THE SURPREME SORCERESS RED〜Side:S act7〜

―――1ST STAGE―――

―――部屋に戻り、眠りに落ちてどれ程の時間が流れたのだろう……私は、扉を叩く音で目覚めさせられた。
壁のトーナメント表を見ると、今の時間が記載されている……まだ、夜中だ。

一体こんな時間に誰が、何の用だろう……そう思いながら、扉に近付き、相手を問う。
…返って来た声は、苦労のかかる副官のものだった。

「……一体、何の用ですか……?」

こんな時間に…とつい小言を口にしながら、扉を開く。
…本来ならば部屋に…しかもこのような深夜に招き入れるような事はしないものの、立ち話を誰かに見られる危険を考えれば、止むを得ない。

「…あぁ、話しにくい事なんだけど…姫様の、次の対戦相手の事でな……」

神妙な顔をしながら扉の隙間に身を滑り込ませてくる…その様子はまるで猫か蛇のようで、私はつい顔を顰めてしまう。
…けれどそれも束の間…彼の口に出した少女の話に興味を惹かれ、小さなテーブルの前に一つだけある椅子を勧め、私はベッドへと腰掛ける。

「それで……」

「…まあまあ、まずは軽く喉を潤そうぜ?
 ……こっちは、見つからないように、って緊張で喉がカラカラなんだからよ…」

すぐに話を聞こうとする私の言葉を遮るように、懐から酒瓶を一本と、グラスを二つ取り出すアリクス。
…見つかってはならない状況でこのような物を持ち歩く彼の神経が理解出来ないが、眉を顰める私の前でグラスに真っ赤なワインが注がれ、目の前に差し出される。

「…私がお酒をあまり嗜まないのは知っていたはずですけど…?」

グラスを軽く一瞥し、次にアリクスを一瞥すると、彼はやけに素直にグラスを引き、一人でワインを飲み始める。
私はその様子を疎ましげに見詰め、グラスが空になるのを待つ。

「…さて……」

グラスを空にし、一息吐いてからようやく話し始める。

「…姫様は知らないだろうが……実は参加選手のある程度の情報は開催者側から買う事が出来るんだ。
 ……で、姫様の為に、と思って次の対戦相手の子の情報を買ったんだけど……」

と、そこで口篭る。
…本来ならば、人の情報を勝手に調べ上げ、その上でそれを売買する行為に憤慨し、幾ら私の事を思ってとはいえ、それを買ったアリクスを非難するべきなのだろうけれど……まずは彼の話を聞く事を優先する。

「…あぁ、ちなみに姫様の情報は金を払って、逆にある程度は隠してもらうようにしてるからな?
 …流石に、こんな大会だって分かった以上、素性を明らかにするのはマズいだろ?」

次に彼の口から出た言葉は、私の聞きたかった話ではないものの、気になっていた事ではあった。
それに対する回答を得て、私は満足気に頷きながら本筋の続きを促した。



「―――なるほど……」

アリクスの話の後で、私は口元に手を当て、考え込む。

彼女…ベオグラが戦う理由は、病弱な―――余命幾許も無い―――妹の治療費の為だ、と言う話だった。
予選会場で耳に挟んだ理由は『亡き師の名誉の為』という全く違うものだったけれど、売買される情報である以上、今耳にした話の方が正しい…或いはどちらとも正しいのかもしれないけれど…可能性が高かった。

「……まさか、対戦相手の妹の命と神託、秤にかけてる…なんて事無いよな…?」

突然の質問に身体が強張る……突然だから、ではなく、図星を突かれたからだ。
…顔も知らない対戦相手の妹よりも直々に授けられた神託をこそ優先するべし…理屈では分かっている。
…けれど、知ってしまった以上は失われようとしている命を見過ごす訳にはいかない……

