『絶望の果てに(後編)』  


少女は白濁の海を漂っていた。

虚ろう瞳に映るのは、粘り気を帯びた白化粧。
生臭い波に揺られながら、生温い飛沫を降りかけられる。

終わりが見えない、永遠の悪夢。
絶望だけが延々と、繰り返し、繰り返し。

どれだけの時が流れたか。
どれほどの精を受けたか。
少女にはもう分からない。

少女は道具に過ぎなかった。

人としての尊厳や意思を否定され、男の欲情を満足させる為だけに存在する。
人生を選ぶ事は勿論、自ら人生の幕を引く事さえ許されない。

ただの性処理用の肉便器。


それが、天才と謳われた黒騎士少女の末路だった――





「……トンでんじゃねーよ」

不機嫌な声が降りかかり、骨ばった手で頬を叩かれた。
不潔な臭いが混じった精臭が鼻を突き、唇の端から、生温い液体が零れた。

意識を引き戻された現実は、相変わらず地獄だった。

醜悪な男の股間が視界を覆い尽し、喉の奥を灼熱の塊が抉っている。
膣内ははち切れんばかりの肉棒に制圧され、手の平を包む熱い感触。乳房に伸びる無骨な手。
力なく投げ出した四肢に、ハイエナ達は群がっていた。

「おら、さっさと飲みこめよ!」

昔は輝いていたが、今はすっかり色褪せてしまった金髪を鷲掴み、ならず者は乱暴に頭をシェイクする。
強引に口内を責め立てられて、半開きの濁った瞳に涙を滲ませながら、アリスは口の中に溜まった欲望の種を飲み干していく。


コワしテ……。



「へへ、次は俺の番だな」

口の中から剛直が引き抜かれると、すかさず別の男の剛直が割り込んできた。
顔を180度横に向かされた視界の端に、腹部に塗り立てられた赤いペイントが映る。

卑猥な文字と、肉壺を指すどギツい矢印。
その態を現すように、強制的に引き上げられた肉壺の入り口では、そそり立った肉棒がリズミカルに出し入れされている。
粘着質な水音と共に飛沫が飛び散り、アリスの横顔や胸に降りかかった。



コワしテヨ…………。




先走りの液と白濁液で汚れた唇を動かし、微かに言葉を紡ぐが、その懇願に目を留める者は誰もいない。
目を留める者がいたところで、聞き届けられる事はないだろう。

ならず者達にしてみれば、アリスは大切な精処理道具だから。
勝手に壊れる分には仕方ないが、"玩具"が一つ減ってしまうから、あえて壊すには惜しい。

颯爽とした黒騎士として、ギルドを席巻した少女も、今やその程度の価値でしかなかった。
悪に立ち向かうヒロインとして、男達を劣情に駆り立てたイメージは、遠い過去のものだった。

「いつまでヘバってんだ。は や く しゃぶれ!!」

加減を知らないならず者の掌底に、アリスは涙を零しながら、押し込まれた剛直に舌を這わせるが、動力が切れ掛かったぜんまい人形のように弱々しい舌使いでは、男を満足させるなど到底できやしない。

「あんだその腑抜けた態度はっ。もっと、気合入れてしゃぶらんかッ!」

もどかしいというより生気がない動きに、ならず者は苛立って、アリスの顔面を何度も殴打する。



コワしテ……。モう、オネガイダかラ…………。




言葉にならない。
涙が溢れるだけだ。

壊れたい。いい加減、壊れて楽になりたい。
ずっと願い続けているのに、一向に心は壊れない。
捨てきれない未練が残ってるように、絶望の"生"にしがみ付いて離れようとしない。

こんな人生、もう、生きていたくないのに……。


「舌使えってんだ、おら!! ヴァルガーさんに言って、また一から躾け直してやろうか、ああッ!?」
「おいおい。壊れかけの便器女に、なにムキになってんだ?」
「全くだ。こんな使い古し相手に、マジになってんじゃねえよ。これからはシャーリーの時代だぜ、シャーリー!」

ならず者の一人が乳首の先を弄びながらせせら笑うと、下半身を犯すならず者が肉棒を突き立てながら同調する。


しゃ、リー?

