殴損
リハビリは順調。
見てなさいよ、フィル!
今までに受けた屈辱は倍にして返すんだから!
あたしは刀を持つと、午後のリハビリの為に裏庭へ向かう。
フィルは立派になったと思った。
身体は逞しくなったし、剣の腕も上がっている。
雰囲気も子供っぽいところが消えて、大人っぽくなったと感じた。
助けられてから、しばらくの間は…。
あたしが元気になるにつれて、意地悪をする。
「あ、アリスさん。昼食は終わりましたか?」
ケーキを作ってあげたら「甘すぎ」とか言って、自分でケーキを作ってきた。
悔しい事に適度な甘さで凄く美味しかった。ムカツク…。
どうしてケーキなんて作れるのよ!
あたしなんて、ユリーに手伝ってもらって、やっと出来たのに。
「アリスさん?」
前はリハビリを頑張り過ぎて動けなくなったら、お姫様抱っこで部屋まで運ばれた。
みんなに見られた…。恥ずかしいから嫌だって言っても聞いてくれなかった。
笑顔で「気にしない、気にしない。」って、あたしが気にするのよ!
「ア、アリスさん?」
その前は大人しいアリスより、暴れているアリスの方が可愛いって言われた。
暴れている方が可愛いって何よ!どんな目で、あたしを見てるわけ?
お見舞いに来ていた団長達も「大人しいアリスは不気味だな。」って、大笑いしていた。
………。あはははは。団長達も許さない!
「ちょ、ちょっと、アリスさん?」
そもそも、フィルの家で療養するのが間違いであって…。
「アリスさん!」
「えっ?」
目の前に、キスが出来そうなくらい近くに、ユリーの顔があった。
「な、な、なあぁーーーーーーーー!?」
「は、はぁいいぃぃっ!?」
2人揃って間の抜けた悲鳴声を上げた。うぅ、恥ずかしい。
バクバクする心臓を深呼吸で落ちつかせると、ユリーに文句を言った。
「ユ、ユリー!何で目の前にいるのよ!」
「…アリスさん。また考え事しながら歩いてましたね。」
「えっ…いや…その…。」
「ずっと呼んでいたのに。」
そういえば、呼ばれていたような気がする。
や、やばいかも。最近よく考え事をするようになり、注意が散漫になっている。
朝食の時もユリーに言われたばかりだった。
「あははははは…うっ。」
笑って誤魔化そうとしたけど、ユリーの視線が痛い。
「ご、ごめんなさい。」
素直に謝ると、ユリーは笑顔になった。だけど、すぐに心配そうな顔になる。
「何か悩み事があるなら、私でよかったら聞きますけど?」
「む〜。」
少し考えてから、フィルの事を話した。
「アリスさん…それって。」
「な、何よ?」
ユリーは呆れた顔をしている。
変な事を言ったかな?ここは一緒に怒ってくれるとこだよね?
「いいですか。それは…あっ。」
何か言いかけて、ユリーは硬直する。
「どうしたの?」
「い、いえ…その…。」
恐る恐るユリーが裏庭を指差す。そこには女性に抱きつかれたフィルがいた。
女性は20代後半ぐらいの長い黒髪の美人だった。
フィルの胸に顔を埋めて泣いている。
なんだろう…この気持ち。胸が痛い。
「あれ?あの女性…どこかで見たことないですか?」
ユリーが何か言ったけど、あたしには聞こえてなかった。
戸惑っていたフィルが、優しく女性を抱しめた時、心の中の何かが切れた。
バキャアッ!
「うごあぁっ!?」
気がついた時は、フィルを殴り倒していた。
「あ、あれ?」
呆然と自分の拳を見る。何故こんなことをしたのか分からなかった。
突然の出来事に唖然としているユリー。
何が起きたのか分からず、交互にあたしと倒れているフィルを見る長い黒髪の女性。
「いてて…。」
「ごめん。」
フィルに謝った。手加減してなかったみたい。あたしの手も痛い。
「鮮やかな一撃でしたね。」
ユリーはクスクス笑いながら、フィルの治療をしている。
「笑い事じゃないよ…。」
思った以上に腫れている頬を鏡で見ながらフィルは呟く。
何も言えず、あたしは落ちこんでいた。
「こうして話すのは初めてかな?」
「えっ?」
今まで口を閉ざしていた長い黒髪の女性が話しかけてきた。
この人はどこかで…。
「エルゼ・ロッソガーデンだ。」
あたしの手を強引にとって握手をする。
思い出した。冒険者の酒場で見かけたことがある。
「そう、アリスやユリーさんと同じ境遇の人だ。」
治療を終えたフィルが、こちらを見ないで言った。
あはは、殴った事をかなり怒っているみたい…。
「お前には感謝している。ありがとう。」
エルゼはフィルの前に行くと深々と頭を下げた。
「い、いえ!助けるのは当たり前ですし…!」
フィルは慌てた。そして、辛そうな声で静かに言った。
「それに…助けたのは僕じゃない…ガイズです。」
「そうか…。」
ガイズ。以前にフィルから聞いた名前の1人。誰なんだろう?
フィルとエルゼは黙って悲しそう顔をしていた。
2人にとって大切な人だったみたい。
「フィル…聞いてもいい?」
「何を?」
「ガイズさんのこと…。」
「………。」
しばらくしてから、フィルは話してくれた。
無口で無表情だけど、倒れるまで忠義を貫いた戦士の事を。
続く?