「…そもそも、そんなの秤にかける必要もないだろ?
 治療費なら、姫様の優勝賞金で払ってやれば良いだけだしよ?」

そのような私の悩みを馬鹿馬鹿しいと断ずるような言葉。
肩を竦め、溜息を吐きながらのその言葉は…けれど、確かに理には適っている。
私は賞金など欲しいとも思わない…けれど優勝はしなくてはならない。
ベオグラも、優勝はしたいのかもしれない…けれど、治療費の問題だけならば、優勝せずとも果たせる。
…そう考えれば、アリクスの言葉は私とベオグラ、二人の希望を叶える事が出来る最良の選択に聞こえる。

…けれど……

「……でも…ですが……それだと、彼女が……」

…そう。
敗者へのペナルティが、最良の選択の前に立ちはだかる。
あの、幼く無垢な少女が、欲望に満ちた男達に汚される光景が脳裏に浮かび、背筋に冷たい汗が流れる。

「…じゃあ、姫様は自分が犯されるのは構わないのか?」

突き刺すようなアリクスの言葉。
…犯す…という言葉の意味が一瞬理解出来ないものの、すぐに何を表すのかを悟り、頬が燃えるような紅に染まり、ベッドに拳を打ちつける。

「…そ、そんなわけないでしょう!?
 ……私が、あんな目に遭わされるなんて……考えただけで腹が立ちます!」

…口に出して、愕然とする。
神託と治療費を天秤にかけ、その上で対戦相手が汚される事に躊躇っていたのに…私は、自身が汚される事を示唆されて、あっさりとその展開を拒絶した。

慌てて口を押さえる私を、満足気に見下ろすアリクス……まるで、私が酷く卑しくなってしまったように思えて、胸が痛い。
…けれど、そのように卑しい私を卑下する言葉が飛んで来ると思っていたにもかかわらず、次の言葉はそうではなかった。

「…そうだよな…それが当然だ。
 ……しかも、姫様は神託だって授かってる……尚更、負けるわけにはいかない……」

真剣な表情で頷かれ、普段の、私をからかっているような言動との格差に呆気にとられる。
そして、彼はその紫の瞳で私の瞳を覗き込みながら、更に続けた。

「……良いか、サヤ?
 お前は勝たなくてはいけないんだ……神の正義の為に。
 …それならば、今は迷いを振り切るんだ……あのお嬢ちゃんも踏み越えろ……
 ……踏み越えた上で、後で幾らでも謝れば良い……」

胸の奥に染み込むような言葉に、使命感が迷いから解き放たれるのを感じる。
……そう、全ては神の意思……全ては神の正義の為に……

…最後に、もう一度私の覚悟を尋ねるアリクス…
…その蒼い瞳を見返しながら、私はしっかりと頷いた……



―――話も終わり、お姫サマの部屋を後にする。
お涙頂戴モノの話はした。
薬を飲ませるべく、ワインも出した。
それが失敗に終わっても、それはそれで仕方の無いことだ……例えそれが予め分かっていた事であっても、俺が咎められる筋合いは無い。
…そして、作戦の失敗を伝えようにもあの雌に会えないのであればそれも仕方の無い事だ……例えそれであの雌が負けたとしても。
…だから、俺は罪悪感の欠片も感じず…むしろ楽しさに笑みを浮かべながら、使う機会の無かった小瓶を再び制服のポケットにしまい込んだ―――



―――2ND STAGE―――

『―――イルミル選手へのペナルティは全て終了致しました。
 この時点でA5試合での単戦賭け札の交換は無効となりますのでご注意ください』

試合の…そしてそれに伴うペナルティの終了を告げる声を聞きながら、私は闘技場を見下ろしていた。
今、闘技場に横たわっているのは褐色の肌の少女だった。
健康的な褐色の肌は男達の欲望の残滓で白く汚され、申し訳程度に肌を隠していた独特の衣装は既に剥ぎ取られ、魔法の行使―――恐らくは精霊との交信―――に用いていた神像のような物は無造作に転がされていた……それも、彼女自身の体液と、白く汚れた液体によって。
やはり、自身の用いていた道具をそのような事に使われたのは酷い衝撃を与えたのだろう…あどけなく、元気と陽気に満ちていた顔も今では遠い何処かを見詰めているようだった。

…そんな彼女も、ペナルティが終了した為に担架によって運び出されていく。
…その様子は、モップによって白濁液を拭き取られている闘技場の光景と相まって、まるでゴミか何かの、モノのようだった…