ダレだッケ……。キイたコト、アルよウな……な……。


ナにも、オモい……ダセなイ、ヨ…………。



昼夜問わず、四六時中続けられた陵辱で、頭はすっかり退化してしまった。
故国のこと、大切な仲間のこと、大好きだった母親のこと、天賦の才を称えられた剣の腕――昔の事はほとんど思い出せない。

頭に浮かぶ事といえば、性に関する事と、目の前のならず者の事、そして、自分をこの永遠の悪夢に堕とした"あの"男の事くらいだ。
とても大切な、気掛かりがあった気がするけど、頭の中に靄がかかって、それが何だったかも思い出せない。

「だったら、なんでやってんだよテメー。俺と代われ!」
「まあまあまあ、そういきり立つなって」
「そうだぜ、何もアリスちゃんが全部駄目だなんて言ってないぜ。特にこのマンコなんか一級品だ。あんだけバコバコ犯られまくったのに、まだ締め付けてやがる。……なあ、アリスちゃ〜ん?」

口を犯すならず者がいきり立つのを尻目に、膣を犯すならず者は焦点の合わないアリスの瞳を覗き込みながら、熱い精を子宮の奥に撒き散らした。
意識がない間も中出しされたらしく、子宮の底で溜まっていた生温い液体とミックスして、生々しい感触が腹の中で蟠る。

「つーかよ、もっと優しく扱ってやったらどうよ? アリスちゃんも最近、やっと口の利き方、覚えたんだしさ。あっさり壊しちゃったら損よ」
「そうそう。コイツはコイツで、手軽に楽しめていいしよ、っと」

ならず者の一人がおもむろに立ち上がり、肉棒の先から黄金の液体を放出した。

「おわっ、汚ねー! 何しやがんだテメー!」
「やるならやるって先に言えよな。手に掛かっちまったぜチクショー」
「悪ぃ悪ぃ。丁度催してきたもんでな。目の前にいい便所があったもんだから、ついやっちまったわ!」

悪びれなく笑うならず者に続いて、数人のならず者が連れションだと、アリスの顔面や胸に小便を放ってきた。
銘々に飛ばす尿が精液塗れの肌を叩き、黄金の飛沫となって飛び散っていく。

「ったく、みんなして汚いやっちゃなあ。肉便器使わねーなら、俺がやるぞ!」
「待て待て待て、次は俺の番だ。割り込んでんじゃねえよ!」


ベンジョ……。


――つまりなんだ、テメエは単なる精液便所って事だよな?


悪魔のような男の言葉を、頭の中で反芻する。


――はい、ただの精液便所です……。男に使われるだけの、精液便所だって、認めるから、もう……。


そして、それを認めた自分。



アア、あタし……モウ、タダのベンジョナんダ…………。



人間ですらなかった。
それどころか、動物でさえない。家畜以下の精液便所――

どこで歯車が狂ったのだろうか。



失われゆく意識の中で、また何人かの足音がやってくるのが聞こえた。






「んぷ、ぢゅぷ…………んむ……んぶ…………」

薄闇の中に、淫靡な音がこだましている。

豪奢な大理石の椅子に座り、首輪を繋ぐ鎖を片手に悦に入る大男の前で跪き、股間に顔を埋めるアリス。
未だ脱がされていない黒手袋に包まれた手で、極太のペニスを包み、小さな口の中に含む。

