忠義の果てに(前編



「2人とも遅いですね。」

「…そうだな。」

ここは【ケルミットン】にある酒場【山猫亭】。

深夜で客数は少ない。

奥の席に座っているフィルとガイズは目立っていた。

黒い革鎧と東方の武器を身に着けている少年。

フルプレートを着ている大男。足元には巨大な斧が置いてある。

2人は昼頃から酒場に居た。

客の誰もが物珍しそうに見ている。

視線を気にすることなく、2人はバーラックとゼルを待っていた。

1週間前、ハイウェイマンズギルドに関わっていた奴隷商人ゲルーを倒している。

アリスの情報は得られなかったが、ケルミットンに住む貴族の情報を得た。

買ったらしい。龍神の迷宮で捕まり、調教された女冒険者を。

それがアリスなのかは分からない。

貴族についても詳しくは知らない。

そこで、もと情報屋のゼルが、貴族の情報収集に出かけた。

バーラックはゼルの護衛として共に行動している。

「何か注文しますか?」

「…任せる。」

フィルは酒場の主人に簡単な食事を注文した。

夕食は8時間前に食べている。何もしてないので、さほど腹は空いていない。

しかし、酒場の主人の視線が痛い。

何も飲み食いせず、ただ黙して座っているだけの客。

嫌がらせか、営業妨害の何者でもない。

いたたまれなくなり、フィルは時より注文をしていた。

「遅いですね。」

「…ああ。」

耳を澄ませば、雨の音が聞こえる。昨日からずっと雨だ。

ちらと、フィルはガイズを見る。

無表情で何を考えているか分からない。視線はテーブルに向いている。

話しかけても短く返答するだけだ。

必要以外喋らない寡黙な男。何が起きても変わらない表情。

ゼルはガイズの事を「何も感じないゴーレムみたいな奴だ。」と言っていた。

最初はフィルもそう思った。

だが、ガイズの瞳から強い意志を感じる。何も感じていないはずがない。

そういえば、どうして自分の目的に協力してくれるのか?

以前聞いたが、教えてくれなかった。バーラックやゼルも。

フィルは3人の事を何も知らない。

『アリスを助ける!』

前はその事だけで頭が一杯だった。

今は3人に興味を持っている。何より共に戦ってきた仲間だ。

無理に聞こうと思わないが、出来る事なら色々教えて欲しいと思っている。

ガイズやバーラックは強い。

何度か手合わせをしたが1度も勝てない。

厳しい訓練を欠かさず、強くなったと過信した甘い自尊心は砕かれた。

井の中の蛙と思い知らされる。

力だけでなく、その他の面も見習うべき事が多い。

ゼルも強い。戦闘能力ではなく、フィル達にないものが彼にある。

盗賊の技術、情報屋としての腕、多少とはいえ魔法も使えた。

無駄口は多いが、頼りになる仲間だ。

フィルは思う。自分1人だけだったら、何も出来なかったと。

3人が協力してくれることに感謝していた。

カランカラン!

