THE SURPREME SORCERESS RED〜Side:S act9〜

―――SEMI FINAL―――

……静まり返った関係者専用区域に、私のブーツが奏でる足音だけが響く。
最初は16人いた魔導士も、もはや私とストレイ・ドール、そしてアマールだけになってしまい、参加者以外の関係者など殆ど見かけないこの区域の静けさはまるで真夜中の王宮や神殿を連想させ……畏れと怖れを抱かせた。



―――どれくらい歩き回ったのだろうか…今までの試合から考えるに、そろそろサティスへのペナルティも終わろうとしているのではないか……そう思う時間になるほどに探索を続けても、この大会に潜む闇の手がかりらしきものすら見つける事が出来ない。

「……私は……なんて……」

無力なのだろう…その言葉だけはなんとか押さえ込む。
確かに自分自身に密偵の真似事など出来るはずはない……経験や技術の問題ではなく、そもそも精神の志向的に、そのような行為が思いつかないのだから。

「こんな時に、アリクスは一体何を……」

私よりも遥かにこのような行為に向いているであろう神出鬼没の副官の、その神出鬼没さに微かに毒づく。
…と、視界の端、細い通路の薄闇に微かにちらつく灯りが映った。

「……?」

何だろう、と疑問に思うと同時に、不審だ、と警戒する。
慎重に、慎重に……足音を殺し、耳を澄ませながら灯りに近付いていく。



「…結局………アマール………居ねぇ…………
 結構探った………」

「いやでも!
 充分な収穫………?
 怪しいのはもう地下だけ…
 絶対あそこに居るんすよアマールは!」

近付くと聞こえて来るのは二つの声……一つは多少注意を払っているようで部分的にしか聞き取れないけれど、もう片方はその殆どを聞き取れるほどに声高だった。

…そして視界に映り始めるのは、私に背を向けている二人の男性。
今までここで見かけた事のない彼等は、明らかに不審者であり……そのような者を咎めるのは最早私の習性のようなものだった。

「…地下がどうかしましたか?
 
 …ここは出場者と関係者以外は立ち入り禁止のはずなんですけど……」

…けれど、真っ先に口をついて出たのは誰何でも咎める言葉でもなく、彼らの話す内容についての質問で…それに、申し訳程度に咎める言葉を付け加える。

「「!!」」

どうやら随分と当人達だけの会話に没頭していたらしく、二人は飛び跳ねんばかりの勢いで振り返った。
精悍そうな短髪の男性と、髪を後ろで束ねた…こう言ってしまうのも失礼かもしれないけれど……地味な男性。
参加者ではないのは当然として、関係者にも見えない二人は汗を垂らしながら引きつった笑みを浮かべていた。

「いやその…地下が怪しいって話だ…なあ?
 大会の…」

「そうそう。
 あそこだけ見張り厳重だし、入れなかったし…」

「…?…」

慌てて返答をする彼らは、慌てる余りに取り繕う言葉もなく……事実を口にしていく。
それを耳にしながら、どうやら大会の怪しい点を調べているらしいこの二人組の素性を考えて首を捻る。



……と、首を捻る事十数秒、私はこの二人の正体に思い当たった。

「……ひょっとして…貴方は……ディコレオさん……ですか…?」

短髪の男性の口に咥えられた煙草…そしてそこから立ち上る紫煙から、一人の人物の名前を口に出す。

…果たして、目の前の男性の一人は驚いたように目を丸くし、咥えていた煙草を落としかけるほどに口をあんぐりと開いた。

「あー……えー……ちょい待ち。
 ………なんで俺の名前知ってるんだ……?」

軽く額を叩きながら考え込むディコレオと思しき男性は、やがて誤魔化し切れないと観念したのか、私の口にした名前が自分の名であると認める意味の質問を返してきた。

「…それはですね……」

少しずつ疑問と共に警戒心が氷解していき、口元に微笑が浮かぶ。
……と同時に、別の事に対する警戒心が湧き上がって来る。

「……取り敢えず、ここだと誰が来るか―――もう殆どこの区画に人はいないですけど―――分かりません。
 …話の続きは、部屋でしましょう……」

自分も、彼等も大会について調べている。
しかも彼等は明らかに不法侵入を行っている以上、誰かに見つかった場合の危険は想像したくもない。
その危険を回避する為、私は提案すると同時に反論を受け付けないように踵を返し、自室への廊下を足早に歩いていった。



「―――という事で、貴方方の事はフィーネさんからお聞きしていました…」

場所は変わり、控え室。
かいつまんで、私が彼等の事を知っている事情を説明すると、ディコレオ…さんは困ったように顔を顰め、もう一人の男性は納得したとばかりにしきりに頷いていた。
…ディコレオさんが顔を顰める理由は分かるので、もう一人の男性の、素直な納得の仕方に呆れかかっていたのは、敢えて口には出さない。