かつては意志の強さを感じさせた鳶色の瞳も、もはや光を完全に失っていた。

「ちゅぱ……ちゅぷ…………んむっ、む…………」

大男――ならず者達の親玉、ヴァルガーは時折アリスの首に繋がる鎖を引いて指図する。
命令されるがまま、アリスはひたすら従順に奉仕する。

以前より一回り大きくなった乳房の谷間にヴァルガーの巨根を挟み込み、両手で揉みしだきながら、谷間から突き出た亀頭の先を丁寧に舐めていく。
自慢にしていた胸が先走りの液でベトつくのも構わず、乳房の内側と小さな舌で、丸太のような肉棒を余すことなく愛撫していく。

「よし、次は俺様の上に跨りな」

ヴァルガーは舌なめずりしながら、新たな指示を下した。
小さく頷いて立ち上がると、アリスは黒いブーツに覆われた足を頑丈な大理石の上に乗せた。
ヴァルガーの両肩に手をかけて、椅子の上に立ち乗りの姿勢で、肉棒をそそり立たせた腰の後ろ側を両足で挟み込み、ゆっくり腰を下ろしていく。

濡れた肉が触れ合う音が、人気のない監禁玄室に響き渡った。
深く埋めるにつれて、媚肉の隙間が押し広がり、やがて極太の亀頭は子宮の奥壁に突き当たった。

「ぁ……あ…………」

根元まで深々と腰を下ろすと、木の幹のような太い首の後ろに両腕を回し、厚い胸元に身体を預けた。
はち切れんばかりの肉体が目の前に飛び込んでくる。
香油を塗りたくったように脂ぎった、"力"の象徴のような筋肉がアリスの鼻先に触れた。

筋肉の鎧に包まれたヴァルガーの巨躯を間近で見るたびに、つくづく思い知らされる。

なんで、こんな恐ろしい男に楯突いてしまったんだろう……。
一度でも勝てると思ったアタシが馬鹿だった……。

閉ざした心の残滓が、恐怖心と共に還ってくる。

「さっさと始めろ、アリス」
「…………はぃ……」

凍るような低い声で脅され、暴力的な肉体にしがみ付いたアリスは腰を上下に振り始めた。
限界まで押し広げられた膣の内壁と極太のペニスが擦れ合う音が、退廃的なメロディを奏で始める。
赤銅色の胸板に押し当てた程良く大きい白い乳房が、上下する身体の動きに合わせて、ゴム鞠のように押し潰されながら変化していく。

「よしよし、いい調子だ」

ヴァルガーは上機嫌に嗤いながら、アリスの金髪を撫でた。
その"指示"に、アリスはヴァルガーの厚い唇に、自らの唇を重ね合わせた。

舌を口の中に差し込み、倍ほど大きさがある舌に、舌を絡めて愛撫する。
数十秒もの接吻の後、涎の糸を引かせながら唇を離すと、日焼けしたヴァルガーの頬や首筋や胸を順番に舐めていった。

絶対的な勝者と、完全なる敗者の姿が、そこにはあった。


全身で奉仕するアリスを見下ろし、ヴァルガーは抑えきれない愉悦の色を浮かべていた。
サディストな本性を剥き出しにした凶悪な笑みだ。

それもそうだろう。
地を舐める屈辱を味わされ、その場で引き倒して泣き叫ばせたい衝動に駆られながらも手出しできず、復讐を誓うしかなかった相手が、今や、自分の腕の中で、愛玩動物のように奉仕しているのだから。
これ以上ないくらい完璧に、心の底から、アリスは屈服していた。

全身に漲らせていた自信は跡形もなく粉砕され、勝気で天真爛漫な性情は卑屈で気弱に捻じ曲げられ、持て囃されていた名声と名誉はことごとく失墜し、それどころか世間にマイナスのレッテルまで貼り付けられ、挙句には生まれた事さえ後悔して、従順な性奴隷と成り果てた。

そう、ヴァルガーは、燦然と輝いていたアリスの人生そのものに、完全勝利したのだ。

「くははっ、はははははッ!! 全く! いい気分じゃねえかぁ、おいッ!!!」

ヴァルガーは腹の底から思いっきり笑った。
込み上げてきて止まらない笑いが、ステレオのように玄室の壁に跳ね返って響き渡る。
耳を劈く絶頂の笑い声を頭上で聞きながら、それでもアリスは何も反応せずに、自分の人生を踏み躙った男の肉体をただ一心に愛撫していた。
それこそ、アリスが身も心もヴァルガーに屈した証拠だった。