―――イルミルが運び出されている間…否、それよりも前…彼女が神像を使って弄ばれるよりも更に前……そう、その豊かな胸を手で、そして汚らしいモノで蹂躙されている時から、私と同じように…むしろ、それよりも冷静にその光景を見下ろしている女性がいた。

…私が立つ廊下とは逆の廊下に立つその女性こそが、褐色の少女を打ち倒した張本人、サティスだった。
…彼女は、今だけに限らず、試合中も恐ろしく冷静に事を運んでいた。
精霊との交信に意識を集中させていくイルミル…その精神が最も無防備になる瞬間に的確に、そして容赦なく短詠唱の魔法を打ち込み、強大な魔力が高まりつつある重圧を前にしても汗一つかかずに勝利を収めていた。
…その様子には情け容赦というものがなく…だからこそ、自身の目的への純粋な意志が明らかで……正直に言えば、私はその在り方を眩しいとさえ思った―――



―――そして、次の試合…否が応にも、私は試合前から闘技場から目が離せなかった。

――片や、『サプリーム・ソーサレス』の称号を持つアマール・セルティックアーツ――
――対するは、昨日控え室にいた私を慄かせた、ヒトならざる魔力の持ち主…エグザイルW――

…共にただならぬ雰囲気を持ち合わせた魔女の戦いに注目しているのは、当然ながら私だけではなく……サティスもその場を離れず、闘技場を見下ろし…そして、観客達のざわめきが、彼らもこの試合に並々ならぬ興味を示している事が伺えた。



―――闘技場に二人が現れると同時に、会場が轟くような歓声に包まれる。
…けれど、お互いに向き合った瞬間…
そのような歓声も消え失せ、耳が痛くなるような静けさの中、闘技場に二人の魔力が満ちる。

…そして、その満ちていく魔力に私は確信する。

…エグザイルWの持つ魔力は強大なだけでなく、異質―――それも、ゲシュタルトよりも更にヒトとはかけ離れている。
それは、まるで―――否、まさしく魔神……私に流れる聖なる血脈がざわつき、警鐘を鳴らす。

……けれど、私の中の本能は、エグザイルWのみではなく、アマールにも慄き…この戦いが一方的な結果にならない、死闘である事を予測させる。



―――しかし、現実は私の予想とは決定的にかけ離れていた。

「…な……何が…起きたの……?」

エグザイルWの、無詠唱での魔法行使により、闘技場に魔力が駆け巡り……しかしその時には既に彼女は地に伏していた。
アマールの勝利、という結果が判明した後で、徐々に何が起こったかを理解し始める。

…それは、非常に明確で、全く以って非常識。
無詠唱の魔法よりも早く魔法を放ち……返す刃で更に切り裂くかのように、続けて魔力をぶつけ、魔神を叩き伏せた……

その、圧倒的な能力の魔女同士の、一方的な結末に観客もどよめく事を忘れ……そして、怒涛のように歓声と野次が轟き始める。
私は、その声に耳を傾ける事も、眼下の様子に視線を落とす事もせず、一瞬で決着した試合を心の中で反芻し、同じように試合を見ていたであろう、闘技場を挟んで逆の廊下に立つ女性に視線を遣る。

…そこに、先程まではいなかった一人の少女の姿が見えた。
…まだ幼いと言っても過言ではないその身に師の名誉と病弱な妹という二つの重荷を抱えた少女、ベオグラ―――
ここからでは当然、何を話しているかなど分かりはしないけれど…彼女のあどけない横顔を見ると、胸が締め付けられる。
あと一試合が終われば、私は彼女と戦い……そして、今まさに眼下で行われている行為の中に彼女を叩き込まなければならない……
決意が揺らぎそうになりながら、それでも私は昨夜の事を思い出す。

全ては神の正義の為…その為に今は迷いを振り切り、贖罪は後で幾らでも果たせば良い……
そう言って後押しし、私の迷いを解き放ってくれた副官。
彼や、彼と共にここまでついて来てくれた他の団員の為にも……

