THE SURPREME SORCERESS RED〜Side:S another act〜

『魔導王国ユニカン』……。

 数知れぬ優秀な魔術師・魔導士達を生み出したこの国では、1年に一度、世界最高の魔法使いを決めるための団体戦があるのはご存知だろう。
 だが、一部の有権者たちの間で、『裏の世界一の女魔法使い』を決めるための魔導大会が極秘裏に開催されていたことはご存知だろうか。
 トーナメントを制した者が得られるのは、あらゆる富と名声と栄光と、真の史上最強の女魔導士である『サプリーム・ソーサレス』の称号。しかし、敗北者に待っているものは……。

 そして、今年もまた、この狂乱の宴が開催する…。



―――AN ELIMINATION―――

『予選があるそうです…不本意ながら。
 ……なので、今からそちらに向かいます。』

ツンツンしながらそう言ったお姫サマの後に続いて歩く事数時間。
鬱蒼と茂った森に隠されるように、本戦会場に比べればなんとも貧相な…それこそガキだった頃のお姫サマの胸並に貧相な予選会場が転がっていた。

「ふむ…なるほど……」

しげしげと会場の外観を眺め回す…振りをしながら、辺りでゴソゴソしている貧乏人どもの様子を探る…と、そっちにゴロゴロ、こっちでガサガサ、それこそ一匹見たら三十匹といった風情で、盗み見をしようとする奴等が隠れていた。

…まったくもって、ヒマな奴らだ。
別に予選で負けたからと言ってペナルティがあるわけでもない。
…とはいえ、まったくのムダ足というわけでもない。
三つ…厳密に言えば四つだが、まぁ三つと考えても良いだろう…の、それなりに意義のある理由が存在する。

まずは…コレは貧乏人には無理だが…本戦前の下見。
まぁ、実力を見て儲ける為の賭けの参考にするか、外見を見て食う為の賭けの参考にするかの違いはあるが。

次に…負けて帰る所を襲う為の張り込み。
もっとも、これはなかなか上手く行かない。
曲がりなりにも『史上最強の女魔法使い』の座を狙う雌どもだ…余程疲弊したり、それこそ十数人以上の群れでないと押さえつける事もままならない。

「……いつまで呆然としているのですか。
 本戦の会場に比べればそこまで目を惹くものでもないでしょう?」

そして三つ目…その理由に欠かせない相手を探そうとした所で、お姫サマの口から文句が零れる。
…まあ、実際そうだし、そもそも今更マジマジと見るような感慨も湧かないので、ここは大人しく入り口までついていく。
…で、その後は当然のように「ここからは参加者以外は立ち入り禁止」だ。
仕方ないし、この先に行っても面白い事は何もないので、他のナカマ達は観客席に向かわせ、俺はもう一度外に出る。

…っと、いたいた。

「……よぉ、あんたも予選の盗み見かい?わかるぜ、金も身分も足りねえから本戦会場に入れないんだろ?俺もそうさ。」

丁度会場の窓が覗き込めるようになっている、太い枝の上…つまり絶好の覗きポイントで他の貧乏人に声をかけている男…そいつこそ、俺が探してる相手の一人…三つ目の理由に欠かせない人物だった。

「…よぉ、タッケンジーの旦那。
 ……今年も冴えてるみたいだな?」

木の下から声を投げつけると、その男…予想屋タッケンジーは驚いた顔を俺の方へ向けた。

「よぉ、兄さん、今年も来たのか。
 …あんたも相当の好きモノだなぁ…」

…それは否定しない。
だが、今回はただの見物客として来ている訳じゃないのも確かだ。
…まあ、それは単に、その辺の奴等以上に好きモノだっていう証明にしかならないわけだが。

…軽く世間話をしていると、どうやら予選の面子が揃ったらしい。
…うん、今回も上玉揃いで俄然俺や貧乏人どものヤる気が増していくのが分かる。
口々に予想を言い始めるが、その結果はそれこそ悲喜交々だ。

「あの、黒いポニーテールの、白いエロ衣装着てる娘の能力は……」

そんな奴等を尻目に俺の予想…もっとも、知っている事実をありのままに話すことは予想とは言わないが。
…当然、予想は的中…タッケンジーにはお姫サマの『未来』が見えてきたようだ。

