THE SURPREME SORCERESS RED〜Side:S act8〜

―――2ND STAGE―――

「「―――貫け―――!」」

同時に詠唱が始まり、全く同じ単語一言で魔力が練り上げられ、魔法が発動する。

それと同時に、ベオグラに驚愕の表情が浮かぶ。

(…くそったれ…!)

…そんな風に口が動いたように見えたけれど、それを確認する暇も無く、私の頭上から、まるで閃光のような≪≫が降り注ぐ。
髪と衣服に触れそうなほどの至近…まさに紙一重で雷を避けながら、指先に発動させた≪≫を解き放つ。

彼女の魔法がまるで閃光のようであれば、私のそれはまさしく閃光。

頭上にいまだ残る雨雲から次の雷が降り注ぐよりも早く、私の矢が少女に迫り―――

(…なんで、スピードが落ちてないのよ…ッ!!)

少女の口が再び動き、その表情が苦々しげに歪んだように見えた。



片膝をつき、瞳に涙を浮かべながら私を見つめる少女・ベオグラ。
―――いや、もはやその視線は見つめるなどと生ぬるい物ではなく、睨み付ける、と言った方が正しいのかもしれない。
今までの彼女の印象とは異なった、敵意と憎しみを込めた視線に……本来の私ならば圧倒されていたかもしれない。

―――けれど、今は不思議とそれが気にならない。

正義の為に、と後押しされた事が私の心を頑丈にしたのか、それとも情を縛り付けたのか……それが分かるほどに私は精神というものに精通はしておらず、また、そのような事を考える余裕も無かった。

―――そう、まだ試合は続いている。



ベオグラが立ち上がり、呼吸を整えるのを待ってから、試合が再開される。
杖を手に小声で詠唱を開始するベオグラ…その一言毎に魔力が膨れ上がっていく。

―――その杖を見れば、彼女の師がどれだけの人物だったのか分かる。

魔力を高め、増幅する魔杖の所持者……きっと、立派な魔術師だったのだろう。
その師を敬愛する少女の想いは痛い程分かる……

―――それでも、私は負けられない……『正義』の為に―――

少女の魔法が何であるかの判別はつかないけれど、それに関係なく私の戦法は既に決している。
魔力で身を守りながら、余剰魔力で攻撃する……

≪≫を身に纏い、少女へと肉薄する。

「―――な、なんで――――――!?」

間近から、驚きの声が耳に届く。
顔を上げればすぐ側にベオグラの、驚愕と、そして怒りに満ちた顔。
そして彼女を守るように張り巡らされていた雷の膜が、私を覆う防壁によって吸収されていき―――

―――次の瞬間には、残った防壁に弾かれるようにして少女の小さな体が闘技場の上を転がっていった―――



(終わった……終わって、くれた……)

闘技場に横たわる少女の姿を見て湧き上がるのは、たったそれだけの、安堵の念。
それと同時に、まるで枷から解かれたように…夢から目覚めたかのように後悔の念が押し寄せる。

…私は、師を想い、妹を想って戦った少女を打ち負かしてしまった……

「…ッ……
 ……ベ、ベオグラ…さん……」

慌てて駆け寄る私を制するように、少女の手が前に突き出される。

「…うっさい…!
そうやって良い子ちゃんヅラしてるんじゃないわよ!」

…一瞬、その手の意味も、彼女の言葉の意味も理解出来ずに立ち尽くす。
その沈黙の間に、少女は尚も叫び続ける。

「…大体、なんで≪≫を使わないのよ!?
 …アンタがソレさえ使ってれば……
 …分かった、アンタ魔法を間違えたんでしょ!?
 …そうよ、コレは何かの間違いなのよ!!」

突然人が変わったような様子に、私は立ち尽くしたまま、呆然とするしかない。
私が≪聖域≫を使っていれば何が起こっていたのだろう、とすら考えられない。

「…それに、何でよ!?
 …なんで私に同情して動きが鈍らないの!?
 ……どうして、何もかも私の計画通りに進まないのよ!!?」

少女の言葉が理解できない。
彼女が一体何を考えて、何を計画していたのか……どうして私が彼女の計画通りに動かなかったのか……何も分からず、頭の中が真っ白になっていく。

「…私もアイツも、アンタに負けて欲しいって思ってたのに!
 ……覚えてなさいよ、アンタに仲間なんて居ないんだからね……サヤ・アーデルハイド・ヘルディン!!」

真っ白になった思考の中に、最後の言葉だけが強烈に響く。

……今、彼女は何と言ったのだろう……それは、どういう意味だろう……

響きはすれども理解出来ない私が口を開こうとした所で、後ろから肩を掴まれ、引き倒すようにしてその場から動かされた。

「な…何よ、アンタた…ッ…!」

気が付けば、私とベオグラの周りには無数の男達。
誰何しようとした彼女の口が、醜く太った貴族の手で押さえつけられ、そのまま押し倒される。
そして次々と少女に群がる男達によって、彼女の姿は隠され……くぐもり、時折甲高く上がる悲鳴と罵声、それに呼応するかのような、まるで頬を叩くような音や、布を引き裂くような音が耳に届いて来る。

