『あたしは強い』 by MORIGUMA ヒュウウウ 強い風が吹いていた。 風の中に立つ、短い金髪の少女がいた。 ひざの上までのロングブーツ、 短いスカートと、身体にぴったりしたセパレートの上着、 そしてショートマント。 薄青のマント以外は、全て黒皮で、 スタイルのよさもあって、ひどく扇情的に見える。 ヒューッ ひときわ風が強く鳴った。 右手の数枚の紙をぱっと投げ上げる。 「疾風−−−−」 風がパアッと紙を吹き散らす。 「斬!」 その声と共に、猛スピードで走り出した、風よりも早く。 アリスのカタナが、うなりを上げた。 投げられた5枚の紙は、全て切断された。 「ふう」 簡単に聞こえるだろうが、ここは広場でも何でもない。 山間の木立の隙間に過ぎない。 適当に木もあれば、切り株もある。 木の根や岩、小さな谷川のくぼみもある。 地形のさまざまな状態、風、紙の動き、そして自分の動き方を、 3次元的に感じ取り、瞬時に移動しながら、 剣をふるわねばならない。 常人になせる技ではなかった。 少女は金色の目を光らせ、可愛らしい顔で満足げに笑った。 少女の名はアリス。 名高い精鋭部隊『黒騎士団』に、 わずか15歳で入団を果たしたという、剣の天才。 だが、アリスの天才を持ってしても、『疾風斬』は、 10回中5〜6回しか、まだ出来ない。 同レベルの腕前を持っているのは、団長ぐらいのものだが、 それでも彼女は満足しなかった。 『10回中10回、必ず出来るようになってみせる!』 それが今のアリスの目標だった。 3回目を見事成功させたアリスは、 よく熟れたトマトをガブリとかじった。 「ん〜んっ、おいしいいっ」 香りと酸味が、パアッと広がり、思わずニコニコしてしまう。 いつも野菜を買うおばちゃんが、 『持ってきな』とくれた物だ。 貧乏貴族の3女ということにして、自分で自炊しているアリスは、 そういう市場の人たちとも大の仲良し、 (本当は母親が亡国の王女らしいのだが、 『血筋を名乗るようながらじゃーないしね』と本人談) 『ああいう人たちを、守ってあげなきゃ。』 アリスは心からそう思って、黒騎士団に入ったのだ。 汗をかいたので、近くの滝へ行った。 「きもちいい〜。」 天真爛漫というか、大胆に全部脱ぐと、 小さな滝のきれいな水流を全身に浴びる。 形のいい乳房を転がり落ち、淡い金の茂みへ流れ込む。 美しい背筋を水流が彩り、形のいい小ぶりな尻へ幾筋も描く。 ヒヒーーン 愛馬アルルの鳴き声が響いた。 何か切羽詰った声。 「アルルっ?!」 振り返ったそこに、いやらしげな顔をした男が立っていた。 「うえへへへ、お嬢しゃん、気持ちよしゃしょうですね。」 何を考えてるのか、舌にまでピアスをして、 回らない口で、にたにたショートソードをひらつかせている。 「あ・・・あ・・・」 真っ赤になったアリスが、あわてて胸とあそこを隠す。 「一緒にはいろうぜええっ!」 どどっと、ズボンを目一杯膨らませて駆け寄るならず者。 「い、いやああああああっ、って言うと思ったかっ!」 怒りの乙女アタックが炸裂!。 ゴギュルリッ 強烈な前蹴り一閃。 痙攣しながら倒れたならず者は、残りの一生を後悔することになった。 黒騎士団には、少しだが女性団員もいる。 女性には一つ条件があり、 入団許可が下りても、 『全裸で男の急所に前蹴りが出来なければ、認可されない。』 という掟があるのだ。 (ヒザ蹴りは可、回し蹴りは不可) えらくスケベな掟だと思われるかもしれないが、 襲う役の男性も恐怖で辞退する者が続出する。 格闘技を見れば分かるが、どんなに丈夫な防具を入れていても、 あそこを直撃されれば、良くて失神、悪ければ一生後悔する。 効果が抜群であることは、実戦が数多く証明していた。 説明してる間に、すばやく服を身に着けたアリス嬢、 愛馬アルルの元へ駆けつけた。 必死に暴れる白馬にてこずり、 まだならず者たちは、連れ去れないでいた。 