「おっと、旦那。
 …ソレ、俺だけじゃなくてコイツらにも見せてやってくれよ。
 代金は俺が払うからよ。」

俺に『未来予想図』を見せようとしたタッケンジーに待ったをかけ、周りの貧乏人どもを指で示す。
一気にざわめきだす貧乏にんども……この予想っていうのは自分で金払ってやるから当たった時に楽しいっていうのに、貧乏だと形振り構えないらしい。

…という事で、我らがお姫サマの哀れな未来の姿が俺や貧乏人の脳裏に映し出される。

無数の男達に囲まれて、既に白い肌が白濁に染められている。
暴れないように手首を掴まれ、その上で手にはしっかり肉棒を握らされ、扱く度に白濁を浴びせられている。
前の穴も後ろの穴もしっかり突っ込まれて、注ぎ込まれた白濁が溢れ出している。
折角のエロ衣装も全部剥ぎ取られているのは口惜しいところだが、よく見るとそこらに白濁がたっぷり溜まったブーツがあるところを見ると、使用済みだから外しただけらしい……そして、ブーツの中に出す代わりに直接足の裏にぶっ掛けてる、という塩梅だ。
それに、よく見れば瞳にあった小生意気な光が消えてしまっている。
……つまり、もう壊れかけている、っていう事だ。
………これはちょっと面白くないな。

…だが、面白くないのは俺だけのようで、貧乏人どもはその映像をしっかり楽しんでいる。
……物陰に行った奴は暫くしてからスッキリした顔で戻ってくるが、イカ臭くて縊り殺したくなる。

(…さて…撒き餌はこんなもんで良いだろう……)

イカ臭い貧乏人どもに殺意を覚えながら、奴等を手駒にする為にその殺意を押さえ込む。
そして俺は口を開いた。

「……さて、お前ら。
 こんなのじゃ我慢出来ないんだろ?
 ……実際にヤりたい奴は、手を挙げて…俺の言う事に協力してもらおうか。」

挙がった手は、数えるのも億劫な程だった―――



―――1ST STAGE―――

『勝者! サティス・スコルピオ!
 単戦配当は二・六倍となります
 重戦・総戦の札をお持ちの方は最後まで紛失しないようご注意ください』

まずは第一試合が終わった。
いつ見ても清々しいほどに浅ましい金持ちのブタどもが、負けた雌に群がっている様子が眼下に広がる。
俺は、というと二・六倍に膨れ上がった財布を手にしてご満悦だ。
他にも同じように財布を膨らませた奴等がいたが…その大半は逆に悔しがっている。

「やれやれ…ヤりたいなら両方に一口ずつ賭ければ良いのによ。
 別に何口分買ったか、で優先権があるわけでも無いってのに……」

すれ違うブタどもの姿にボソリと毒づく。

…と、俺と同じように財布を膨らませてご満悦な男が一人。
ブタでもなく、端正な顔立ちのソイツは、紛れもなく貴族のお坊ちゃんだろう。
……かといって下劣な欲求を満たす為ではなく、金策に来ているようなその様子…そして何よりも金策云々以前の謀略の匂いに、俺はついつい笑みを浮かべてしまった。



―――最初の試合が終わり、恐らくは蒼ざめているであろうお姫サマの様子を見に参加者用区画へと忍び込む。
予想通り、お姫サマは闘技場を一望できる廊下にいた……予想とは違い、蒼ざめるどころか気絶していたが。

「…情けないお姫サマだぜ…もしももっと我慢のきかないヤツに見つかってたらどうなった事やら……」

苦笑しつつ、お姫サマを部屋まで運び込む。
ベッドに下ろす際に軽く舌なめずりをしてしまったが、我慢我慢。
ここで俺が食っちまっては何の意味も無い。



―――賭けの配当金を貰う為に観客用区画に戻り、ブタどもの観察をする。
ブタどもは皆、心地良い欲望に目をギラつかせている…この空気が無くてはこの大会ではない。
だが、その中で先程の男のように一風変わった目的を持っている奴を見つけるのも楽しみではあった。

