能です。精神操作を行うことになりますが」
「方法は一任する。それと、二度と敗北の憂き目など見ぬよう、力の底上げもしておけ。どうせ壊すのだ、有意義に壊せ。全ては我等が主の御心のままに」
「我等が主の御心のままに――」

 最後は定型の礼を為し、枢機卿は部屋を去った。
 それを見送ってから、男は小さな小さな溜め息をついた。

「――あまり高いところから俯瞰すると、底辺の人間が人間に見えなくなるようだな」

 枢機卿の出て行った扉を眺め、彼は呟く。
 その言葉に込められたのは、枢機卿への皮肉であり、エレシュへの哀れみだった。
 道具に哀れみを覚えてしまったのは、彼がエレシュの父親亡き後に『義父』として後見人の立場になっていたせいだろう。
 無論、便宜上のことでしかないし、エレシュに対しては厳しい『上司』としてしか接して来なかったが、ただの肩書きだけでも意外と情が移るものらしい。

 もう少し、何かしてやれたのかも知れない。
 ただ殺すだけの術を教えて、道具だと割り切って、そうして無視してこなければ、こうまで悲惨な末路を辿ることも無かった可能性はある。
 こんなことを思うのは、自分が年を取ったからか、と男は自嘲気味に考えた。

「哀れとは思う、が……情けはかけられない」

 男に『任された』のはエレシュの精神操作の方法だけだ。他の権限は何も無い。
 だったら――

「せめて、何も分からなくなるよう、強く狂わせてやるか。もうこれ以上、無駄に苦しまないように」

 かくして、エレシュの崩壊が決定された。
 一年後には子を産み落し、その子供を奪う代わりに彼女には鎌が与えられた。回収した、彼女ら一族の扱う処刑鎌が。
 一方、エレシュの子は、男の息子として引き取られた。男は、エレシュの時とは違い、その子を戦う道具としてではなく、戦う人間として育ててゆく。
 或いはそれこそが、人でなしになり切れなかった男の、『娘』への贖罪だったのかも知れない。

 そして十数年の時が流れ――


――――――――――――――――――――…………………………


 まるで永遠のような長いまどろみの中で、エレシュは幼い自分の夢を見ていた。
 その頃の自分は全く素直なもので、手品を見詰める純真無垢な幼子のように――命を奪う技術を教わっていた。
 何かを破壊することは、ソレを征服することだった。そしてその才能が、己には溢れていると知らされて、力を誇示することこそ自らの誇りなのだと、歪んだ発想に至ってしまった。
 やがてその馬鹿げた誇りは、自らの存在意義へと昇華されてゆく。

《教会》の死神となったのは、12の頃だった。
 以来、エレシュは危険な任務を数多回されて来た。もとより隠密行動など不可能な戦闘スタイルだ、彼女の一族が担うのは物理的に脅威となる存在と堂々と取り除くことにある。
 それは外道魔術師の処刑や、危険な魔物の始末といった、人々の共感を得られるものもある。逆に、邪魔な土地神の強制排除や、異教徒の虐殺に代表される、おおよそ人道から掛け離れたものもある。
 それらの全てを、嬉々として受け入れ、破壊を撒き散らし、それを悦びとさえ思ってきた。

