□邂逅

MAGI_00 : 突然の巣立ち

 それは、『あの一件』から二年ほどが過ぎた頃だった。
 あの忌々しい事件―――時空神《グリニウス》によって歴史から『サプリーム・ソーサ
レス』が抹消されたあの体験―――以降、あたしは師匠《アイギースの魔女》の許でそれ
なりに平穏な生活を送っていた。

 そりゃ、相変わらず喧嘩だってするし、万事円満で満ち足りたとまではいかないが、そ
れなりに充実した生活を送っていた。
 けれども、何かせずには居られないという『焦り』に似た感覚があったかも知れない。
何かをしていなければ、あの時の『記憶』の全てが風化してしまいそうな、そんな気持ち
を抱いていた。
 だからあたしは、真面目チャンになったって訳じゃないが、それまで以上に魔法の修行
に打ち込んでいた。基礎魔術の研究に打ち込み、多くの知識を頭の中に詰め込めるだけ叩
き込んだ。
 その甲斐あって―――それまでが不真面目すぎたと言うこともあるかも知れないが――
―あたしの魔女としての実力は、自分でも分かるくらいにハッキリと向上していった。
 正直これまでは修行が楽しいなんぞと思ったことはこれまで無かったが、自分の実力が
目に見えて上がっていくのが分かるっていうのは、なかなか得がたい快感だった。

 そんなある日だ。突然あたしは師匠に荷物をまとめるように言われた。

「荷物まとめろって、旅にでも出るのか? ババァ。」
「ああそうさ、お前がね。」
「は? なんだって急にそんなこと。何かの修行か?」
「うるさいね。とっとと支度しな、愚図。」
「テメッ、ババァ! “愚図”とはなんだよ!」
「やかましいよ! 口動かさずに手ェ動かしな!」

 今にして思えば、この時の師匠の様子はいつもと違っていたように思うが、そんなこと、
あの時のあたしは微塵にも感じなかった。師匠に言われるままに旅の支度を調えた。
 どれくらいの旅になるのか、サッパリ分からないが、おそらく長旅だろう。そう考えて
念入りに荷造りをした。

「まったく、いつまで掛かってるんだい。そんなだから愚図なんだよ、お前は。」
「うるせぇな、ババァ。今終わった所だ。」
「ふん。まぁいいさ。」
「な、なんだよ人の顔じっと見て。」
「いいかい、マギ。一度しか言わないからよくお聞き。これが師匠としてお前に伝える最
後の言葉になるよ。」

 この時になって、ようやく師匠の様子がおかしいことに気が付いた。
 いや、気付かない方がおかしいだろう。いつも通りに振る舞おうとしているが、何か思
い詰めた様子で、急に改まったり、声のトーンが優しくなったり、こんな師匠の姿は今ま
で見たことがなかったかも知れない。

「“最後”ってどういう意味だよ、バ…師匠。」
「師匠と思うなら、黙って聞きな。いいかい、今からアンタの中に流れる血の秘密を教え
る。」
「…時空神《グリニウス》の分身である未来を司るヒペリオン、フロイントリッヒの末
裔』…」

 何でこの時に師匠が言おうとしたことが分かったのか、分からない。あるいは、『未来
の計測』というあたしに受け継がれた能力が、僅かに機能したのかも知れないし、そうで
はないかも知れない。
 とにかく、あたしは何でか知らないが、ババァの言おうとしたことを理解し、先に口に
してしまった。
 あたしの言葉を聞いた師匠は驚いていた。当然だ。今まであたしの血脈に関するような
ことは一言だって口にしなかったし、少しでもその話題に触れよう物なら怒鳴り散らして
話をうやむやにしていたんだから。

「なんだって、お前、その事を………」
「直接聞いたんだよ。時空神《グリニウス》の野郎に。時間の流れを修正するためと言っ
ていいように利用された。もっとも………だからといって、あたしごときでどうこうでき
る相手じゃないけど………」
「それでかい、急に修行に打ち込むようになったのは。」
「さぁ、無関係じゃないけど、直接は関係ないよ。」
「………報復するつもりかい。」
「違うよ。言ったろ? 『あたしごときでどうこうできる相手じゃない』って。あたしに
出来ることと言えば、野郎のしでかしたことを、死ぬまで記憶し続けることだけだ。」
「お前にしちゃぁ、懸命な判断だ。間違っても『時空魔法』に手ェ出すんじゃないよ。」
「分かってる。あんな代物………千年掛かったって使えやしないさ。『あの連中』でさせ
七百年掛けて無理だったんだ………。」
「誰だって?」
「この歴史に存在しない連中。時空神《グリニウス》の介入で、歴史ごと掻き消された連
中さ。」

 それから師匠に『サプリーム・ソーサレス』と『あの連中』、そして連中が使った時空
魔法の顛末について簡単に説明した。師匠はあたしが記憶していることを疑いもせずに聞
いてくれた。
 そして、おもむろに懐から古めかしい鉄の鍵を取り出してあたしに手渡した。その時の
手が、とても小さく、力無く見えた。
 あたしは、初めて見るこの鍵がどういうものか知っている。あたしの腕に付けられた手
枷の鍵だ。
 地味な鉄の鍵だが、よく見ると細かく細工がしてある。魔術に使う文様の一種だと言う
ことは一目で分かったが、それがどういった種類のものか、見当もつかない。古代の魔術
遺産というヤツだ。

「コイツが何なのか、言わなくても分かるだろ? お前に渡しておくよ。」
「師匠………一体、どういう………」
「お前は、これからお前自身の持っている力を、自分で管理できるようにならなきゃいけ
ない。まず、鍵を開けてみな。」

 言われるがままに恐る恐る、鍵を手枷に当てた。そしてゆっくりと、鍵を回す時の感覚
を確かめるようにしながら、手枷を外す。これを外すのはどれくらいぶりだろうか。手首
に外気が当たり、ひんやりとした感覚を覚える。他の部分に比べて手枷を填めていた部分
だけが際だって細く、白い。