「ん…アレはまた、珍しい……」

だから、観客席にキラリと光る遠眼鏡と、その横から立ち上るタバコの煙を見止めた時、俺はそちらへとコッソリと近付いていった。

その二人の行為自体は珍しいものではない。
タバコなんぞ金持ちの嗜みだし、少しでもじっくり見ようと遠眼鏡を使う奴も少なくは無い……尤も、双眼鏡でないのは少し珍しいが。
ましてや、雌魔法使いの晴れ姿をお持ち帰りして後で楽しもうと思う輩などまったくもって不思議ではない。

……それでも、その二人組みは珍しかった。
まず、服装が貧乏臭いというのが最大におかしい。
貴族とは絶対に思えないその服装は、参加者の関係者だと言っているようなものだ。
そして、そのような人物が遠眼鏡で見ているという事は、自分のようにペナルティの事を知った上で参加させた、という事に他ならない。

無論、そのような事は日常茶飯事だ。
だが、その殆どは金持ちのデブどもの欲望を叶える為の陰謀の一つとしてだし、あの二人組みはそんな金持ちではない。
…だからこそ、俺好みの匂いがしたのだ。

「その遠眼、録晶付いてるよな?
 無くすんじゃねーぞ?
 あとで捌くんだからよ。」

近付きつつ立てていた聞き耳に、そんな言葉が滑り込んで来る。
相方がその言葉の主を悪党だと言っていたが、まったくもって同感だ。
…尤も、悪党だからといって非難する気は無い…むしろ俺は賞賛する。

……と、いきなり踵を返した二人組みと視線がぶつかってしまう。

「あァん?
 …てめェ、いつからそこに居やがった?」

二人組みの内、タバコを加えている方が睨みを利かせて来る。
……ガタイが良いから、この睨みがマジで洒落にならない。
俺みたいな線の細い美青年では到底敵いっこないよなぁ…としみじみ思う。

「ちょ…ちょい待ち!
 オレは怪しい奴じゃないって!
 …あ、いや、そう言うと益々怪しいか……
 ……た、ただ断じてアンタらの敵じゃねぇ!
 むしろ味方!同志!同じ目的なんだって!!」

腕力で敵わないなら、口八丁。
手を振って慌てながらの言い訳に、タバコの男はニヤリと笑う。

「へェ……俺達の目的が分かるってのか?
 それなら益々黙って見逃すわけにはいかねェんだが……」

ボキボキと拳を鳴らすタバコ男。
そんな相方と俺を交互に見る、鼻に絆創膏をつけた男。
…非常にまずい…が、どうやら仲間の雌の晴れ姿を売り捌こうとしているぐらいだ…上手く説得すれば利用出来るかもしれない。

「…あー……アンタら、アレだろ?
 この大会の調査をしてるんだろ?
 ……オレもそうだし、こっちの娘はまだ負けてない……それに、オレは参加者用区画への良い抜け道を知ってる。
 ……とは言ってもやっぱり人手不足なんだ。
 …だから、ここは手を組んでくれないか?」

とにかく、拝み倒す。
……と、タバコ男が一息、紫煙を吹き出した。

「…まぁ、正直てめェは信用できないが……それはお互い様か。
 ……じゃあ、見逃す代わりにその抜け道とやらに案内してもらうとして……手を組んでやる代わりに何をくれるんだ?」

紫煙を目で追いながら、ニヤリと笑うタバコ男…コイツはとんでもない悪党だ。
だがまぁ、コイツに差し出すモノなんざ、俺にとってはさほど痛くないし……

「…仕方ない……んじゃあ、もしもウチのお姫サマが負けた場合、俺の賭け札をアンタにやるよ。
 ……あぁ、あと、その遠眼鏡で好きにしても良い。
 ……ただし、流石にそれが出回るとヤバいから、録晶のマスターは買い取らせてもらうが……どうかな?」