「…さあ、勝者の方はどうぞお帰りになって下さい。」

突然かけられた声に私はようやく我に返り、目の前の光景が、この大会に於ける『敗者への敗者による当然の権利』の行使である事に気付き、慌てて後ずさる。

…そして、腰が抜けてしまったように力が入らず、よろめきながら立ち上がる私の視界に……既に服を引き裂かれ、男達の醜い欲望の塊で貫かれたベオグラの散華の姿が曝け出された―――



―――あまりの衝撃に気を失いそうになりながらも、係員に付き添われて闘技場を後にした。

(…気を失うのは結構ですが、その場合は貴女の身の安全は保障しかねます…)

その、係員の言葉だけが私の意識を繋ぎ止めていたと言っても過言ではなかった。



―――SEMI FINAL―――

後悔と自責の念に…そして突然のベオグラの変貌とその惨たらしい散華の姿への衝撃に打ちのめされながら、廊下を歩くと、落とした視線の先に貴族の令嬢が履くような踵の高い靴が見えた。

「勝ったのね…」

この靴は……と思う間も無く、その靴の主…サティスが声をかけて来た。
その問いに、私は頷く事も出来ず、ただ

「…勝ちました……」

そう告げる事しか出来なかった。
そして同時に、私が勝ってしまった事、それによって無惨な姿を晒す事になってしまった愛くるしい少女の事を思い出し、悲痛な想いに胸が張り裂けそうになる。

「もう…割り切りなさいな…」

きっと、その想いが私の表情にもありありと浮かんでいたのだろう……私の甘さを突き放すように、しかし私をいたわるように、静かな声で、諦観に溢れた言葉が返って来た。

「アナタが『知らずにここへ来た』と言う時点で、少なくとも確実に最初の一人は救えなかった」

淡々と告げられるのは、変えようのない事実。
その言葉を耳に、そして脳内に刻み込みながら、最初の犠牲者……女性としての尊厳だけでなく、その生命までも摘み取られてしまった女性の事を思い返す。

…出来る事ならば、この呪われた大会でも類稀な犠牲者であろう彼女も助けてあげたかった……
けれど、それも最早手遅れ……そんな事実に、私の心は再び沈みこむ。

「……それが八人だろうと十二人だろうと、アナタ以外の全員だろうと……
 同じだと思いなさい」

…そんな私の心を知ってか知らずか、言葉を続けるサティス。
確かに、一人でも、私以外の全員でも、犠牲が出た事に変わりはない。
……それでも、私は例え一人であっても助けられるものは助けたい。

……そこが、今となっては共通の謎を追っている、私と彼女の決定的な違いなのだろう……

「アナタはもう、優勝することだけ考えなさいな…
 ……私はもう、諦めた……」

そして、その違いをこれ以上なく明確にする一言。
その言葉に、私は思い視線を上げ、漸く口を開く事が出来た。

「諦めた…って…そんな…」

それは、私では絶対に口に出さず、そして考える事すらしない言葉。
それをこんな所で口にするなんて……驚愕を覚えながら、今度は私が彼女を気遣うように瞳を曇らせた。

「ああ…私が助かることを…じゃ無いわ。
 『優勝以外の方法で私が助かること』を諦めたのよ」

私の表情から察したのだろう、すぐに彼女は首を振り、訂正する。
けれども、その言葉に微かに安堵するのも束の間だった。

「……優勝できる気もしないけどね……」

瞑目しながら付け足した言葉…それは今までのどの言葉よりも彼女の諦観をはっきりと示していた。
その言葉に、私はどう答えれば良いのだろう……そう思い悩んでいる内に彼女は皮肉っぽく言葉を続けていた。

「十九二十の生娘ってわけじゃ無し、殺されるってわけでも無し…
 この私が衆人環視の前で公然と痴態をひけらかされると言うならそれは屈辱ではあるけれど…
 ……それだけだわ……」

彼女の言葉には、負けた場合の状況を具体的に考えながら、それでも受け止めようとする強さが伺えた。
…それは、十九二十どころか十七歳の生娘である私には到底出来得ぬ覚悟で……けれどその覚悟が良いものなのかどうかは私には判断できなかった。
……ただ一つ気になったのは、殺されるわけではない、という彼女の言葉……

(ひょっとして、サティスさんは知らない……?)