首筋から右肩へ、舌先の奉仕を移していくアリスの目に、深く刻み込まれた刀傷が止まった。
それはかつて、メルニス山でアリスが付けたものだった。
この刀傷が全ての発端だった。

過去の記憶を忘れつつあった少女の心に、あの日の出来事が走馬灯のように走っていく。



――ま、天才のアタシに掛かれば、ざっとこんなもんよね!

踊るようにカタナを振るい、恐れもせず、ならず者相手に派手な立ち回りを繰り広げていた自分。
……何も分かってなかった。



――ま、力だけのバカじゃ、一生かかっても捉えられないと思うけどね。……ほら、どったの? カモンカモン。

不敵に振舞い、必要以上に挑発していた。
その態度がならず者の劣情を煽り立てていたのは明白だった。
なんで、あんな事したんだろ……。



――へえ、今までのヤツらより、ちょっとは出来そうじゃない。

ヴァルガーと初めて対峙した時、開口一番、放った言葉だ。
余裕ぶって、端っから見下していた。
そんな実力、最初から無かったのに……。



――けど、もう弱点見つけちゃったのよねー。
――いくらガントレットで防御できるって言っても、振り回してる最中じゃ、どーしようもないわよね!

――一丁上がりーっと。

調子に乗って、軽口なんか叩かなければ良かった。
どう考えても、自業自得だ。

せめて、ヴァルガーがこれほどまで恐ろしい男だと、分かっていたら――
今の自分がその場にいたら、武器を捨てて降参し、自ら身体を開いて、懇願してでも、許しを乞うていたはずだ。
下手に刺激しなければ、性奴隷として惨めに過ごす人生に変わりなくても、幾らか慈悲は与えてもらえ、運が良ければ、許してもらえたかも知れなかった。



――ッ!?

あの瞬間、視界の隅に映った、鉄鞭を思い出した。
ヴァルガーが放った横薙ぎのバスターソードを踏み越え、一足飛びに斬りかかった時の事だ。

あたしは完全に不意を突かれていた。
背後から迫るその搦め手を、自力で避ける術が無かった。

どうせなら、あの時、そのまま押し倒されていれば良かった。
あそこで犯されていた方がまだマシだった。
どうせ、運命は同じだったんだから。
余計な火を付ける前に、増長した小娘として、ヴァルガーの嗜虐欲を適度に満たすだけの存在として、恥辱の波に飲み込まれて。



でも、今更後悔しても遅い……。


あたしの人生は……もう…………終った……んだから……………………。





――もうアリスー。油断大敵だよー!

少年の声が、心の琴線を刺激した。


――なに言ってんのよ、フィル。アンタも男でしょ! それくらいの人数、ちゃちゃっと片付けて来なさいよ!
――む、無茶言うなあ、アリス! こっちは十人も相手してるんだぞ!
――甘い! アタシの相手は二十人よ! でも、動きがトロすぎてあくびが出そうだけど……ね!


フィ……ル…………。




消えゆく心の井戸に、一つの名前が投げ込まれた。
静かに波紋が広がっていき、頭の中を覆い尽くしていた靄がほんの少し薄くなった。



フィル……。


黒騎士の同僚として、いつも肩を並べて戦っていた少年の名前。
おっとりとしていて、どこか頼りなかったけれど、気が付くといつも背中を支えてくれていた――


あたし、フィルの事が好きだったんだよね……。


心の中に蟠っていた、そして、最後まで捨てきる事ができなかった未練を思い出した。
まだ、気持ちを伝えていなかった。
一度だけでいいから、はっきり伝えたかった。

その想いがあたしの心を、最後まで繋ぎとめていたんだ――
壊れたい。
生きていたくない。
そう思いながら。


――アリスーッ!!!