扉の鐘が鳴る。

「たっく、雨の日は気分が悪いぜ。」

ゼルとバーラックが戻って来た。2人ともびしょ濡れだ。

「あ〜、寒い寒い。」

ぶつぶつと言いながら、ゼルは店の主人に温かい食べ物を注文する。

バーラックはマントを脱ぎ、濡れた髪をタオルで拭いていた。

客の視線が2人に集中する。

また変なのが来た。そんな表情をしていた。

ゼルは腰まである長い髪と、両腕に彫られた複雑な刺青が印象的だ。

やる気のない表情に、止まることなく無駄口を叩いていた。

喋るという点は、ガイズと正反対である。

自分の身長より大きい武器を、バーラックは軽々と持っていた。

ハルバード。槍の先に斧を据えた武器。

刺突、斬撃、打撃の状況に合わせた攻撃が行える優れものだ。

ただ、重たくて使い難くい。本来は騎乗中に使う武器である。

ガイズを上回る腕力、長年の経験と技術で、自分の一部のように使いこなしていた。

昔は傭兵だったらしい。最後の戦場で右目を失い眼帯を着けている。

「お疲れ様でした。」

「待たせて、すまんな。」

新しいマントを身に着けて、バーラックはフィルの隣に座った。

「遅かったですけど、何かあったんですか?」

「最悪だったぜ。バーラックのせいでな。」

ゼルはバーラックを睨むが、睨まれたバーラックは素知らぬ顔で、運ばれてきた料理を


食べ始める。

「おい!俺様が注文した料理だぞ!」

「ケチ臭い事を言うな。」

抗議をものともせず、ガツガツと食べていく。

あっという間に料理は無くなった。

「こ、このじじい…!」

「早く話せ。」

相変わらず無表情なガイズ。

しかし、待っているのに疲れたのか、声は少し苛立っていた。

「はいはい。」

肩を竦めて、ゼルは話を始めた。

「ここの貴族は大した野郎だよ。」

「うむ。一筋縄ではいかんな。」

バーラックは同意する。その顔は珍しく険しい。

「どうゆうことですか?」

「この街のギルドや神殿は奴の支配化だ。」

「そんな…!」

フィルは驚いた。ケルミットンには、大きなギルドが3つあった。

盗賊ギルド、傭兵ギルド、商人ギルド。

そして、騎士団の駐屯所と神々を祭る神殿がある。

それらが全て貴族の支配化にあるとは信じがたかった。

「どこの上層部も賄賂や、色々と優遇してもらって骨抜き状態さ。」

ゼルは吐き捨てるように言い、バーラックがさらに付け足す。

「奴は私兵団も持っておる。雑魚の集まりだが、数が多い。」

「貴族を敵に回したら、この街の組織全てが、敵になる可能性があるのか?」

「ああ。」

ガイズの問いに、引きつった顔でゼルは答えた。

怖いのだ。ギルドを1つ敵に回すだけでも危険なのに、それ以上なのだ。

今までの中で1番困難だと痛感する。4人は沈黙する。

重い雰囲気を最初に破ったのはフィルだった。

「上層部といっても、全部が懐柔されているわけではないでしょう?」

「まぁな。」

ゼルは頷いた。

「なら、貴族が悪という証拠を掴んで見せれば、味方も出てくるはずです!」

「甘いな、フィル。そんなの直に握り潰されるって。」

「しかし…!」

「それにだ。簡単に証拠を掴ませる奴じゃない。」

「だけど…!」

「はぁ、落ちつけ。」

溜息をつくと、ゼルは遅くなった理由を告げた。

「俺達が今まで遊んでいたと思うか?突破口は探してある。」

「ほぅ、グチグチと文句を言っていたのは誰かな?」

「やかましい。話を折らないでくれ。」

ジト目のバーラックを無視して、ゼルは話を続けた。

「この街の近くに廃墟となった館がある。そこは貴族が使っている。」

「館?」

「そうだ。人様に言えないような事をする為に。」

「そこに証拠が!」

ガタッと席から立ち上がり、輝いた目でフィルは叫んだ。

「だから、落ちつけ。あと声が大きい。ここが酒場ってこと忘れてないか?」

「す、すみません。」

謝ってフィルは座った。

幸いにも1番の奥の席であり、土砂降りの雨の音で、話は誰にも聞きこえてなかった。


しかし、視線が集まっているのは間違いない。

自分の失態にフィルは恥ずかしくなった。

ゼルは呆れながら声を小さくして言う。

「続けるぜ。館に証拠はある。それも飛びっきりのだ。」

「まさか…!」

「そのまさかだ。」

フィルは強く拳を握った。

そこにいるのだ。ワイズナーで捕まり、調教された女冒険者が。

アリスかもしれない。そう思うと、じっとしていれられなかった。

「どこですか!」

「お前なぁ…人の話を聞いてないだろ?」

頭を掻きながらゼルは諦めた。フィルの目つきが変わっている。

普段は温厚でお人よしだが、アリスの事になると違う。

どんな障害や危険があっても、恐れることなく突き進んで行く。

何度か経験しているので知っていた。

あの目になると、止めるだけ無駄だと。

ちらりと隣りを見れば、ガイズも巨大な斧を手に持ち、行く気満々だった。

(勘弁してくれよ。)