 しかし、そんな感傷に浸る間もなく、とてつもない量の魔力が溢れだしてきた。それは
アマールと戦った時の数倍以上。たったの二年でここまで跳ね上がる物なんだろうか。
 全身から魔力が吹き出す。しかもその量がどんどん膨れあがっていく。その事に、恐怖
を覚え、慌てて手枷をはめ直した。

「なっ………何なんだよ、一体………」

 全身から嫌な汗が噴き出す。ジットリとしていて、それでいて冷たい。カタカタと体が
震えている。あたしは、あたし自身の力に怯えていた。魔力の絶対量なら、『あの時』の
アマールの方が上だ。あの時は、確かに身の毛がよだつ感じがしたが恐怖を感じることは
なかった。

「恐ろしいかい………自分の体が壊れるほどの魔力だ。無理もない。まさかこれほどまで
膨れあがってたなんてねぇ。少し遅かったかも知れないね。」

 『遅かった』という言葉の意味。それはあたし自身ではもはや制御不能ということ。

「け、けど師匠! これだけの魔力、一体どうしろって言うのさ! 一歩間違えりゃぁ…
……」

 あたしは体の震えを必死に押さえる。体がバラバラに砕けそうな感覚が、まだ残ってい
る。


「だから出てけって言ってるのさ。魔力の暴走に巻き込まれたらひとたまりもないからね
ぇ。」
「なっ!」

 信じがたい言葉に息を呑む。師匠は、あたしを見捨てた………?

「お前さんも、いっちょまえになったって事さ。後は実践で体に覚えさせるんだよ。」
「無茶苦茶じゃねぇか!」
「無茶でも何でも、やるしかないんだよ。その手枷を填めてさえいりゃぁ安全かも知れな
い。けどね、よくお聞き。その手枷だって万能じゃないんだよ。無理に魔力を押さえ込み
続ければ、いずれその魔力が暴発し、どんな危険なことが起きるか分からないんだからね。
最悪の場合、アンタが受け継いでいるフロイントリッヒの能力を受けて時空間に影響を与
えることだって考えられる。分かるかい?」

 言っている意味は、分かる。だから、頷いた。師匠がそれまでになく鋭い目であたしを
見ていた。
 もうこれ以上の言葉は必要なかった。やるしかない。自力で魔力を制御できなければ、
遅かれ早かれ、待っているのは最悪の死だ。いや、死でさえまだ最悪ではない可能性もあ
る。ただ、自分のせいで目の前にいる唯一の家族を死なせるようなことはしたくないと思
った。
 いつからだろうか。ずっと見上げるだけの、恐ろしい存在だったこの人が、優しい人だ
と気がついたのは。いつの間にか自分より小さくなり、最近では「老いた」という感じさ
え覚える。クソ元気で口やかましいクソババァだったが、今、こうして目の前にいるのは
年老いた一人の女性だ。その人は、たとえ血が繋がっていなくても、ただ一人の母親だ。

 あたしはてっきり師匠がくたばるのを看取るまでずっと一緒に暮らすもんだと思ってい
た。こんな形で追い出されるなんて思っても見なかった。

 その後、しばらく口論だか何だか分からないようなやりとりの後、あたしは『アイギー
スの魔女』を襲名して家を出た。まさか名前までくれるとは思っても見なかったが、この
名前があたしを護ってくれると言って、餞別として貰い受けた。
 その日からあたしは本名を封印し、『アイギース』を名乗るようになった。

「必ず帰ってくる。手枷無しでも生活できるだけの技量を身につけて、必ず帰ってくるか
ら。この家に、必ず。だから、それまで元気で、母さん。」

 これが、あたしが家を去る時に口にした最後の言葉だ。誰に聞かせるでもなく、家から
数歩離れた所で、呟くように言った言葉。
 森からの風に乗って、ひょっとしたら届いたかも知れない言葉。
 意地を張って、ちゃんと正面から伝えられなかった言葉。

 だから、必ず師匠の生きているうちに帰ってこようと思う。そして、次こそちゃんと伝
えようと思う。
 ずっとあたしの身を案じてくれている、ただ一人の女性《ひと》に。

 ―――ありがとう、お母さん―――と。



SCHWARZ_00 : 追憶

 夢を、見ていた。
 あれは、アタイが十六になったときだった。
 大好きな純白のドレスに身を包み、幼少の日の痛みからようやく立ち直って、笑顔で、
心からの笑顔で、暮らせるようになった頃。
 これまでの短い人生の中でもっとも幸福だったかも知れない頃。
 男に惚れて、夢中になって、修行をさぼっては師匠に怒られ、ろくすっぽ日課を果たせ
ないほどにいろんな事が楽しかった。

 しかし、楽しい想い出が一瞬で惨劇の記憶に変わる。

「師匠!」

 燃えさかる劫火の中、あたしは自分を育ててくれた人を探す。
 魔術の腕前はたいしたことがなかったが、気前がよく、心根の優しい気持ちのいい人だ
った。優しく、厳しい人だった。

 崩れ落ちる炎の中、あたしは探していた人影を見つける。しかし、焼け崩れる建物に阻
まれて近寄ることが出来ない。そして、あたしの育った家は崩れ落ちた。

 振り返れば、村の方からも火の手が上がり、人々の悲鳴や怒号、物の崩れる音などが大
気を揺らしていた。
 アタイが生まれた村は、盗賊の焼き討ちにあって滅びた。その後、人買いの手から師匠
の許に引き取られ、この村で過ごしていた。そしてまた、目の前で全てを奪われようとし
ていた。

「ブリッツ……ブリッツぅ!」

 アタイは、男の名を叫んでいた。目の前で、その男の住んでいた建物―――古びた教会
―――が崩れ落ちる。惚れた男の、断末魔の叫びが耳について離れない。アタイは過去の
痛みと恐怖を思い出し、身動きが取れなくなる。