少年の声が、心の中でハッキリと聞こえた。





「ちっ、部下どもは一体何してやがんだ……」

見上げたヴァルガーは毒づいてた。

いつしか、玄室周辺は喧騒に包まれていた。
剣戟と争うような喚声が、遠耳に聞こえてくる。
冒険者の誰かが襲撃しているのだろうか。

喚声は徐々に近づき、やがて、入り組んだアジトのような構造の通路を抜けて、力強い足音が聞こえてきた。

「アリスッ!! そこにいるのか!?」

扉を蹴破る音と共に、生の少年の声が飛び込んできた。
靴音が玄室に踏み込み――


――爆発音!!


「くッ、なんだ!?」
「おおっと、そこを動くなよ。ドンって爆発するぜ?」

爆音に紛れて交錯する、戸惑う少年の声とヴァルガーの余裕な声。

「俺様はこう見えても慎重な性格でな。阿呆どもと違って、玄室に踏み込まれた時の対策もしっかり取ってんのよ。
 愛しのアリスちゃんの前でミンチになりたくなかったら、動くんじゃねえぞ〜。
 ……ああ、俺様は別に構わねえがな。"元"彼氏のミンチを見て、アリスちゃんがどう思うか、だよなあ?」
「くそっ、卑怯な!! アリスを今すぐ返せッ!!!」
「返せって言われて返す馬鹿がどこの世界にいんだよ。つーか、この雌犬はもう俺様のモンだぜ。"元"彼氏は引っ込んでな!」

嗤いながら、激昂する少年を挑発するように、ヴァルガーは腕の中の少女の剥き出しの背中を叩いた。
衝撃と獣声で、アリスは水を打たれたように正気を取り戻した。


フィルが助けに来てくれた。
会いたいと、ずっと願って止まなかった少年がすぐ傍にいる。
振り向けば、夢にまで見た少年の姿が、そこにある。

――だが、振り向けなかった。
それどころか、金縛りにあったように硬直して、顔中の血の気が引いていた。


どうして……。


会わせる顔がなかった。


よりにもよって――どうして、こんな時なのッ!!?


今の自分の体勢を思い出して、絶望的な気分になった。

この体位だけはなかった。
石椅子に跨って、ヴァルガーの首の後ろに手を回したまま抱きつき、肉棒の上に深々と腰を下ろしている、この体位だけは。

どう考えても、進んでヴァルガーに身を捧げていた。
好意的に解釈しようと、自分から積極的にヴァルガーと性交を交わしていたようにしか見えない。
無理矢理犯されていたとか、そんな言い訳が通用する体位じゃない。
こんな姿を見て、フィルが幻滅しないわけがない。

「うっ、うああっ、ああぁあ……」

希望の淵から、再び奈落の底に叩き落されて、アリスは強姦魔の肉体の中で号泣した。

「まあ、なんだ。せっかくわざわざ追いかけてきたんだ。涙ぐましい努力に免じて、"元"彼女と感動の対面をさせてやるよ!!」

サディストな本性を露にしたヴァルガーは、嗚咽するアリスの太腿を掴むと、勢いよく振り向かせた。

「あぁ……」

驚愕に満ちた少年の顔が飛び込んできた途端、アリスの口から絶望のため息が漏れた。
緩くウェーブが掛かった銀色の髪。
あられのない姿を目の当たりにして、海のように青い瞳が動揺に波打っていた。

「アリス……ッ」

絶句するフィルの視線から逃れるように、アリスは顔を背けた。

こんな情けない姿、フィルにだけは見られたくなかった――

会いたいと、気が狂わんばかりに焦がれ続けてきた少年なのに、今はとても直視できない。
だが、ヴァルガーは首輪に繋がる鎖を引っ張って、強引に顔を向き直させて対面させる。