「っか〜〜〜…アイツは…ったく……密偵ってもんが分かってるのか……」

天井を仰ぎ、最早何度目になるか分からない溜息を吐き出すディコレオさん。
…私の方が先にフィーネに事情を話していたので、耳が痛い。

「…まあまあ、済んだ事は良いじゃないっスか。
 フィーネちゃんが話してくれてたお陰でこうやって通報もされずにかくまってもらえてるんスし。
 ……それに、こんな可愛い娘と知り合えるなんて密偵やってたらなかなかないじゃないっスか」

それに比べて、もう一人はなんとも気楽な様子。
確かに結果論で言えば問題が起きずに良かったのだけど…最後の彼の軽口に、軽く睨み返す……と、すぐに口を閉じ、ディコレオさんの背後に隠れてしまった。


………
……………

「……まあ、確かに過ぎた事は仕方ねェな……」

重苦しい沈黙がどれくらい続いたか……ディコレオさんは口を開くと、苦笑しながら観念したように呟いた。
そして、彼等の調査の結果をつらつらと語りだしていく……

…が、その内容は殆ど何も分かっていないに等しく…有用な情報といえば…

「…アマールは運営委員会と繋がっている…ですか……」

そうだろう、と予測はしていた。
だからこそ、淡々と事実を受け入れていく。

「まあ、後は地下が怪しい……多分、大会の中枢となる『何か』があそこにはあるんだろうな…」

私の中に事実が染み込んで行くのを待つかのように間を開けて、ディコレオさんはもう一つの情報を口にする。
口元が寂しげだけれど、煙草は決して吸わせない。

「…その、『何か』…は分からないんですか……?」

一番大事であろうそれをいまだ調査していない彼等を責めるように口を尖らせる。
…と同時に、部屋の中に魔法の音声が響く。

……その声は、サティスへのペナルティが終わった事を告げ……私の試合への準備を促す。

「…まあ、今は分かって無ェな。
 ……ただ、こっちももう少し調べてみるから……サヤちゃんは準決勝頑張って来な」

音声が響き終わるよりも先に二人は席を離れ…音声に気を取られた一瞬の隙に煙草に灯が点る。
そしてあろう事か私をちゃんづけしながら、ひらひらと手を振って部屋を出て行った。

「……煙草はダメだ、って言ったのに……」

微かに漂う残り香に眉を顰めながら、私はゆっくりと心を落ち着けながら準備を整えていった……



―――廊下の隅、誰も気に留めないような薄暗がりで、誰かと誰かが囁き合う―――

「…いや〜、かなり可愛かったっすねぇ、あのコ。
 思わず口が滑りそうになっちまったっスよ…」

「阿呆…そんな事しそうになったらオマエの口の中、コレで一杯にしてやるところだったぜ?」

「……げげ、それはさすがにヤバいっスよ…オレをニコチンで殺すつもりっスか!?」

「……まあ、任務…っつーか取引か…それの邪魔するなら仕方あんめぇ。
 ……ま、確かに同情はするけどな。
 けど、それだって悪い同僚に気付かないアイツが悪いんだしな。」

「……いや〜、なんかオレ達も『悪い同僚』っスし、耳が痛くなりますね。」

「……まあな。
 …さて、後は……そうだな、準決と決勝で軽く小遣い稼ぎして、それから取引完了させるかね。」

「……あ〜、それならオレ、少しぐらい損しても良いから決勝で賭け札買っても良いっスかね?
 …あの兄さん、オレには賭け札くれるって言わなかったし……」

「……勝手にしろよ。
 ……ただし、経費からじゃなくて自腹切るんだぜ?」

「……うぅ、そりゃひどいっスよ!」

―――神聖騎士の少女は、無論知らない―――



「……そんな―――どう、して……?」

驚愕の言葉が口から零れる。

私の眼前には幼い少女の倒れ伏した姿。

耳に響くのは私の勝利を告げる審判の声。

(……私が……勝った……?)

……そう、私が勝った。
………私の望む結果となった。
…………本来そうなるべき結果とは異なって…………



―――思えば――少女、ストレイ・ドールは最初から戦う意志が欠けているようにも思えた。

「もう……消えてしまいたい……」

試合開始直前に呟いたその一言が、試合中も…そして今も私を戸惑わせる。

高速詠唱で一気に押し切ろうとした私に対して防壁を展開した少女……本来ならば防壁に阻まれるはずの私の≪聖矢≫は、しかし易々とそれをすり抜け、彼女を打ち倒した。

幸先の良い展開に本来は喜ぶべきだったのかもしれない。
けれど私はそれが相手の策略なのではないかと警戒し、防御に専念した。

そして相手もまた防壁を展開……
防壁同士が衝突した瞬間に私は悟った……負けてしまう、と。

…にもかかわらず、私の防壁が消えてしまうよりも先に彼女の防壁が消え去り、そのまま彼女は倒れ伏した。



……そして、今に至る……



「……で…………のね……」

倒れ伏した少女の呟き。
聞き取れなかった……いや、聞き取れたと思いたくなかった。

自身の敗北を…今まさに闘技場に入ってくる男達を……これからの自分の運命を………

(これで、終わるのね……)