「イヤ………ヤ、嫌ぁぁぁぁああ!!!」

 叫ぶ。しかし夢は覚めない。

 シーンが変わる。アタイは盗賊に捕らえられ、身動きが取れない。大好きな白いドレス
は引き裂かれ、ススと、泥と、血と、精液で汚されていた。盗賊がアタイの体の自由を奪
い、全身をくまなく蹂躙していた。
 何度も何度も膣内に射精され、肛門から男根をねじり込まれて犯され、年の割に大きく
張った胸を力任せに揉みしだかれて、そこにも精液が掛かっている。口には呪文の詠唱を
阻害するために猿ぐつわが噛まされていた。

「ふぅ、ふぅぅん! ふぅ………」

 口が塞がれていて、物が言えない。しかし、その僅かな抵抗が男達を刺激し、欲情させ
るのに一役買っていることに気がつかない。同じような声があちこちから聞こえる。

「………やぁ、やめてっ………」
「い、痛い! 痛い!」
「お願い、もう止めて。赤ちゃんがいるの。もう止めてぇ。」

 目の前ではアタイ同様に捉えられた女達が盗賊の慰み者にされている。
 女達の声に混じって子供達の泣き声が聞こえる。どこかに捕らえられているのだろうか。
 そして、一人の盗賊がアタイの方に歩み寄ってきた。

「ハッハッハ。傑作だなぁおい。お前、覚えてるか? 俺だよ。テメェのかぁちゃんを目
の前で犯してやったろう? そういや、その後無理矢理ねじ込んでやったっけなぁ。一生
のうちに二度も盗賊に襲われるなんざぁ運が無かったねぇお嬢ちゃん。あっはっはっはは
は。」

 少し離れて別の女を犯していた男が、その女から離れて近寄りながら言う。

「そりゃ気の毒だ。俺達と縁があるんだろうよ。他の奴ら以上に可愛がってやらねぇとな
ぁ!」

 ゲラゲラと腹の立つ胸くそ悪い笑い声が、女達の泣き叫ぶ声と、子供達の泣きじゃくる
声に混じって耳に届く。
 そして、アタイの中で何かが弾けた。

「ああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」

 絶叫。腹の底から憎悪が吹き出す。その場を充たしていた“負の想念”が一気に体の中
に流れ込んで、アタイの魔力と結びつく。爆発的に魔力が跳ね上がる。

(殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してや
る! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺し
てやる! 殺してやる! 殺してやる!)

 殺意と共に力が溢れ出す。そして、アタイを姦していたヤツを焼却《フレイムイレイザ
ー》で焼き払い、体の自由を取り戻すと目の前の男に殴りかかる。

「ちぃ! このアマぁ!」

 魔術封じの呪符を掲げ、アタイの焼却《フレイムイレイザー》を躱した男が掴みかかる。

「魔女ッつっても、呪文の詠唱が出来なきゃ………」

 その魔術封じの呪符を貼り付けられたアタイを、別の男が後ろから殴りつけ、アタイは
地面に押さえつけられていた。だが、その状態でアタイは手に籠めた空刃《ソニックスラ
ッシュ》で数人の男を切り裂いた。

「馬鹿なっ! テメェ何をっ!」

 それが、その男の最後の言葉。アタイの拳が男の頭蓋骨を砕いていた。
 そう、魔闘術の誕生した瞬間だ。そこで夢は終わる。

 目が覚め、窓の外を見る。月は出ていない。朔夜だ。星々が瞬き、静寂が満ちていた。
 全身にジットリと汗をかいている。着ている物を全て脱ぎ捨て、窓を開け、肢体の全て
を夜風に晒した。
 町に明かりは灯っていない。こんな田舎だ。都会と違い、静かに夜が更けてゆく。

 あの時、その後の記憶はない。気がつけば、全ての盗賊をアタイが殴り殺していた。
 そして、アタイは師匠から受け継いだ秘術を用いて生き残った村人の『痛み《ペイン》
』を奪い、代わりにアタイの中に生まれた強大な力を少しずつ分け与えて彼らを治療し、
その日のうちに村を去った。
 そして、アタイは「撲殺の魔女」と呼ばれるようになっていた。

 あの日以来、アタイには幸福はない。村人全ての痛みと不幸をこの身に背負っているの
だから。

 夜風が、悪夢で嫌な熱を帯びた体を優しく冷ましてくれる。
 足下に転がっていた酒瓶の中から、中身がまだ入っている物を拾い上げ、口に運ぶ。

 忘れよう。嫌な物は全て。

 そうやって、あの日から生きてきたのだから。酒と快楽におぼれることで、ようやく命
を繋いできたのだから。
 そして、アタイは再び眠り、目が覚めると、既に夕方近くになっていた。

「あーあ、また今日も寝過ごしちゃったや。」

 体を起こす。昨日はあのまま床で寝てしまったみたいだ。全裸のまま立ち上がり、ドレ
スを身に纏う。
 漆黒の、古びたドレス。
 スカートは腰の辺りまで裂けていて、ショーツが見えている。胸元は大きくはだけ、か
ろうじて乳首を隠す程度に布がある。腰には何本もの細い革ベルトをコルセット代わりに
ドレスの上から巻き付けてある。
 そして、相手を殴る際に腕を保護するように小手を仕込んだ手製の長手袋を填め、足に
は、似たようなブーツを履く。