「うう……」

唇を噛み締めるフィルの真っ直ぐな視線が痛い。
お願い、見ないで……。こんなあたし、見ないでよ……。

優位性を確信したヴァルガーは、たわわに実った乳房を弄びながら、すすり泣くアリスを尻目に、陶然とした口調で語り始めた。

「どうだ? 愛しのアリスちゃんも、しばらく見ねえ内に変わっただろ。穢れ一つ知らなかった潔癖症が、今や肉欲に溺れる雌犬だぜ?
 ついさっきも、俺様の上に跨って嬉しそうに嬌声上げてたんだぜ。どっかの出刃亀がしゃしゃり出てきたせいで、ストップしちまったがよぉ!」

勝ち誇った表情で、掌中の少女の耳の穴を舐め穿りながら、これ見よがしに自分と少女の関係を、黒騎士の少年に見せ付ける。
ぶ厚い手の平で擦る下腹部では、動かぬ証拠を示すように、濡れそぼった股間を生き生きと脈打つ剛直が貫いていた。

「おっと、動くなって言っただろ。床中に仕掛けてんのをもう忘れたのか?」
「くッ!」

飛びかかろうとするフィルの機先を制して、ヴァルガーは手元の遠隔装置を操作してトラップの一つを発動させた。
足元で小さな爆発が起こり、口惜しげに歯噛みするフィル。

「まあ、黙って聞けや。"元"彼氏に、俺様とこの雌犬のラブだくライフを話してやるってんだからよ!」

剣を握り締めるしかできない悲痛なフィルの表情に、サド心を更に刺激されたヴァルガーは、ことさら"元"という単語を強調して、厚い唇を歪めながら調教の日々を語っていく。
耳元で語られる赤裸々な事実の前に、アリスの目の前はますます真っ暗になった。

百人を超えるならず者に連日連夜犯されて、精を流し込まれ、犬の精まで流し込まれた事。
裸で引き立てられ、衆人環視の元、様々な痴態を繰り広げ、排泄行為にまで及んだ事。
三角木馬に乗せられて、市中引き回しされた挙句、失禁して絶頂した事。

どれ一つ取っても、反論のしようがない紛れもない事実だ。
言葉にして並べ立てられると、どれだけ汚されてきたか、身に染みて思い知らされる。


もう、元の関係には戻れない――

とてもじゃないけど、好きです、なんて恥知らずな事、フィルに言えない。
そんな資格、どこにもない。
ふしだらな女だって、軽蔑されて当たり前だ。


心を繋ぎ止めていた最後の鎖が、腐食するように崩れていく――


「そうそう、挙式を挙げた事だってあるんだぜ。
 ツインベッド持ち込んで、ドレス姿でまぐわいながらよ。リングを交換したり、愛を誓い合ったり。……なあ、アリス?」

言葉を振られて、アリスはうなだれるように頷いた。
これもシラを切り通しようがない事実だ。

心の貞操だけは守り抜こうと耐え忍んだけれど、結局肉欲に負けて、あられもない姿勢で偽りの愛を誓ってしまった。
今更、自分は潔癖だなんて、口が裂けても言えやしない。
そんな物、とっくの昔に自分から手放していた。

見上げると、フィルは俯いて肩を震わせていた。

ほら、フィルだって、もう呆れてるよ。
あたしの顔を見向きもしない。

心の底で繋がってるという想いは、所詮、まやかしだったんだね。
自分に都合のいい勝手な妄想で。
フィルとは最初から、結ばれない運命だったんだ。

だったら、言い訳なんかしないで、潔く嫌われよう。


フィルに嫌われれば…………安心して……壊れられるもん………………。



絶望の果てに堕ちた少女の心には、もう少年の声は届かない。
絶対的な支配者となったヴァルガーの声だけが聞こえる。

「……まだ、信じらんねえようだぜ。だったら、"元"彼氏に見せ付けてやろうぜ。てめえとの関係はもう終ったってなあ、アリス?」

ヴァルガーの言葉に、アリスは生気のない瞳で頷いた。
なにをすればいいか、言われなくても分かる。


これで…………本当に、サヨナラ、だね……………………フィル…………………………。



最期に見たフィルは、必死に何か語りかけていた。


背を向けて体位を変えて、再び、ヴァルガーに身体を預けるようにしがみ付いた。
お尻を突き出し、たくましい巨根に肉壺を押し入れて。
背後のフィルに見せ付けるように、腰を振った。