仕方ない、とは言うものの口元の笑みを隠せない。
だが、それでもタバコ男は納得してくれたようだった。

「オーケー、それで手を打とう。
 ……しっかし、自分とこの姫さん売ろうなんざ、てめェもワルだな……」

楽しげに笑うタバコ男。
ともあれコレで交渉成立。

「…んで、その姫さんって誰なんスか?」

今まで話を聞いているだけだった絆創膏男が口を挟む。
…まあ、それを聞くのはコイツらの当然の権利だ。
そこで、道すがら、お姫サマの名前を教えておいた―――



―――参加者用区画に忍び込むと二人と分かれ、散策しようとする。
…と、お姫サマとバッタリ出くわしてしまう。
小言は適当に受け流しながら、小言を返す。

しかし、驚いたのはお姫サマがさっき会った二人組を探している、という事だった。
…コレは、予想外だったが好都合だった。
わざわざこの三人を引き合わせなくても勝手に遭遇してくれれば勝手に協力関係を築いてくれる。
そうすれば、俺はそこに労力を裂かなくても済み、俺の計画の、もう一つの問題に力を注げるという事だ。

お姫サマの目の前から消えた後で、俺はニンマリとほくそえんだ。
…まったく、お姫サマの前では善人面をしないといけないというのは予想以上のストレスだ―――



―――参加者用の区画を散策していると、鼻歌混じりにスキップするような足音が聞こえて来る。
姿を隠したまま足跡が近付いて来るのを待つと、幼女と言って良いだろう雌が近付いて来た。
楽しそうな笑みは一見年相応の少女のように見えるが、同類である俺には、その裏に悪魔の笑みが隠されているのがすぐに見て取れた。

「ああ言う良い子ちゃんって大っ嫌い。
 せいぜい苦しんで泣き叫んで欲しーい♪」

俺の隠れている通路の近くを通る時に、その雌はハッキリと言った。
しかも、年相応とは言い難い、冷たい表情で。

その少女が口にした『良い子ちゃん』…思い当たりそうなのは一人しかいない。
そして、その『良い子ちゃん』に向けられた、冷酷な感情……

「……コイツは…良い素材だ……」

思わぬ見つけモノに、俺は今日何度目になるか分からない笑みを零していた―――



―――その、悪魔のような雌と再び遭遇したのはそれから割とすぐの事だった。
尤も、遭遇した、というよりも一回戦最後の試合の勝者であるその雌に、俺が直接会いに行っただけだが―――

「―――一回戦突破おめでとう、ベオグラ・リビィ・エリスちゃん。
 …もっとも、君のあの周到さなら負ける事は無いと思っていたけれど、ね。」

闘技場から控え室へと戻る廊下の途中で祝福の拍手を送りながら、その雌に近付く…勿論、賛辞の言葉は忘れない。
顔を上げた雌の表情は…普通ならば驚き、そして不審、そして或いは恐怖や嫌悪だが…こいつは違った。

「…フン、当たり前でしょ。
 ……それで?アタシに何の用?」

鼻で笑い、俺に冷たい視線を向ける…素晴らしい事この上ない。
しかも、俺が姿を現している理由までしっかりと分かっている辺りは…いや、裏の魔法使いならこんな対応は当然か。
そして、俺に質問をする頃には冷たい視線から、ニヤニヤとした笑みに変わっていた。

「ここは関係者以外は立ち入り禁止のはずだけど…それを破って、アタシに会うって事は、何か企んでるんでしょ?」

…そう、コイツのこの笑いは同類…裏の顔を持つ人物への、ある意味での友好の笑みだ。
だからこそ、単刀直入に話が出来る…しかも、もはや今日の試合は無く、ペナルティ中とあればこの場所は安全な密会場所…つまり、これは絶好のシチュエーションと言えよう。
この、時間も限られている上に下手に見つかるとアウトな状況でのこの幸運…

(魔神ラームラさんよ、アンタの悪意に感謝するぜ…)

と、お姫サマに知られようものならばその場で斬首されてもおかしくない言葉を内心で呟き、ニヤニヤ笑う雌に意識を戻す。

「…ご明察。
 …まぁ、自己紹介すればある程度は飲み込めてもらえると思うんで…まずは名乗らせてもらおうか。
 ……レディの名前だけ、こっちが一方的に知ってる、っていうのも無粋だろうしな。」