 アタイは、少し早いが、酒場に降りてゆく。ここ数日のアタイの宿であり、仕事場であ
り、苦しみを忘れさせてくれる場所。

「オハヨウ! もう夕方だけどね!」

 上っ面の元気を振りまいて、店の主人に挨拶する。小柄で、若い男。暑苦しい系の顔つ
きのくせに、妙に小綺麗なところがある。ここに着いてそうそうに喰った男。

「お嬢、今日発つとか言ってなかったか?」
「やー、またまたまた寝過ごしちゃってさぁ。今夜も「バイト」させて。お願い。何なら
もう一発やらしたげるから。」
「ははははは、それだきゃぁ勘弁してくれよ。お前と寝ると干物にされちまうよ。ま、働
いてくれるってんなら、蔵から酒樽を運び出しといてくれ。」
「OK。っと、その後で飯喰わせてくんない? 腹減っちゃってさ。」
「ああ、用意しとくよ。ちゃんと金は払って貰うけどな。」
「けちー。」

 これが、今のアタイの姿。
 夜の闇だけがアタイを癒やしてくれる。
 その、闇の色に似たドレスを纏い、酒場から酒場をさすらう。
 アタイに幸福はない。あるのは悪運だけ。
 アタイは「撲殺の魔女」。気に入らない連中を殴り殺し、男をあさり、酒におぼれるだ
けの存在。
 そこに、かつてささやかな幸福を追い求めた少女の面影はない。

 希望があるとすれば、今もどこかで生きているかもしれない生き別れになった血の繋が
った家族との再会の約束だけ。



MAGI_01 : 一方的な再会

 師匠の許を離れてから数ヶ月が経ち、「手枷を填めたアイギースの魔女」がある程度の
知名度を得るようになった頃、あたしはあいつと再会した。

 あまりにも意外で、よもや出会うなどとは思っても見なかったアイツと………。


 それは、とある酒場に立ち寄った時のことだ。

 あたしが久しぶりに呑もうと思って店に近寄ったとき、鋼鉄製の胸当てに大穴を空けら
れた男が―――それも、あたしが嫌いなゲスな顔つきの男だったが―――絶叫を上げてド
アからたたき出されてきた。

「ぐぁぁあああ!!!!」
「ゲスチンのくせにアタイの酒に手ぇ出すんじゃねぇ!」
「おい、大丈夫か!」
「逃げろ! アイツは“撲殺の魔女”だ!」

 男の悲鳴と女の怒声が店内から聞こえ、慌てて数人の男が飛び出し、例の男を担いで一
目散に走り出した。

「あっはっはっは。」

 店内からはご機嫌な笑い声が聞こえる。さっき男達に怒鳴りつけていた女の声だ。
 その時、男の漏らした「撲殺の魔女」というものに聞き覚えはあったが、どこのどうい
う魔女だったかまではその時は思い出せず、その事がかえって女の正体に興味を持たせた。
 普段ならこんなゴタゴタした所に入るのはまっぴらだったが、好奇心からあたしは中を
のぞき込んでしまった。

 そこは、大衆酒場で、男も女もいろんな奴らが酒を酌み交わしていた。
 そんな中、ひときわ目立つヤツがいる。
 積み上げられた酒樽の上に座り―――その周囲に転がっていうる内の幾つか空になって
いるようだ。―――酒樽を担いで一気呑みする一人の若い女の姿。

 その姿を見て思わず叫んだ。

「シュ、シュヴァルツ=ヴォルグッ!?」

 アマールとなら、どこかで出会えるだろうかと淡い期待混じりに思っていた。しかし、
よもやこいつと出会う羽目になろうとは。
 グリニウスのおかげで、神とやらは相当いけ好かねぇ奴らかも知れないと思っていたあ
たしだが、この瞬間ほど「運命の神」を恨んだことはない。
 声を上げた瞬間に、しまったと思うが、遅かった。すぐに気付かれた。

「あ? アンタぁアタイのこと知ってんだ? アッタイも相当有名人よねぇ。あっはっは
っは。」

 出来上がっている。近寄らない方が良いと思い、慌てて店を出ようとするが、側に座っ
ていた男に腕を捕まれた。

「お嬢ちゃん、知り合いかい? どうだい、一勝負。」

 店中に聞こえるようにあたしの腕を掴んだ中年のオッサンが声を上げる。

「ふざけるな! あんな酒乱と何勝負するッてんだよ!」
「そりゃ、酒場だもんよ。呑み勝負に決まってるで。」
「良いぞー、嬢ちゃん。やれーやれー。」
「やりたきゃテメェらでヤレっての!」
「いやぁ、俺等みーんなして負けちまってなぁ。」
「敵とってくれー。」
「あの嬢にビール頼むわ!」
「勝手に話を進めるな!」

 と、こんな勢いでシュヴァルツと呑み勝負することになったんだが、シュヴァルツの凄
いこと、一体一人でどんなけ呑んだんだか分からない。
 既に出来上がってるヤツ相手なら勝てるかも知れないと思っていただけに、後悔した。
いや、飲み過ぎたことについて、だ。
 アイツに勝とうと思って、このときは結局有り金全部飲み代にしてしまった。いや、こ
の時は有り金だけでは足りなかった。
 以来、こいつと呑むと、ずっとこんなんばっかだ。

 で、お互い魔女って事もあってか知らない間にうち解けていた。まぁ、はじめの呑み勝
負がきっかけだったのは間違いない。
 あたしはこんなヤツと友達になるなんて思ってもみなかったし、知り合いにいるだけで
もはた迷惑だと思ったぐらいだったけれど、どういう訳かお互いに気が合い、気がつけば
ダチになっていた。



SCHWARZ_01 : 一方的な出会い

 アタイのいつもの日常が始まる。そう、この日まで、いつもの日常と思っていた生活が。
 けれど、この日を境にアタイの日常が変わる。
 あの子と出会ってしまうから。夜の闇に似た、不思議な安らぎを与えてくれるあの子と。
 その子が、アタイに本当の意味での生きる希望を与えてくれたから。