忘れて――




こんなふしだらな女は忘れて、あたしには果たせなかった、自分だけの人生を生きて――

切ない祈りを込めて――




それが、最期の、あたしの、ね……が…………だ……か…………………………





『――僕はキミの事が好きなんだッ!!!!』


たった一つの言葉が、固く閉ざした心の中に飛び込んできた。
二度と開く事はないと思っていた心の殻を突き破って。


『だからッ、帰ってきてくれ!!! アリスーッ!!!!』


少年の叫びに反応して、とっさに手を突き出した。
弾かれたように、アリスはヴァルガーを拒絶する。

「うおッ!?」

油断しきっていたヴァルガーの腕から、押し退けられて、アリスの身体が僅かに離れた。
精一杯の、ささやかな抵抗だった。
だが、それで充分だった。

次の瞬間、どこからともなく伸びてきた木の根が、鎖を握るヴァルガーの手を弾き、二人の身体を決定的に引き剥がした。

「はっ、はあ……間に合った? アリスちゃん!?」

玄室の入り口から、賢者の少女が息を切らせながら現れた。
大地母神の力を受け継ぐ神降ろしの巫女、ウィルカだ。

ウィルカが呼び寄せた木の根は枝分かれして、落下するアリスの身体を優しく受け止める。
そして、罠の遠隔装置を握って絶対的な優位性を確保していたヴァルガーの体勢を崩した。

「うわああああああああああッ!!!!」

少年黒騎士フィルは、一瞬の好機を見逃さなかった。
雄たけびを上げて、一気に間合いを詰めた。

「ちぃッ、このガキがああッ!!!!」

懐に飛び込まれたヴァルガーは怒り狂い、豪腕を振り上げた。


刹那の交錯――

肉を貫く音がした。


フィルの白刃は、ヴァルガーのわき腹に深々と突き刺さっていた。
対するヴァルガーの拳は、フィルのこめかみをかすめて。

「ちっ……くしょう…………」

ヴァルガーは断末魔の呻きを漏らして、ゆっくりと崩れ落ちていった。
重い肉体が石床に倒れる音が、玄室に響き渡った。

一瞬の静寂――


「そうだ、アリスはッ!?」

小さく息を吐いたフィルは我に返って、木の根が収束する場所に駆け寄った。
アリスはネット状の木の根をクッションにして、横たわっていた。
白濁液で汚れるのにも構わず、フィルはアリスを抱き起こした。

「大丈夫か、アリス! 僕の顔を見て! ……僕のこと、分かるかい!!」

必死に呼びかけるフィル。

アリスはうっすらと目を開けて、微笑んだ。

……分かるよ、勿論。
だって、ずっと会いたいと、そればかり考えてた顔だもん。
でも、本当にこんな風に会えるなんて思わなかった――


ウィルカも駆け寄り、続いて雪崩れ込んできたフィアナやムーンストナも、アリスの傍に駆け寄ってくる。
耳を傾けると、周辺の喧騒はいつの間にか止んでいた。


「……お帰り、アリス……」

優しく髪を撫でて、顔を覗き込んだフィルは微笑んだ。
その笑顔に、アリスは涙が溢れ出て止まらなかった。

「フィルぅ……。うう、ひっく……会いたかった。……会いたかったよおぉッ!! ううぅっ、わあああああああああああああああんッ!!!!!」

終わりのない悪夢からようやく解放されて、子供に返ったように、愛しい少年の腕の中で、ひたすら泣きじゃくるのだった。