この大会最初の、そして最も哀れな犠牲者の末路を…そうさせた原因であるこの女性は知らないのだろうか……

それは、彼女の今までの言葉を考えれば有り得る話だった。
常に前だけを…自分が打ち倒した相手の事など省みずにただひたすらに前だけを見据える。

……私が今、言ってしまえば……彼女は少なからず動揺して、前だけを見る事が出来なくなってしまうかもしれない……
そう思うと、私はどうしても彼女に伝える事が出来なくなってしまった。

―――結局、私のその気遣いも、私の与り知らない所で徒労に終わってしまったのだけれども…
   私は最後までそれを知る事は無かった―――

「……アナタはアナタで頑張りなさい。
 油断は禁物よ?
 次の相手だって……」

気付けば、既に自身の話は捨て置いて私を気遣い始めているサティス。
その言葉に、次の対戦相手…ストレイ・ドールの虚ろな表情を思い出していた。
そして、それと同時にその少女に敗北した天真爛漫な少女の最後の姿も……

「何者かは知らないけど、セラフィック家令嬢に勝ったんだもの。
 相当の強敵だわよ?」

サティスも、ストレイ・ドールから連想した人物は同じだったらしい。
私とシナの縁を知っているのかどうかは定かではないけれど、意地の悪い笑みを浮かべるサティスに、私は先程の感想を覆そうか悩んでしまった。
……彼女は、私を気遣うのではなく、私を虐めて気分転換をしようとしているだけなのかも知れない……

「ただ…まあ、まだ……色々、気になることはあるのよね…」

真剣にそんな事を検討し始めた私に、突如真剣な表情―――翳りが見える程に―――で語り始めるサティス。
彼女の言わんとしている事が私には分からず、つい首を傾げてしまうと、彼女は更に言葉を続けた。

「『裏』の大会とは言え、こんな無法がれっきとした法治国家であるユニカンで何百年もまかり通って来ただなんて異常だわ」

こんな無法…そう言った彼女の視線をつい追ってしまい、私は後悔した。
その視線の先には、つい先程私が打ち倒してしまった幼い少女が、その幼い身体に醜い男達の醜い欲望の塊を捻じ込まれている光景が曝け出されていた。

「ッ…確かに…このような無法が許されるはずがありません……
 ……けれど、法を遵守し、民の模範となるべき王侯貴族こそがこの大会で賭けを行い、その後の……ペナルティに興じているのも事実です……
 ……そのような状況であれば…無法とて、黙認されてしまうのかもしれません……
 ………私は、決して認めませんが…!」

必死に答える言葉を紡ぎながら、悔しさが込み上げてくる。
同じ王侯貴族として、彼らの振る舞いは絶対に看過出来ない。
それにもかかわらず、それを止める事すら出来ず、この状況を受け入れてしまっている自分が情けなくて仕方がない。
そんな情けない自分、認めてはならない状況に少しでも抗うように、声を張り上げる。

…そんな私の内面がどれ程分かっているのか、サティスは微かに苦笑し、小さく頷いた。

「…権力や発言力のある王侯貴族を味方につけているとは言え…」

そう、私の言葉に肯定を示しながら、彼女は更に言葉を告げる。

「…連中は所詮俗社会の住人であって、私たち魔導士とは根本的に関わりの無いはずの存在よ。
 …私たちが魔力を封じられているのは大会中の一時的なものだけだし…
 ……終わった後でここで受けた所業を赦し納得できるような女がそう多いとは思えない……」

言われて、私は思わず納得してしまう。
…というより、そのような考えに至らなかった自分が恥ずかしく思えてくる。
……けれど、それはきっと私が王族であり同時に魔導士である、というサティスから見れば俗社会の魔導士だからに違いない。
…ともあれ、確かに彼女の言う通り、大会の後に報復が起こっても当然の所業にもかかわらず、少なくとも表立ってはそのような事は起こっていない……それは、何故―――?

「客連中の身の安全はどのように保証されているのか?
 ……そしてこの大会自体の歪んだシステムを隠したまま、どうやって知名度のみを維持できているのか?」

…私が抱いた疑問は当然の事、彼女は更に一歩踏み込んだ疑問を口に出す。
この辺りの思慮の及び方が私には足りないのだろうか…と痛感しながら、彼女の疑念についても心の底に留めておく。
……きっと、この大会を調べ、終わらせる内にそれらの疑問が氷解すると信じて……



「―――何か裏がある気がするわ…

 気をつけなさいな……

 じゃあね―――――次に会えるとしたら…

 …決勝で―――――」

そう最後に告げて別れたサティスは……結局、決勝の舞台に上がる事が出来なかった。
…考えてみれば皮肉な事に、『決勝で』という言葉を使ったが為に敗北し、蹂躙されるという、初めて言葉を交わした時に告げていたジンクスを彼女自身が体現してしまっていた。

その様子を私は渡り廊下から歯痒さと共に眺め…けれど同時に一つの決意を新たにしていた。

「……必ず…この大会の裏に潜む闇を調べて……終わらせてみせます……」

それは、あの神託の夜から抱いていた決意。
けれど、今はただの神託のみではなく、幾人もの無念と遺志を受け継いでの決意だった。



……私の準決勝は、サティスへのペナルティが終わるまでは始まらない。
それを考えると、奇しくも彼女が私の調査の為に時間を作ってくれたようにすら感じてしまう。
ならばこそ、彼女の敗北を無駄には出来ない。

……私は、もはやボロ布のようになってしまった衣服すら剥がされていくサティスの姿に背を向け、もはや滞在する者も僅かになった関係者専用区域を睨み付けた―――



―――ATOGAKI―――
…は省略(爆)