 そうして――気が付けば、こんな取り返しの付かない場所に辿り着いていた。

 夢は反転し、幼い自分が、大人になった自分を視界に納めている。
 成長した『エレシュ』が、長い髪を振り乱し、身体を返り血で染めながら、他人を虐殺する世界が見える。平和なハズの街が、地獄絵図へと変わる様子は、まるで出来の悪いホラー映画のようだった。
 そして、この街には、どこか見覚えがある気がする。
 思い出せそうなのだが、しかし自分の知るイメージを『エレシュ』が悉く紅く染めてしまって、喉下につっかえた記憶はなかなか出てこない。
 その間にも、『エレシュ』はとても楽しそうに、狂気に満ちた哂い声を上げ、全身を返り血に染めながら巨大な鎌を振り回す。
 どうしてこんなことをしているのか、自分のことであるのに、自分でも理解出来ない。他人事のようだ。まるで心が二つになったかのような不愉快さ。
 この『エレシュ』は、別に《教会》の命令があるわけでもないのに、ふとした拍子に壊したいものを見つけてしまったら、ソレを壊さずには要られないほどに理性を失っている。まるで、獣だ。
 そしてこの数日間、エレシュは完全に暴走状態にあった。
 獣は狂気が過ぎて純粋ですらある。それゆえに強い。
 駆けつけた街の警護団は全て一瞬で斬り伏せ、人間では不可能と思われる動きで命を刈り取る。やがて現れた《教会》の討伐騎士団も、まとめて惨殺してしまった。『エレシュ』は身体にいくら矢を受けても槍で穿たれても止まらない。肉体が損傷する端から自らを治癒し、そして怪力でもって相手を握りつぶす。そうして血塗れの顔で哂うのだ。
 本当に楽しそうに。
 心から喜悦に自らを浸していた。

 ――でも、多分それは、間違った行為だ。
 自分には、他にも何か『大切』なモノがあったような気がする。ずっと、他人の命を失わせてきたけれど、失うと哀しいと思うものがこの世にはあると知ったときから、自らの行動に疑問を持つことが出来たはずだ。
 そうして、何もかも切り捨てる自分を、虚しいと思ったんじゃなかったか。
 どこかの国での任務において、初めて出会った仲間と共に過ごして、それを知ったはずなのに。
 そのことを、『エレシュ』は覚えていない。全て、忘れてしまった。

 そのとき、がらりと瓦礫が崩れる音がした。
『エレシュ』がそちらに目を向ける。折り重なった神官戦士の屍の傍に、まだ生きている少年が居た。
 身体に裂傷はあるが、自分で治癒したのだろう、出血は殆ど無い。だが、その顔には明確な怯えが刻まれ、金色の瞳は怖れで細かく震えている。戦意はほとんど失われていた。
 無理も無いだろう、どう見てもその少年はまだ齢12、3といったところだ。戦場に出るには幼すぎる。よほど戦いの才能があったのかも知れないが――相手が悪すぎる。
『エレシュ』はにたりと唇を歪めて笑った。

「く、はひっ、きぃきききッ、アンタもぉ……処刑ぃぃぃぃぃッ!!!!」

 裏返った声は、悪魔の鳴き声のようだった。
 本当にそれが自分の声なのか、疑問に思う。もはや別人だと思ったほうが納得が行く奇声だ。
 少年は短く息を呑んで絶望していた。だが見開かれた目は吸い寄せられたように、『エレシュ』を……私を捉えて離さない。
 この少年も、どこかで見たことがある。さて、誰だろう、とても近しい人間だったと思うのだが――


 そして、私の追憶行為は、また邪魔された。
『エレシュ』の右腕に、突然鋭いナイフが二本突き刺さったのだ。
 正確に言えば、側面から頭と心臓を狙って投げられた二本の刃物を、『エレシュ』が咄嗟に防いだ結果なのだが。

「何をしている、馬鹿者! 生きたいのなら、立てッ!」

 凛とした張りのある、少女の声が響いた。
 この惨状の中で『エレシュ』に対し、果敢に挑みかかってくる者が居るとは驚きだ。
 情けなく尻餅をついている少年を無視し、より処刑し甲斐のあるだろう襲撃者へと『エレシュ』が振り向く。

「あははッ、お前もぶちまけられたいか――」

 濁った瞳を鋭く細め、視界に敵を収める。
 そこには、銀色の長い髪を後ろで括った、軽装の少女が立っていた。僅かな怯えもあるだろうが、それを遥かに上回る、戦うための意思が見える。
 神官には見えない、この警備隊の生き残りか、はたまた居合わせた冒険者か。
 鋭くも意思の強そうな碧色の瞳、細身ながら引き締まった体付き。その容姿は、どこか見覚えがあって――