ニヤリ、と笑いながら気障ったらしくお辞儀をする。
当然相手に敬意を払ってなどいないのは向こうも承知だろうが、これで俺がどういう性格なのか図れるだろう。

「……オレはホーリーガイアの小国ヘルディンの王女にして神聖騎士団少年分隊長、サヤ・アーデルハイド・ヘルディンの副官、アリクス・ヴァーレン…以後お見知りおきを。」

もう一度慇懃に一礼。
別にこっちの素性など惜しくとも無い情報なので、お姫サマの情報をオマケにつけて提供する。
…目前の雌が一瞬眉を顰めたのは、俺の素性が意外だったからなのか、はてさて……

「…ヘルディン、ってあまり聞かない名前ね…でも、お陰でアイツがどうしてあんなに良い子ちゃんなのか分かったわ。
 ……それで、次の対戦相手の副官が何の用?
 まさか…負けてくれ、なんて言うんじゃないでしょうね?」

ニヤニヤが一瞬で冷徹に変わる……ホント、この雌は良い……もう少し年をとっていれば、この場で食っちまいたいぐらいに。
だが、今は食うためじゃなくて交渉の為に会っているのだから、まずはそちらを優先する。
…雌の質問への答えは、当然ノーだ。

「…まさか。
 そんな用事で来たら俺はこの場で消し炭…は、魔法が使えなくて無理だから、すぐさま役員達に突き出されちまうだろう?
 …俺が言いに来たのは、むしろその逆……あのお姫サマを苦しめて泣き叫ばせて欲しーい♪のさ。」

最後は、廊下で聞いたこの雌の口調を真似してみる。
…当然、不機嫌そうな顔をするもののすぐにさっきまでの冷徹な顔に逆戻り…この辺の切り替えの速さは、ウチのお姫サマにも見習って欲しいもんだ。

「…忍び込むだけじゃなくて盗み聞きまでするなんて、大層な騎士様ね。
 ……それで、アタシに勝って欲しいから、何?
 …タダの応援?
 …勝ったら報酬でもくれるの?
 ……それとも……」

「…お嬢ちゃんの揺ぎ無い勝利の為に、お姫サマを揺さぶるのに協力させてもらおうか、とね。
 タダの実力で負けるより、散々揺さぶられて、陥れられて負けるほうがオレとしても嬉しいし。」

雌の言葉に被せるように答えると、冷徹な顔がまたニヤニヤと笑い出す…釣られて俺もニヤニヤ。
しかし簡単に向こうの謀略の片棒は担がせてもらえないらしく、取り敢えずはお姫サマの戦い方についての情報を求められる。

「あー…戦い方自体はバランス良く、だな。
 特徴があるとすれば高速詠唱による二重詠唱ぐらいかな?
 …それよりも問題はその魔法だ。
 …一回戦を見て分かったと思うが、あのお姫サマは『聖』の魔法を操れる……なんでも、700年ぐらい前の先祖が同じようにかなりの神聖魔法の使い手の女だったみたいでな…その血が濃く顕れた賜物らしい。
 …っと、話がずれたな。
 …なんで、その『聖』の魔法を教えておいた方が良いか……
まずは≪≫…威力は小さめだがその気になれば一瞬で詠唱を終えられるほど詠唱の簡略化が簡単で、射程が長い。
んで、≪≫…詠唱は長く射程が短いんだが、威力は上々…予選では二重詠唱で≪聖矢≫と組み合わせて長射程かつ突進力で威力を高めてたな。
 そして≪≫…前二つの魔法ぐらいなら他の神聖騎士でも使えるんだが、このレベルになると無理だな…っていうか、お姫サマも今まで成功した事が無かった気がするんだが……とにかく、『聖』属性以外の属性は遮断される、出鱈目な魔法だ。
 ……後は≪≫っていう空を飛ぶ為の魔法と≪≫っていう≪聖域≫並に困難な攻撃魔法があるんだが…この二つは無視して良いだろう…飛ぶのに魔力使う余裕も無いだろうし、≪聖光≫は使えた所を見たことが無いし。」

どうも長々とした説明になってしまい、自分でもウンザリする。
雌の方を見るとやっぱりウンザリしているようだったが、それでも口元だけは変わらない。
…まあ、今問題なのはお姫サマの情報じゃなくて、俺がそれをアッサリ喋れるほどのロクデナシなのかどうかだし。