と、心の中で呟き泣きたくなった。

「ゼルと2人で、館の偵察に行って来た。」

「なっ!?それで帰りが遅かったんですか!?」

フィルはバーラックの言葉に驚き、すぐ怒りに変わった。

「どうして行く前に、知らせてくれないんです!」

バン!とテーブルを叩く。

ぎょっとして、酒場にいた客はフィル達を見る。

ただならぬ雰囲気に、巻きこまれる事を恐れた数人の客が、酒場を出て行った。

ガイズもフィルに同意見らしく、問い詰めるような視線をバーラックに向ける。

(こ、怖えぇっ。)

2人の気迫に、ゼルは顔を真っ青にして震える。この場から逃げ出したかった。

バーラックは平然としており、予想通りの結果に呆れていた。

「知らせなくて何が悪い?」

「火に油を注ぐなよ!」

叫んで、ゼルはテーブルから離れる。

バーラックの一言は、確実に2人を怒らせていた。

「悪いです!」

フィルは怒鳴り、ガイズは頷く。

酒場にいた残りの客も出て行った。ゆっくりと酒を飲める雰囲気でなくなっている。

酒場の主人もいない。奥の厨房で「厄日だ!」と叫んで酒を飲んでいた。

「教えたら、どうする?」

「助けに行きます!」

即答するフィルに、バーラックは思った。

(あいつめ…部下の腕だけでなく、心の方も鍛えておけ。まったく、苦労する。)

「今回は情報を得られなかった。むろん、ゼルの腕のせいじゃない。」

「俺様の腕が悪いって、遠回しに言ってないか?」

ゼルの抗議を無視して、バーラックは話を続ける。

「得た情報は2つ。館を使用している事、館に捕らわれた女性がいる事。」

「それで十分じゃないですか!」

「・・・・・。」

「早く!早く助けないと!」

「馬鹿者がああぁぁぁぁっ!」

バーラックが叫ぶ。まるで雷鳴のような凄まじい叫びだった。

フィルは驚いて動きが止まった。

ゼルに至っては、腰を抜かして床に座りこんでいた。

「そうやって何度も先走ったな。」

2人を睨むと、バーラックは立ち上がって、手にハルバードを持つ。

「お前達が無闇に動く事で、周りに被害がでる。」

容赦なく言葉を叩きつけた。

「エジターの件も、ガリームの件も、忘れたとは言わせん。」

奴隷商人や買い手と戦う時、当然だが味方を必要とした。

町の警備団に協力を要請したり、知り合った傭兵や冒険者達の手を借りた。

しかし、アリスの事になると暴走するフィルは、度々無茶な行動をした。

理由は分からないが、ガイズも同じである。

そのせいで、危険な目に何度もあった。

「お前達の気持ちは分からなくもない。」

諭すようにバーラックは言う。

2人の事はよく分かっていた。何度言っても、また先走るだろう。

自分の命より大事な人が2人にいる。だが、若い2人を死なせたくなかった。

老兵のバーラックは、自分より先に死んでいく若い兵達を多く見てきた。

夢や目標を叶えることも出来ず散っていった命。

フィルやガイズを同じ目に遭わせたくなかった。

心の隅にでもいい。自分の命の大切さを忘れないで欲しかった。

「それで死んで、お前達の大事な人を誰が助けるのだ?」

フィルの怒りは消えていく。自分の軽率な行動を恥じる。

以前もそうだった。どれだけの人に迷惑をかけたか。

「すみません…。」

「分かればいい。俺も怒鳴って悪かったな。」

ポンと、フィルの肩に手を置いて、バーラックは笑った。

「…すまん。」

巨大な斧を壁に立てかけて、ガイズも謝った。

「あ〜、続きを話していいか?」

椅子に座ったゼルは恐る恐る聞く。

「ごめん、ゼル。話を続けて下さい。」

「おう。」

ほっとしたゼルは、館の偵察の事を話した。

「館には見張りがいた。貴族の私兵だろうな。」

館は廃墟と化していたが、1階と2階の部屋の1部は使えるらしい。

また、地下室で悪いことをしているそうだ。

「この情報は微妙だ。」

「微妙?どうゆうことですか?」

「ああ。1年前まで館の管理を任せられていた爺さんの話だからな。」

フィルの疑いの眼差しに、目を逸らしてゼルは答えた。

「大丈夫ですよね?」

「割りと口の堅そうな爺さんだったし、1年ぐらいで館も変わらないだろう。」

額に汗を浮かべながら、ゼルは3人を見ていない。

フィルとガイズの暴走の他に、危険な目に遭っている原因がある。

ゼルの情報ミスだ。かつては一流の情報屋だったらしいゼル。

今は感が鈍ったのか、間違った情報を得てくる。

「俺も一緒だった。間違いない。」

「それなら大丈夫ですね。」

「おいおい!バーラックの事は信用して、俺様は信用しないのかよ!」

フィルの態度に怒るが、ガイズに「出来ん」と言われて、ゼルは沈黙する。

(ち、ちくしょう〜。このゴーレムめ!今にみてろよ!)