…私は、向かい側で何やら話しこんでいる二人から目を逸らすために、男達に蹂躙される魔神の様子だけをひたすらに見下ろしていた―――



―――そして今、闘技場には敗れ、男達が入って来る瞬間を…そしてそれからの時間を耐えなければならないシナの姿があり…私の後ろには泣きじゃくるベオグラがいた。

「サヤさん…どうしよう…
 次、サヤさんとだなんて…」

途方に暮れたようにすすり泣くベオグラに、私は振り向かない。
…振り向いてしまえば…彼女の涙を見たら…折角の決意がまた揺らいでしまうかもしれない。

「…私…私…負けた方がいいですよね…?
 サヤさん立派な目的のために勝たなきゃいけないんだし…」

振り向かない私に向かって、尚も告げられる少女の言葉。
…けれど、それは先程の言葉とは違い……私を迷わせるものではなく、むしろ私の背中を押す言葉だった。
……もっとも…私が決意を抱いていなければ…健気な少女の言葉に、逆に打ちのめされていたかもしれない……

だから、私は少女に背を向け、闘技場に入って来る男達を…そして、いつも勝気だった…けれど今は怯えと戸惑いの表情を浮かべているシナを見詰めながら…私の決意を促した副官の、紫の瞳を思い出していた。
……そうする事で、再び湧き上がる憐憫の情を縛り付け、ただただ使命感だけを心の中に解き放ち……

「…私みたいに、何も知らずに来ちゃったただの女の子が、ただ自分が助かりたいだけの理由で優勝するなんて―――」

「そうね、ごめんなさい……私は勝たなくてはいけない…」

すすり泣きながら続く言葉を遮るように答え、少女に振り向く。
不思議と同情は抱かず…代わりに、副官のせせら笑う声が聞こえたような気がした。

『…聞いただろ?
 …結局、コイツは師匠とか妹とかどうでも良いんだ。
 幾ら奇麗事で飾っていても所詮は自分が助かりたいだけ。
 ……そんな、身勝手な保身の為だけに優勝を狙う相手に同情なんて必要ない。
 ―――踏み越えてしまえ―――』

…一瞬の沈黙。
私の宣言に、目前の少女も驚いたように泣きじゃくるのを止め、私を見上げていた。
そして、私は自室で言われた事を思い出し…

「…全ての犠牲者に、あとで何万回でも謝るわ…
 だから今は……勝たせてもらいます……」

彼の言葉に促されるように、少女に告げ…それからはずっと、泣き叫び、膨大な人数の醜い貴族達に蹂躙…犯される…シナの姿を、熱に浮かされたように、ぼうっと眺めていた……

―――天真爛漫で勝気だった貴族の令嬢が玩具のように弄ばれ、僅かな時間でその輝きを失ってしまう……そんな、この大会の恐ろしさを目の当たりにしても…今は何の感慨も湧かなかった―――



―――そして私は二度目の闘技場へと歩み出て…
私が現れるのと時を同じくして、ベオグラもその姿を現す。
……途端、歓声が爆発する。

私の名を呼ぶ者、ベオグラの名を叫ぶ者、そして下劣な言葉を吐く者の声が重なり合い、耳障りな不協和音を轟かせる。
その声に怯えたように、瞳に涙を溜め、杖を握る手を震わせる少女……その姿を間近に見ても、もはや私の心は揺れ動きはしない。
……まるで、今この瞬間は私の中の情が封じ込められているようにすら思える感覚に、微かに眉を顰める。

…けれど、いかに怯えようと、いかに感情を揺らさずにおこうと……

『――――――始め!』

―――開始の合図は無情に響くのみだった―――



―――ATOGAKI―――
どうも、Χ(カイ)です|*゚Д゚|┛
いよいよ大会も中盤戦を越えましたが、多分SS的にも半分は過ぎたと思います。
執筆期間ばかりかかってしまって色々と心配だったりしますが、見捨てずに呼んで下さっている方、ありがとうございます&もう半分ほどお付き合い下さい……そろそろ凌辱シーンに移行するかも知れないので(´・ω・`)