「…なるほどね、魔法の系統が厄介なのは分かったわ…
 ……でも、それも全力を出せれば、の話でしょ?」

…あぁ、この雌、やっぱサイコーだ…ここまで俺好みの悪どさとは……
けど、一体どうやって弱らせるつもりなのか…なんて考える前に向こうから切り出してきた。

「…じゃあ、アンタ何とかしてアイツにコレ飲ませて来てくれない?
 …後は、アイツが思わず揺さぶられそうな作り話でもしておいてくれれば、後はこっちでやるわ。」

俺の前に出されたのは小瓶一つ…中には水のように見える液体……だが、コイツは間違いなく……

「…なんだコレ?
……あぁ、孕み薬か。」

当然冗談だ。
…だと言うのに、目の前の雌は即座に否定した。
……なるほど、完璧な魔女かと思ったら意外なところでオンナノコしてるんだな……

「…コレは、飲んだ相手の魔力を暴走させる薬よ。
 …予選を見てたんだったら、どうなるか分かるでしょう?
 ……まぁ、本当は毒とかでも良かったんだけど…アイツ、きっと自分の魔法に自信持ってるだろうし…」

…取り乱したのは一瞬、すぐに鼻で笑うとご丁寧に説明をしてくれた。
…なるほど、お姫サマが≪≫の魔法を使えば楽しい事になりそうだ……と思いつつ、小瓶を受け取る。

…そこで、ふと気付く事が一つ。
毒薬を持つ雌ガキ…しかもこの異常な悪どさは……

「……まさか、お前って……」

その言葉はドぎつい視線で最後まで言わせてはもらえなかった…が、それはつまり肯定の証なわけだ。

「…ようやく気付くなんてね…
 ……アタシはアンタの名前と立場を聞いて分かってたけど…中間管理職のアリクスさん?」

今まで以上にニヤァッ、と哂う雌。
…まさか、こいつが何度か厄介になった薬師(当然裏の薬ばかりだ)だったとは……
サイコーだと思ってたが、まさかここまでとは……ヤベ、勃ってきた。

「…まあ、アンタのことは知らないわけでもないし?
 …だから、アンタの企みに手を貸してあげるわ。
 ……ああ、言うまでも無いでしょうけど、これはビジネスだから。」

…いつの間にか俺が協力するのではなく、俺に協力する、という話に摩り替わり、代金まで請求されている。
……しかし、実際俺の計画の一端を担ってもらう訳だからあながち間違いではない。

「…んじゃまぁ、ロクデモナイ奴同士、良い子ちゃんのお姫サマを陥れてやろうか…」

握手などと言う気色の悪い事はお互い望まない。
その代わりに代金として金貨の入った袋を手渡す……コレで二人ともニヤリと笑って交渉成立だ。
後は別れてそれぞれの企みを進めるだけなのだが…

「…ところで。
 なんでアンタは自分でやらないの?
 …アタシから毒を買ったりすれば幾らでもあのお姫様を嬲れると思うけど?」

ごもっともな質問…折角なので答えてあげよう。

「…まず一つは、それじゃあつまらないからな。
 ……そんな直接的なのじゃなくて、もっと色々と搦め手で行きたいんだよ。
 ……後は……オレに出来るのは縛る事と解放してやる事だけだからな……そういう直接的な手段は苦手なんだ。」

これで話はお終い、と俺は通路の角に姿を消す……と、最後に一つ。

「…そうそう。
 もしもお嬢ちゃんが負けた場合、神の正義を掲げる俺達ヘルディン神聖騎士団が逮捕してあげても構わないぜ……?」

敗北すれば捕まりかねない逃亡者に、大サービスと言わんばかりの保護の申し出をしておく。



―――さて、新しい手駒も手に入って…明日は益々楽しみだ―――



―――ATOGAKI―――
ということで今回は大会の裏で陰謀を張り巡らしている人物の話でした。
後はついでにその口を通してサヤの設定をちょろちょろと…説明台詞っぽくなってかなり反省。

さて、今回撒いた悪意の種がどのように根を張っていくのか…それは次回以降で。