 その子は、突然に現れた。

「シュ、シュヴァルツ=ヴォルグッ!?」

 名前を呼ばれ、声のした方を見る。
 酒場の入り口に小綺麗な女の子が立っていた。不思議なことに、長い鎖のついた手枷を
填め、首飾りには、その錠を外すとおぼしき鍵があしらわれていた。
 体つきや全身から漂う魔力の波動で、その子が特別な修行を積んだ能力者―――魔女―
――であることを知る。まぁ、魔女ならばアタイの事ぐらい知ってても不思議じゃない。
 けれど、そんなのはどうでもよかった。
 相手が何者で、何で自分を知っているかなんて。
 今大事なのは、気分良く酒を飲むこと。
 その子は、周りにけしかけられる格好でアタイに呑み勝負を挑んできた。
 負けん気が強いらしい。

「OK。そんじゃ、ルールはどっちかが先に潰れるか、「参った」と言った方が負け。負
けた方が勝った方の飲み代払うのよ。いいわね?」

 目の前に大ジョッキに入ったビールが並ぶ。

「ゴチ。」

 アイギースと名乗ったその子は既に勝ったつもりでいるらしい。まぁ、傍目にはとっく
に出来上がったへべれけにしかアタイは見えないだろうからね。

「あっはっは。もう勝った気でいるんだ。いいねぇ。そういう子、結構好きよ。」

 耳元に息を吹きかけるようにして言いつつ、腕を回して彼女の胸に触れる。というか鷲
掴み。

「うわっ、寄るな酒乱。変な所触るなっ!」
「いいじゃないの。女同士なんだし。それとも、感じちゃった?」
「あーうるさい! とっとと始めるわよっ。」

 見た目よりも結構ボリュームのある胸元だった。少し惜しかったが手を振りほどかれ、
仕方なく尻を撫でる。
 すると、ビクッと体を震わせてからアタイの方を睨み付けた。

「やめんか! このエロオヤジ!」
「あっはっは。かーわいー。」
「いい加減にしろよ!」

 さて、これ以上虐めるのはかわいそうだし、勝負開始。
 3・2・1で呑み始め、二杯、三杯とジョッキが増えてゆく。

「………ぷは。ん? なんだもう寝ちゃったノン?」

 気がつけば、隣でその子が眠っている。ジョッキをしっかりと握りしめ、すぅすぅと寝
息を立てていた。

「もう十分も前から寝てるぞ。気付くの遅すぎだ。」

 店の主人がそういって並んでいるジョッキを下げる。周りを見れば、客の数が減ってい
た。

「あや。ショーがない子ねー。よっこいしょ。この子、あたしと相部屋ね。明日払わせる。

「ん? 客に手ェ出すなよ。」
「やーねー。寝てる子は襲わないわよ。起きてたら押し倒すけど。」
「店の品格が落ちるから、そういうことをデカイ声で言うんじゃない。」
「あっはっは。もーとから品格なんて大して無いでしょーが。」
「うるさい。バイト代払ってやんねーぞ。」
「やーん、いけずー。」

 主人に挨拶をして、階段を上る。そして、アタイはベットに彼女を寝かせて、その子を
抱きしめるようにして眠った。
 不思議なことに、その日は悪夢を見なかった。いや、その日から悪夢を見なくなったと
言うべきか。
 もっとも、次の日の朝に、強烈なビンタでたたき起こされちゃったけど。



MAGI_02 : 女同士のデート

 マギと出会った翌朝。あたしは酷い頭痛で目を覚ました。

(あー、昨日飲み過ぎちゃったかなー。)

 昨日のことを思い出す。

(そうだ、酒場でシュヴァルツと会ったんだっけ。そんで、………あー、何で呑み勝負何
かしたかなー………)

 頭を枕に押しつける。とても柔らかくて、いい香りがする。そして、心地よい温もり。
頭痛が少し和らぐような気がする。
 気がつけば、あたしは何かを抱きしめている。それだけじゃない、抱きしめられてい
る?

 慌てて目を開けと、そこにはあたしの頭と同じぐらいはあるんじゃないかというような
大きな胸が。

(へっ? な、なに?)

 顔を上げると、怖気がするほど綺麗な女性の顔があり、ドキリとする。
 小さく寝息を立て、気持ちよさそうに眠っている。
 あまりにも印象が違い、その顔が誰の顔であるのか認識するまで少し間が開く。

(シュヴァルツ………? 嘘ッ!?)

 シュヴァルツというと、馬鹿で、どうしようもない馬鹿で、馬鹿だとういう印象しかな
い。

(なっ、何でこんなに美人なのよー〜〜!)

 頭が痛いのを忘れて凄くドキドキする。本当に、美人だと男も女も関係ないらしい。が、
そう長いこと頭痛を忘れていられるはずもなく、すぐに激しい痛みに襲われて蹲る。する
と、丁度またシュヴァルツの胸に顔を埋める格好になる。
 そしてシュヴァルツの体があたしの方に寄ってくる。

(きゃー、アンタ寝ながらでも襲うのー!?)

 そう思うが、どうやら違うようだ。シュヴァルツの腕には力が入っていない。ただ、優
しく包み込むようにあたしを抱いているだけ。少しパニックになりながら、腕に力が入る。
と、またシュヴァルツの体が迫る。

(え、なに? あたし?)