「こんのやろおおおおおっ!」 もちろん、こんな雑魚の数人、相手になるアリスではない。 3人があっという間に切り倒されたが、 ヒュイイイイッ 口笛で、近くの森が動いた。 ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュルルッ、 矢が次々と飛び出し、10人あまりの山賊がドドッと押し寄せてきた。 「ウゲッ!、ひっ、卑怯よおおっ!」 必死に矢を避け、構えた左腕に、一本がかすめた。 「乙女の柔肌にいいっ!」 乱戦に持ち込めば、矢を打つことは出来ないと判断、 だっと走りだしたが、 ぐらりと目が回った。 傷口が黒く変色している。 『毒?!』 急いで吸い出す間に、連中が肉薄していた。 毒そのものは大したことは無くても、 足止めされた効果は痛かった。 見る見る切りたてられ、 必死に防戦するが、何ヶ所か浅く斬られた。 5人まで倒したが、弓を背負ったのがさらに3人でてきた。 「くっ、いちかばちかっ!」 毒への恐怖、ギリギリまで追い詰められた精神、 そして、彼女の爆発力が、極限まで集中した。 「疾風っ、斬!」 ほぼ同時に6人が、血しぶきを上げて倒れた。 対象を6斬れたのは、初めてだった。 「ひっ、ひいいっ!」 腰の抜けた二人のならず者は、森へ逃げた。 「はあっ、はあっ、はあっ、い、今のうちにっ、」 だが、疲労と出血、毒でふらふらするアリスが、 何とかアリスに乗った直後、 「まちやがれえええっ!」 さらに10人あまり、ならず者たちが追ってきた。 必死にアルルを駆るが、 乗馬の激しい動きは、アリスの体力を容赦なく削る。 目の前が暗くなってきて、ならず者たちの声が近づく。 村が、もうすぐそこだが、意識が持たなかった。 ドドッ 落馬して、意識が途切れていった。 「えっ、あっ、アリスちゃんっ!!」 どこかで聞いたような声がした。 ・・・・・・・かすかな、薬草の匂いがした。 「ん・・・うあっ!・・・」 目が覚めたとたん、身体中に激痛が走る。 関節は痛いわ、肩ははずれそうに感じるわ、 アバラもヒビぐらい入っていそうだ。 裸の身体に、ミイラのように包帯や布が巻かれていた。 「ひいっ、ひいんっ!」 気がゆるんだせいもあるが、思わず涙が出てきて、 情けない声が漏れた。 「気がついたかい?。」 優しい声がした、あの野菜売りのおばちゃんの声。 「あんたが馬から落っこちた時は、びっくりしたよ。」 そっと額をアリスの額に当てた。 「んっ、熱もだいぶ下がったようだね。もう2日も寝てたんだよ。」 後で聞いた話だが、押し寄せてきたならず者を、 脅しつけて追い返したのも、おばちゃんだったそうだ。 『あの子に手を出そうってんなら、山ごと焼き払ってやるからね!』 野菜売りに毎日市場に来るような人だが、 この辺の大地主の一人で、やると言ったら本気でやる。 さすがにならず者たちも、スゴスゴと手を引いたそうである。 「おばちゃん、ありがとう・・・でも、どうして?」 どうして助けてくれたの?。 おばちゃんは、ますます優しい顔になった。 「あたしのね、3人目の子は近衛騎士団に行ったんだよ。 あんたと違って、赤毛で、そばかすが一杯あって、 でもとても元気な、いい子だったよ。」 『だったよ』それは過去。 「でもね、2番目の戦いで、友達を守ろうとして、死んじまったんだよ。」 あんたを見てたら、その子とだぶってねえと笑うおばちゃんに、 もう、アリスはたまらなかった。 「ひっ、ひっく、お、おばちゃ〜〜ん〜〜、」 涙が止まらなくなった。 「ああ、よしよし、泣くんじゃないよ。」 やわらかい腕に抱きしめられて、アリスはしばらく泣いていた。 『あたしは強い?』 剣なら負けないと思ってた。 誰よりも強くなりたい、と思ってた。 でも、本当に強いって、そんなことじゃないって、 その時、少しだけ分かった気がした。 ずっと、ずっと、高い所にそれはあるんだって。 ・・・・・だから、本当に強くなりたい。 FIN