「――え?」

 きょとん、と『エレシュ』も私も動きを止める。
 思考が完全に停止し、唇が意思に関わり無く開く。このときだけは、心は一つだった。
 ああ、涙が出るほど懐かしい、きっと『彼女』が12、3歳のときはこのような容姿であったろうという想像そのものの少女が其処に居た――

「!」

 瞬間、身体が衝撃を受け、熱いものが腹のあたりに広がった。
 全くの無防備だった私の背中に、神官戦士の少年が無我夢中で槍を突き立てたのだ。肉の裂ける衝撃と共に、血の味が口に広がる。
 そして、

「これ以上は、やらせん!」

 少女が裂帛の気合と共に肉薄し、その手に持った小太刀で、深々と私の胸を抉った。
 時間がゆっくりと動き、視界が真っ白に染まった。
 磨耗した精神は既に痛みなど感じない。迷い無い太刀筋は見事に身体を貫き通している、致命傷なのは間違いない。
 それを確信した瞬間、頭を過ぎったのは、むしろ心地良さ、そして清々しさだった。
 偽りの自分が消えていく。
 わけも分からないまま動いていた体が、ようやく私に支配権を返したのだ。

「――……あぁ……そう、か……」

 そうしてやっと、思い出せた。
 この街のこと。
 ここは、ずっと前に、もう十数年も前に、私が捕われていた場所。そして、『彼女』が居る娼館のある街だ。
 なら、この胸を貫いた少女は――きっと、彼女の――
 そう理解して、私は心から安らかな笑顔を浮かべた。

 ――今度もまた救い出す。どんな手を使ってもだ――

 本当に、とんでもない手を使うものだ。もちろん偶然には違いないだろうが、こういう運命の流れだったのだと、最期くらい、信じたいとも思った。
 今だけは、神様が私のために、こんな巡り合わせを用意してくれたと思うことを許して欲しい。
 フウマは、やってくれた。
 壊れてしまった私を、責任持ってきちんと元に戻してくれたのだから。

「守って、くれたんだ、私との約束……」

 意識が遠のく。
 今更抵抗する気も無かれば、する力も無い。
 これまでさんざん犯してきた罪を自覚さえせず、私はここまで来てしまった。因果が巡るというなら、この終焉はあまりに恵まれている。
 とうとう最期まで《教会》の操り人形ではあったが、それでも良い。
 私は――最高の『仲間』と巡り合えたって、断言できる。フウマだけじゃない、きっと皆との出会い全てが、私には過ぎた縁だった。
 彼女等に届くようにと、遠くを臨んで手を伸ばす。誰にも触れられないと分かっている手を。
 まだ、一つだけ、皆に言いたい言葉が残っている。
 特に彼女には絶対、伝えなくちゃならない。


 私は幼い頃から、壊すことだけを楽しみに生きて来た。
 他人への感謝なんて在り得なかった。
 その言葉が初めて口をついて出たのは、あの告白の夜、フウマが私に尽くしてくれると誓ったとき。
『ありがと』と私は呟いた。
 あれは、本当に大きな変化だったのだ。私が、人と人との繋がりに意味を見出したのだという確かな証だった。
 あのとき、フウマは道具に感謝など要らないと受け取らなかったけれど、それじゃあ困る。ならこの感謝は何処に渡せば良いのか。


 だから、今日こそ声に出して言おう。
 ここからでは聞こえないだろうけれど、地獄に落ちてからじゃ絶対に届かないから。
 どうか、風に乗って、届いて欲しい。

 私と一緒に来てくれて、
 私に、誰かと共にあるという喜びを教えてくれて、
 私を何度も何度も――数え切れないほど助けてくれて、


「本当に……ありがと……ね――」


 最期の言葉を感謝で飾れる者は、きっとそう多く無い。
 だからそれは、幸せな終焉だった。