雨の日は涙





雨の音で目が覚めた。

フィル達に救出されてから、1週間の時が経っていた。

あたしは身体だけでなく、心の療養も余儀なくされていた。

毎晩みてしまう…犯されていた頃の悪夢を。

「あ、おはようございます。アリスさん。」

タオルやシーツを持ったユリーが部屋に入ってくる。

「おはよう、ユリー。」

「今日はどうですか?」

ユリーの問いに、あたしは俯いて答えた。

「また見たよ。あ〜ぁ、ブルーな気分。」

「そうですか…。」

お互い沈黙する。部屋は雨の音だけが聞こえる。

ユリア・シャーロット(ユリー)。

同じくハイウェイマンズギルドに捕まって、奴隷商人に売られた子。

あたしが助けられるちょっと前に、フィル達によって救出されたらしい。

再会した時は驚いたけど、今はこうして話せる事が嬉しい。

何度か冒険者の酒場で話した事があるから尚更なのかもしれない。

ユリーもまだ悪夢を見ている。

それでも元気で、いつも明るく笑顔だ。強いな…見習わないと。

「ん〜、はい!」

「な、何!?」

突然ユリーが大声を上げる。

「落ちこむのはやめましょう。療養に大事なのは…!」

「大事なのは…?」

「よく食べて、いっぱい寝て、たくさん笑うことです。」

ニコッと微笑んで自信気に言う。

クスッと笑って、あたしは頷く。

「朝食の前に新しいのに着がえちゃいましょう。」

新しい服などを持ってくると着がえを手伝ってくれた。

悪夢を見た後は決まって、全身が汗びっしょりで気持ちが悪い。

まだ満足に動けないあたしは、1人で着がえすら出来ない。

いつもユリーに手伝ってもらっている。

「アリスさんの肌って、白くて艶があって綺麗ですよね。」

「そ、そう?」

うっとりした目であたしの肌を見ながら、テキパキと服を脱がしていく。

なんだろう…ユリーがちょっと怖い。

「胸も弾力があっていいですね。」

乳房を鷲掴みにして、揉み始めるユリー。

…って、ええええっ!?

「ユ、ユリー!?やめ…んっ!ちょっと…だ…め…あ!」

「腰は細いですし、足も長くて素敵。」

な、何!?何が起きてるの!?

「ユ、ユリー!じょ、冗談はやめて!」

「冗談?何がですか?」

「着がえを…ひあっ!そんな…ところ…はぁはぁ…触らない…で…。」

ろくに動けないあたしの身体を、ユリーはゆっくりじっくりと愛撫していく。

「やめて…あぁ…駄目…んあっ!」

気持ち良くて意識が薄れていく。女の子同士なんて駄目なのに。

それ以前に誰か来たら…フィルに見られたら。

「あっ…ああぁ…あぅ…ゆる…し…て…ああん!」

抵抗できず為すがままに、あたしはやられてしまった。





どれだけ時間が経ったのか。

あたしは意識を取り戻した。服の着がえは終わっていた。

汗などもきちんと拭き取られている。

ぼーっとしているあたしに、ユリーは満足そうな表情で言った。

「どうでしたか?私のマッサージは?」

「マ、マッサージ!?今のが!?」

あ、あんなマッサージが世の中にあるわけ!?

「何だと思ったんですか?」

不思議そうに首をかしげるユリーに、あたしは真っ赤になった顔で叫んだ。

「な、何でもない!」

「はぁ…?」

言えるわけないじゃない!

「そ、そういえば、フィルは?」

話を慌てて変える。

「黒騎士団の人と話してましたよ。」

黒騎士団(ブラックナイツ)。親衛騎士団と双璧をなす精鋭。

身分・年齢・性別など関係ない。徹底的な実力主義の騎士団。

かつて、あたしが所属していた場所。

3日前に団長と団員が見舞いに来てくれた。

嬉しくて泣いてしまったのは、今思うとちょっと恥ずかしい。

「元気になったら、いつでも戻って来い。」

団長はそう言ってくれた。

戻れるかな?まだ、あたしは刀を握れない。

心が拒否している。

でも、いつかは…。

「アリスさん?アリスさん!」

「えっ?何?」

「もう、人の話は最後まで聞いて下さい。」

「あ、あはは。ごめんなさい。」

むくれるユリーに、あたしは謝った。

考える時間が増えたせいなのか…周りの声が聞こえなくなる。

話の最中でも、考えに没頭してしまうことが多い。

「そ、それで…?」

「黒騎士団の人は帰られて、裏庭の方にフィルさんは居ます。」

「裏庭…。」

うまく動かない身体を、なんとか自力で起き上がらせる。

「フィルさんの所に?付き添いますから、無理しないで下さい。」

「大丈夫!」

身体を支えようとしてくれるユリーを止める。

「リハビリしたいし、いつで間でもユリーに甘えてばかりじゃ…ね?」

「そんなこと気にしなくても…。」

「大丈夫、大丈夫。」

心配するユリーに笑顔で答えて、あたしはゆっくりと立ち上がり歩き出す。

引きずるように一歩一歩。まるで、ゾンビか亀みたい。

ハラハラしながら見守るユリーに、ウィンクしてあたしは裏庭に向かった。

かなり時間が経った。

いつの間にか朝から降っていた土砂降りの雨は止んでいる。

こんなに疲れたのは久し振り。

普通に生活出来るように、本気でリハビリしないと。

「・・・・・。」

フィルは裏庭に立っていた。

その前には【ハルバード】が地面に突き刺さっている。

「何してるの、フィル?」

「ア、アリス!?」

ビクッとして振り返ったフィルの狼狽した顔に、思わずあたしは笑ってしまった。

「あはははは。何よ。そんなに驚かなくてもいいじゃない。あははははは。」

「…むぅ。」

頭を掻きながら、フィルはあたしの方に来る。

「1人でここまで?大丈夫なの?」

「いつまでも病人扱いしないでよ。」

「ふ〜ん。」

ドン!

「わきゃっ!?」

フィルに押されて、あたしは無様に倒れた。

踏ん張って堪えようとしたけど、足に力が入らなかった。

「いったぁ〜。何すんのよ!」

地面にぶつけたお尻の痛みに耐えて、フィルを睨む。

「ぜんぜん回復してないじゃん。」

意地悪な笑みを浮かべて、フィルはあたしを抱き上げた。

これって、お姫様抱っこ?

「や、やだ!恥ずかしい!おろして!」

「うわっと!暴れたら落ちるよ!」

今のあたしの体力で抵抗は無駄だった。もがくのをあきらめて、大人しくする。

「…元気になったら、おぼえてなさいよ。」

「はいはい。」

力を抜いて身体をフィルにあずける。

フィルの体温が感じる。それに心臓の音が聞こえた。

不思議…とても落ちつく。

「アリス。」

「何?」

「このハルバードはね…墓標なんだ。」

「墓標?誰の?」

「………。」

悲しい。寂しい。後悔。そんな顔をフィルはしていた。

「ガイズ…ゼル…バーラックさん。」

「フィル?」

ポツン。

雫があたしの頬に落ちた。

「フィル…泣いてるの?」

「泣いてないよ。また雨が降ってきたんだ。雨が…。」

「…そうだね。」

3人が誰なのか、あたしには分からない。

きっとフィルに取って、大切な人達だったのに間違いない。

何があったのか…聞かない。

いつか話してくれると思うから…。





続く?