 ようやく、自分が抱きしめているのがシュヴァルツであることに気がつく。どうやらず
っと抱きしめた格好で寝ていたようだ。恥ずかしさのあまりに耳まで熱くなる。慌てて離
れようと顔を上げると、またシュヴァルツの顔が至近距離に迫る。そして………キスされ
た。
 偶然だと思うし、そう思いたい。あたしが動いたことでシュヴァルツの方も動いて、丁
度唇がおでこに。

 それから頭が真っ白になって、気がつけばシュヴァルツの頬をビンタで叩いていた。

「いったーい。」

 頬をさすりながら、涙目であたしの方を見ている。

「ご、御免。痛かった?」
「痛いって言ってるじゃないの。」

 少しムッとした感じでシュヴァルツがふて腐れる。

「だっ、だって仕方ないじゃないの! あんな、あの、大体何でアンタと一緒に寝てんの
よ!」
「なんでって、アイっち潰れちゃったからアタイの部屋に運んだんじゃない。って、あー
もう、泣くんじゃないの。」

 シュヴァルツに抱きつかれる。抵抗できない。いい香りがして、柔らかくて、心地いい。
抱きしめられて、はじめて泣いていたことに気がつく。

「あーよしよし。別に寝込み襲った訳じゃないから、安心しな」

 その言葉を聞いて、耳まで赤くなる。「何かされたかも知れない」と、期待していた自
分に気がついて、恥ずかしくなる。
 そんな時に、また頭痛がぶり返してきた。

「いっ、たたたたたた。」
「なに、二日酔い? 意外と弱いのねー。あれくらいで。たったの二十杯じゃないの。」
「えっ、あたしそんなに呑んだの?」
「そんなにって、たかがビールよ?」
「大ジョッキで二十杯も飲んだら、死ぬわよ! いたたたたたた。」
「あーあー、大声出さないの。ちょっとまってな。今治してあげる。」

 そう言うと、シュヴァルツの綺麗な顔があたしの目の前にせまり、あたしの唇を奪った。
柔らかい唇の感触と、シュヴァルツの呼吸にドキリとして息を呑む。
 シュヴァルツはただ唇を奪った訳じゃない。キスと同時に、何か、エネルギーのような
モノがあたしの中に流れ込むのを感じた。一方で、あたしの頭痛がみるみる引いていく。
 シュヴァルツの唇が離れたとき、あたしの頭痛は完全に引いていた。胃のむかつきもす
っきりしている。
 けれど、そんなことよりシュヴァルツに唇を取られたことに驚いて、自分の口元を塞ぐ。

「あんた、男が怖いんだ?」

 不意に、予想外の言葉を掛けられ、驚いて顔を上げる。

「図星? っていうか、セックスが怖いって感じね。安心しな、そういう子には手ェ出さ
ないから。」

 何も言えないでいると頭をぐしゃぐしゃと撫でられ、肩を叩かれた。

「今のは『キッステラピー』って言ってね。キスを触媒として相手を癒やす秘術よ。軽い
怪我とか、体調不良とか、二日酔いみたいなモノだったら、これで一発よ。」
「え? ああ、そうなんだ。てっきり、アンタの趣味でされたのかと………。」
「ま、趣味でもあるんだけど。」
「え゛?」
「あーそうだ。起こしてくれてアリガトね。おかげで今日は寝坊せずに済んだみたい。」

 シュヴァルツは戸惑うあたしを尻目にそう言いながら窓辺に寄り、朝の新鮮な空気を部
屋の中に取り入れる。

「うーん、きんもちイイーー。」

 伸びをするシュヴァルツの乳房がドレスからこぼれ落ち、露わになる。

「あ、アンタ何やってんのよ!」

 慌ててシュヴァルツを窓辺から遠ざけ、胸元を隠す。

「ん? 別に見られても減りゃーしないし、イーじゃないの。」
「いいわけ無いでしょ! 一緒にいるあたしまで痴女に思われたくないのよ!」

 そんなやりとりの後、あたしはシュヴァルツの身支度を手伝った。女だって言うのに、
髪をとかすことさえしないシュヴァルツの頭はボサボサで、寝癖を取るのに一苦労だった。
 その後、下に降りていって清算を済ませようとすると、金が足りないことに気付いた。
仕方なく、しばらくこの酒場で厄介になり、働いて返すことになった。

 昼間は店を閉めているということで、することもないから町に出ることにした。シュヴ
ァルツの身につけていたズタボロのドレスを新調し、簡単に胸がはだけないようにし、他
にも、手袋や長靴、帽子も新調。シュヴァルツはメイクなんか要らないと言ってたけれど、
女の身だしなみだと言ってきかせ、簡単なメイクを済ませる。
 正直、ほんの少し手を加えるだけで信じられないほど美人になる

「まったく、アンタ元が綺麗なんだから、少しぐらいオシャレしなさいよ。」
「うーん、酒に金掛けた方が楽しいんだけどなー。」
「はー、アンタそれでも女?」
「女がおしゃれしなきゃならないなんて法律、聞いたこと無いよ?」
「そーいうこと言ってるんじゃなくて。」
「アイっちって、結構お節介なんね?」

 いわれて、少しムッとする。

「悪い?」

睨み付けるようにしてシュヴァルツを見ると、急に顔を近づけてきて耳元で囁いた。

「可愛い。」

 そう言われて、耳まで真っ赤になって何も言えなくなった自分が情けなかった。



SCHWARZ_02 : 旅立ち

 アイが酒場で働くと聞いて、少し心配になったので一緒に働くことにした。
 アイは、自分のことだから自分でするといって、はじめは一緒に働くことを拒んだが、
適当なことを言ってなし崩し的に了解させた。
 そしたら、アイは一緒にいるのなら身だしなみぐらい整えろと言って、アタイの衣装を
買い換えてくれた。何だってこの子はこうも一生懸命なのかしらね。
 ただ、一緒に買い物していて、意外とこの子は世間知らずなのが分かった。買い物する
ときに、相手の言い値でそのまま買っている。そんなんだからお金が足んなくなるのにね。

 そして、その日の夜、酒場で客寄せやらウエイターの真似事やらやっていると、案の定、
いろんなところでボロが出る。
 結局、食器壊したり、客の機嫌損ねたり、色々とやらかしてくれた。

 まぁ、その日の売り上げには貢献していたみたいだから、次の日には代金を差し引いた
分の給料が手渡してもらっていた。

「おー、オマエラ元気でな。若い女が、あんまり飲み過ぎるんじゃねぇぞ。」
「ゴチューコク、どーも。コイツさえいなけりゃ、あんなには呑まないさ。」
「アタイは、何処行っても同じさ。」
「まったく。まぁいい。道中気を付けてな。」
「ありがと。」
「それじゃ。」