―――そんな風に、満足げにも見える表情で呟き、受け入れるなんて……許容出来るはずが無かった―――

……けれど、だからといってどうする事も出来ず……
……だから、私はその場に立ち竦んだまま……

「いや……いや、だ……こんなの……」

まるで豚のように肥えた男達の間から零れる少女の声を、見え隠れする少女の姿を呆然と受け入れ……

「…ドゥフフ、おヌシも一緒に混ざりたいのかえ…?」

…そう、男の一人に声をかけられ、手を伸ばされてはじめて我に返り、逃げるように走り去っていった―――



―――今は、捜索をする気になれなかった。

「……ッ……ぅ、ぐ……」

嗚咽と共に、この不快感も吐き出せてしまえばどんなに楽だろう……
…けれど、決してそうはなってくれない。

本来なら負けるはずだった試合。
それなのに自ら勝ちを手放した対戦相手。
自身の敗北を許容した微笑。

……けれど……

(いや……いや、だ……こんなの……)

…結局は、自身を襲う結末を受け入れる事は出来ていなかった…

「…一体……あの子は、何を望んでいたの……?」

口元を拭いながら、答えも分からず、答える者もいない問いを呟いた。



「…あのガ…少女は、自分を『終わらせてくれる』存在を探してたらしいぜ?」

…答えを得られるはずが無い自問に、答えが返る。

慌てて振り向けば、椅子に腰掛け、持参したのであろうワインを、瓶に口を直接つけて喉を潤している一人の青年の姿があった。

「ほれ、これがあの娘の情報。
 ……ひょっとしたら、神聖力を扱える姫さんになら自分を終わらせてもらえる、って考えたのかもしれないな…」

青年…アリクスの手から離れた紙切れが床に落ち、仕方なくそれを拾い上げる。
……まるで、眼前の部下に見下ろされているような感じがして余計に腹が立ちながらも、ざっと書かれている内容に目を通す。

『神の御子』として崇められ…
土地神への生贄として差し出され…
しかし生きる事を諦められず、土地神を殺し、取り込んでしまった少女。

『神殺し』として苦痛を刻まれ…
自身を崇めていたはずの村からも放逐され…
自らその命を絶とうとしても、それすら許されない、苦難の人生。

そうして行き着いた場所がここだった。

…けれど、きっとあの結末は彼女が望んだ結末ではない。

……それは、きっとこの大会が呪われた大会であるから……

「……やっぱり……この大会は終わらせなければ……」

地位や名誉だけでなく…救いを求めて来た者にすら不幸を与える、呪われし大会……
私は、自身の使命を再度自覚し、頷いた。

「……お、ちゃんと立ち直ったみたいだな。
 ……試合の後は死んだような顔だったから心配したんだけど……
 ……これは、資料を見せた甲斐があったな。」

ワインを飲み干しながら、上機嫌に頷くアリクス。
その顔を横目でにらみ付けながら、私は再び口を開く。

「……心配してくれたのは嬉しいですし、私を奮い立たせる為に尽力してくれたのは認めましょう。
 ……けれど、貴方は今ひとつ真摯さが足りませんし…
…私の試合中に大会の秘密に関する情報を集める事も怠っているように感じます。」

睨み付ける視線を空っぽになったワインの瓶に移しながら、淡々と語る。
…そう、結局地下に関する情報とて私は彼からは聞かされなかった……

「……これは、由々しき怠慢であると私は思います。
 ……本国に戻ったら、貴方の処遇について皆と話し合わなければいけないかもしれませんね……」

微かに瞑目し、溜息と共に告げる。
目は瞑っている為に彼がどう反応したかは分からない。
…次に目を開いたとき、彼は既に部屋から消えていたから。

「……ふぅ……」

天井を仰ぎみるように、背中からベッドへと倒れこむ。



―――地下に隠されているかもしれない、大会の秘密に関わる『何か』。
けれど、それとて次の試合に……決勝戦に勝ち、制御封印から解き放たれれば問題とはならないだろう。
…だから、今必要なのは休息。
…来るべき最後の戦いに向けて、今は心と体を休めよう……
そう思い、私はこの部屋での最後の睡眠へと沈んでいった―――



―――意識が現実から夢へと移り変わる直前―――

……ストレイ・ドールは人形のようだという点でアマールに似ていた……
……それならば、アマールにもストレイ・ドールと同じような悲哀が、求める救いがあるのだろうか……

―――そんな疑問が浮かんだような気がしたが、それもすぐに無意識の海へと沈んでいった―――



―――ATOGAKI―――
…実に半年振りの投稿となりましたΣ(´∀`;)

いよいよ残す試合は決勝のみ。
そしてそれさえ終われば遂に陵辱タイムですヾ(* ̄▽ ̄)ノ

なんとかこうやって続きを書けたのも、ひとえに応援の言葉をかけてくださった皆さんのお陰です(o*。_。)o

あと、RANGさんにはディコレオさん達をかなりいじらせていただいておりますのでこの場でお詫びと感謝を…<(_ _)>

ではでは、次回でお会いしましょう|*゚Д゚|ノシ