「あーあ。話を続ける。」

気を取り直してゼルは話を続けた。

「偵察に行った俺様とバーラックは、見張りから情報を得た。」

「盗み聞きしただけだが…。」

「盗み聞きでも得た事に変わりない!バーラック!いちいち余計な事を言うな!」

ぶつぶつ文句を言って、聞いた情報を2人に教えた。

館の2階に奴隷がいる。鍵をかけて部屋に閉じこめている。

貴族は用事で出かけているが、明後日に帰って来るらしい。

客を連れて。他の街の貴族や商人のようだ。

何かのパーティをすると言っていた。

館にいる私兵は少ない。明後日は、かなり動員されるとか。

「なるほど。行くなら今直ぐですね。」

「同感だ。」

ゼルの話を聞いたフィルは立ち上がった。

ガイズも頷き、再び巨大な斧を手に取る。

「まてまて!バーラックの注意を受けたばかりだろ?」

「それは勝手に行動するなという話で、これとは別だ。」

(こ、この野郎…。)

余計な事を言うバーラックをゼルは睨んだ。

「貴族が戻って来たら、警備が厳重になります。それなら早い方がいいですよ。」

「そうだが…。」

「今は雨が降っているから、潜入するにも丁度良いですしね。」

「だけどよ…。」

「深夜なら敵も油断していますから。」

「むぐ…。」

正しいフィルの見解に、ゼルは何も言えなくなった。

ガイズとバーラックは支度を整え終えている。

「いいのかよ。行動を起こせば、少なくともこの街に2度来れなくなるぞ。」

ゼルは懸念していた。

奴隷を奪っても、奴隷を持っている事が犯罪行為。

貴族は4人を罰することは出来ない。しかし、4人の正体を知れば別だ。

街に来た時などに、刺客を放ったりするかもしれない。

「大丈夫ですよ。」

フィルは笑顔で答える。

「いつか捕まえて罰を与えますから。」

「お、お前…。」

笑顔だが、フィルの目は笑っていない。

ゼルは恐怖した。フィルは貴族を許すつもりも見逃すつもりもない。

(こいつだけは敵に回したくない。)

心の底から思った。





4人は酒場を出て、さらに街を出た。

街近くの森の中に、廃墟と化した館がある。

貴族の隠れ家の1つだ。

「たっく。また、びしょびしょになるのかよ。」

ぶつぶつとゼルは文句を言って歩いていた。

「ぼやくな。捕らわれている女性を助けたら、ゆっくり休ませてやる。」

ゼルの後ろを歩いていたバーラックが言った。

「よく言うぜ。助けたら安全な場所まで、強行軍じゃねぇか。」

ゼルは苦い顔をする。

助けて安全な場所まで、近くても4〜5日はかかる。

その間は追っ手に注意したりと、気の緩む暇がない。

面倒臭い事この上ない。

(今回は引き受けるんじゃなかった。)

と、後悔したが、あとの祭りである。

フィルとガイズの2人は黙って歩いている。

大事な人がいる事を祈っていた。無事であることも…。

しばらくして、4人は館の近くまで来ていた。

「見張りが3人ほど居るな。」

夜が明け始め、明るくなってきたとはいえ、まだ暗くて遠くは見えない。

それが見えるゼルの目は、凄いと3人は感心していた。

「…3人か。」

呟いてガイズは前に出る。

「お、おい。どうするつもりだ?」

慌てるゼルにガイズは何も答えない。見張りの居る場所に走っていく。

「おいおい!」

制止しようとしたが遅かった。見張りに気づかれた。

2人がガイズの足止めをして、1人が応援を呼びに行こうとする。

ガイズは大きく身体を反らし、力の限り巨大な斧を投げた。

「むううぅぅぅん!」

ズシャッ!ビシュッ!ドビャッ!