 店の主人はわざわざ店の前で見送ってくれた。挨拶を済ませると、アイはさっさと歩き
出して行った。
 それを見てアタイは慌てて彼女の腕を掴む。

「って、ちょい待って。ねぇ、アイっち、次、何処行くつもり?」
「どこって、別に。気が向いた方に行くだけさ。」
「えっ、なんだ。アタイと同じね。」

 そう言うと、アイがあからさまに嫌そうな顔をする。

「………一緒に来る気か?」
「当然。」

 アタイの返事を聞いたとたん、バッ、と腕を振りほどこうとするが、そう簡単には手放
さない。腕を振り回しながら、アイはこっちを見ないですたすたと歩き出す。

「来るな。」
「えー、『旅は道連れ』って言うじゃない。」
「アンタの『道連れ』にあって恥じかくのは御免だよ!」

 振り向き、怒鳴る。しかし、そんな彼女に構わず、今度はアタイが彼女の前に立って歩
き出した。

「イーじゃん、サー、レッツごー!」
「勝手に仕切るな! って、おい! 引っ張るな!」
「んじゃ、大将! 世話んなったね! そいじゃ!」
「うわっ、人を担ぐんじゃない! 人さらいかお前は!」

 アイをひょいと持ち上げ、肩に担いで、酒場の主人に挨拶する。
 けれど、酒場の主人は軽く手を翳して、そのまま店の中に入っていった。

「あー、ノリ悪ーい。」
「そんなのどーだっていいから、とっとと降ろせ馬鹿。」
「アイっちって結構軽いのね。」
「いや、標準より少し重いくらいと思う。」
「あー、お尻おっきいモンねー。」
「大きくない! そんなこと大声で言うな!」
「あっはっはっは。アイっちの声の方が大きいって。」
「いーから降ろせー!」

 こうして、アタイとアイの二人旅が始まった。



MAGI_03 : 女二人旅

 二人で旅をする間、あたし達はよく喧嘩をした。大概は酒代についてだったが、他にも
ずっと些細なことでよく喧嘩した。
 それがあたしには、とても新鮮で、楽しかった。魔女に育てられて外界と隔離された生
活を送っていたために同年代の友達なんて居なかった。お互いに、そういう所で似ていた
のかも知れない。
 きっと、あたし等と同じ年代の他の連中も、いや、それだけじゃなく、多くの町娘や村
娘達も、こんな風に友達と時間を過ごすものかなんて、考えるようにもなった。

 シュー(シュヴァルツをあたしはこう呼んでいる。シューはあたしのことを『アイギー
スの魔女』から取って、アイって呼ぶ。)の困った所と言えば、酔うと脱ぐ事だ。すぐに
乳を出し、股を広げて男を誘う。
 そのたびにあたしはシューを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、大概あたしが負けて脱がされ、
二人して外に放り出された。
 幸いにも犯られる事はなかったが、次の日に必ず勘違い野郎が迫ってきて、騎士団の詰
め所にフクロにした野郎どもを突き出しにいったものだ。叩きのめしたゲスどもの大半は
賞金首だったりするモンだから、金に困ると言うことはそれほどなかった。
 そんな事ばっかりやっているせいか、あたしら二人は魔女と言うよりも傭兵や戦士とい
った連中と同列に見られる事がこの時期は多かった。

 それと、シューが目的を持って旅をしていることに気がついたのも丁度このころだ。聞
けば、生き別れになった弟と再会の約束を果たすためだという。
 シューに弟が居たなんて聞いた時には、そりゃもう驚いた。何たって、こいつに兄弟が
居た事自体が意外だった。
 しかし、シューは弟が待つという国境付近の村に行くまで、随分と遠回りというか、無
駄な旅を続けていて、その事を疑問に思って訪ねてもこのときは何も教えてくれなかった。
 普段は馬鹿みたいに何でも話すのに、この時ばかりは異常なほど神経を周囲に配って話
をしていた辺りから、弟が賞金首か何かなんじゃないかとその時のあたしは思った。
 結局、その推測は悲しいくらいに外れていたんだけれども。



SCHWARZ_03 : 弟

 随分と遠回りになったが、ようやくアイツの待つ村にたどり着くことが出来た。
 アタイの、たった一人の家族。生き別れの弟。
 『組織』の連中も上手いことどっか行ってくれたし、これでようやくあの子と合うこと
が出来る。

 弟は、人買いの手に渡ってすぐ、ある犯罪組織に売り渡された。殺人人形《キリングド
ール》として調教するためにはまだ幼い弟のような子が必要だったらしい。
 そして、二年前に再会した弟は組織最強の暗殺者としてその頭角を現していた。当時の
あの子は感情が壊され、『喜び』以外の表情を表に出さず、笑顔で次々と人殺しを重ねる
だけの存在になっていた。
 幸い、アタイのことをすぐに認識し、組織を抜けるように言うと素直に従ってくれたが、
その後が大変だった。

 弟は、その組織を壊滅させたのだ。

 たった一人で、数百人の手練れを相手に殺しまくっていた。それも、笑い声を上げなが
ら。
 その光景を見たとき、どうしてあの子はあんなになってしまったのだろうかと思った。
けれど、あの子はずっと昔からこうすることを決めていたようだった。これが、あの子な
りの連中に対する復讐だったのだ。自らの育て上げた最強の殺人人形によって、自らが滅
ぶ。
 それが、あの子の創り上げた復讐のシナリオだったのだ。