巨大な斧は凶悪な勢いで、円を描くように回転しながら飛んでいく。

悲鳴を上げることも許さずに、3人の見張りを斬り裂いた。

上半身と下半身が、見事に離れ離れになっている。

「化け物め…。」

哀れな見張りの死体を見てゼルは呟いた。

フィルもガイズもバーラックも並みの強さではない。

時々「人間か」?と疑う。しかし、世の中には、この3人より強い人間がいる。

なんて奴らだと、身を震わせた。

「奇襲をかける。俺とゼルは1階を制圧する。」

「何!?情報屋の俺様もやるのか!?」

「当たり前だ。それにもと情報屋だろ?今はただの魔法を使える盗賊だ。」

「それってカッコ悪い言い方だな。怪盗がいい。」

「勝手に言ってろ。」

口うるさいゼルに背を向け、フィルとガイズの目を見て話す。

「お前達は2階の制圧。女性の保護を最優先。いいな?」

「はい!」

フィルは大きく返事して、ガイズは力強く頷いた。

「無理はするな。命を大事にしろ。」

「分かっています!」

迷いもなく、強い意志を秘めたフィルの目を見て、バーラックは微笑んだ。

「よし、決行だ!」

4人は館に突入した。

中にも見張りは2人いた。

バーラックのハルバードで、あっという間に倒された。

(俺様…いらないじゃん。)

と思ったが、ゼルは口にしなかった。

言えば「そうか。じゃあ、こいつらを任せた。」と、言われる事が目に見えている。

4人の中で、バーラックが1番強い。

ゼルは「楽だからいいか」と思う事にした。

2階に続く階段を駆け上がったフィルとガイズ。

見張りはいなかった。

部屋は1つしかない。あとは人が住めない程、廃墟と化していた。

「この部屋に。」

ガチャガチャ。

フィルがノブを回すが、分厚い木の扉は開かない。

鍵が掛かっている。

「…どけ。」

ガイズは巨大な斧を振り上げる。そして全力で扉に叩きつけた。

扉は簡単に砕ける。2人は中に駆けこんだ。

部屋の中には、長い黒髪の美人の女性がいた。歳は20代後半ぐらいだろうか。

服は着ておらず、毛布を身体に巻いていた。

突然入って来た2人に驚いた様子はない。

虚ろな瞳で、ただ見ていた。

(アリスじゃない…。)

フィルは、また違う事に落ちこむ。しかし、彼女もアリスと同じ境遇の女性。

助ける事に変わりはない。声をかけようとするが、ガイズが叫んだ。

「エルゼ様!」

「ガイズ?知り合い?」

驚いているフィルを余所に、ガイズは女性のもとに駆け寄り跪く。

「遅くなって申し訳ありません!」

「・・・・・。」

「ガイズ、只今助けに参りました!」

「・・・・・。」

「…エルゼ様?」

女性はガイズの言葉に反応はしない。

虚ろなまま笑った。

「あは、あははははは…もっ…と…汚してぇ…。」

フィルとガイズに衝撃が走った。

「エルゼ様!?」

「…誰…?」

「ガイズです!ガリベスラのガイズです!」

「しら…な…い…あははは…。」

「…そんな。」

「あははは…あははははは…。」

「ぐうぅっ…!」

ガイズは泣いた。助けに来たのが遅かった。

あの時に。自分が主人を守れなったばかりに。

そしてこんな結果に。

「ガイズ…。」

フィルはかける言葉が見つからなかった。

女性はガイズにとって、大事な人だったと分かる。

自分と同じだった。大事な人を助ける為に一緒に戦っていた。

悔しさが悲しみが分かる。

女性は精神が壊れていた。

アリスが同じ運命を辿っていたら、自分は正気でいれるだろうか?

今はアリスが無事な事を祈るしか出来なかった。

「・・・・・。」

立ち上がるガイズ。いつもの力強さを感じない。

まるで生気が抜けた人形のようだ。

ヨロヨロと歩くと、全力で何度も壁も殴った。

手が傷つくことも気にせず、がむしゃらに殴った。

「ガイズ!」

フィルは後ろからガイズに抱きついて止める。

「やめるんだ!」

「ううぅ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」


ガイズは絶叫した。心が裂けるような悲痛な絶叫だった。





後編に続く…


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