 だが、それで完全に終わりにはならなかった。別の組織が壊滅した組織の残存を取り込
み、アタイ等をつけねらうようになったのだ。
 一方は残虐性で知られる『撲殺の魔女《ビートキルウィッチ》』、もう一方は最強の殺
人人形『笑顔の殲滅者《ラフィングアニヒレイター》』。脅威であるが故に、初めのうち
は大量の刺客が送られてきた。ある時など、幾つもの盗賊集団を煽動して数千人に膨れあ
がった戦力でアタイ等を襲わせた事もあった。
 もっとも、それを撃退して以降、監視するに留まり表立って手を出すようなことはなく
なったが、常に監視された生活というのは精神的に苦痛でしかない。だから、アタイ等姉
弟は組織の連中を撒いて誰の目も機にすることのない生活を手に入れることにしたのだ。

 いったん二手に分かれ、デタラメに旅をして、二年以内に追っ手を撒いて、アタイの第
二の故郷の村で再会することにした。一度は盗賊に滅ぼされ、生き残りの手によって蘇っ
た村。アタイが、撲殺の魔女となった村。

 この二年のうちにアタイは『竜殺し《ドラゴンスレイヤー》』の名も得たことで、一時
期監視が強化された時期もあったが………その旅も、ようやく終わる。

 あの子は、心を取り戻せているだろうか。それだけが気がかりだ。



MAGI_04 : 馬鹿姐炸裂

 シューの弟と会ったのは、二人で旅をするようになってから半年後のことだ。
 名前は「ガラハド=ヴォルグ」。愛称は「ガラ」。今年十八歳になる、あどけなさの残
るヤツだった。というか見てくれはショタだ。
 背は145cmほど。あたしより低い。シューが170cmだから、その身長差25cm!
 とてもじゃないが、ひとつ違いの弟とは思えない。
 でも、二人とも同じ灰色の髪と金の瞳、そして白い肌をしていたので、血が繋がってい
るのは確かなようだ。

 こいつは不思議なことに、左腕にだけガントレットを填めていて、背中には自分の背丈
より長い幅広のバスタードソードを腰の辺りで水平に背負っていた。
 シューが言うにはガラは剣術の才能があるらしい。それにしても、この小柄な体で、よ
くあれだけの大剣を使えるものだ。
 会ったその時に、演技を見せて貰ったが、なかなか、たいしたものだ。

 けど、この時のシューの行動にはあきれたものだ。

「へぇ、凄いじゃない。見た目はただの子供なのにねぇ。」
「あは、やっぱり子供っぽいですか………。」
「良いんだよ、ガラは可愛いから。けどこっちは………」

 そういいながらおもむろに、そして素早く、シューがガラのズボンに手を回してペニス
を引きずり出した。

「わわっ、シュー何するんだよ!」
「ほら、立派な大人でしょ、アイ。今晩あたり試しても良いわよ。」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、頭はピンクなんだけど人並み以上に大きなガラのペニスに
キスをする。

「シュー、アンタ自分の弟でしょうがっ!? な、何やってんのよ!」
「駄目だよ、シュー、そんなっ、ぁっ…」
「ふぁふぃっふぇふぇふぁふぃふぉ。」
「しゃぶりながら言うなっ! 人が来たらどうするんだ!」
「シュー、まだお日様高いよぅ…駄目だっってばぁ…」

 恥ずかしそうに耳まで赤くしながら涙目でシューに抗議するガラだが、どうにも逆らえ
ないらしく、次第に腰を振り始める。
 じゅるじゅると卑猥な音をわざと立てて、シューがガラにフェラチオをする。
 はじめに亀頭の割れ目に軽いキスをして、次にチロチロと舌先を使いキスをした部分を
なめ回すと、ぴくぴくと痙攣するようにしてペニスが膨らみ出す。
 ある程度勃つとすぐに舌全体を使って根本から先っぽまでをシゴクようにして愛撫する。

「んっ………ほら見て、アイ。おっきいでしょ。こっちは剣術以上に凄いんだから。」
「弟まで手ぇ出したのかよ、テメェは!」
「はぁっ、はぁっ、シュー、どうするんだよう、これ………」

 ガラの問いには答えずにシューは胸元をはだけ、「不必要だろそれ」って言いたくなる
ほどの見事な巨乳を露わにして、パンパンに勃起したペニスを挟み込んだ。
 こうしてみると、シューの体つきは本当にいやらしい。
 メロンのように見事な巨乳。あたしよりもキュッとくびれたウエスト。その下にはスイ
カのように大きな、肉質的なおしり。そして太股。それでいて長くすらっと伸びた足。
 シューの挑発的な服装が、より一層エロティックにその肢体を際だたせている。

「大丈夫。姉ちゃんが気持ちよくしたげるから。」

 そういって、自慢の胸でガラのペニスをしごきはじめた。
 その後のことはあたしは見てない。あまりのことにあきれて先に宿の部屋へ引き上げた
からだ。



SCHWARZ_04 : 姉弟

 ガラと再会してすぐに、あまり状態が良くないことが分かった。
 笑顔の奥に、凶器のようなモノを感じる。あまりにも危険で、怪しい輝き。
 アイはこの子の危うさに気付いている様子はない。まぁ、普通は気付かないだろう。と
りわけアイは世間知らずで、こういった裏社会のヤバイモノは知らないはずだ。

 だから、アイに気付かれないように、この子を治療することにした。

 馬鹿な姉を装って、ガラにキッステラピーを施す。
 ペニスにキスすることで、ガラの中に膨れあがった『殺人欲』を『性欲』に転化。瞬く
間に膨れあがるペニスがガラの中にあったどす黒い欲望の深さを思い知らせてくれる。

「シュ、シュウぅっ、あのオネィサン、行っちゃったよぅ。」
「ああ、アイっちはこういうの嫌いだから。」
「ふっふぁぁぁっ!」

 びゅるびゅるっと胸の谷間に熱いものが吹きかけられる。かなり濃く、量も多い。臭い
もきつい。胸の間に挟まったガラのペニスは、収まる気配がなく、未だに悠然と脈打って
いる。それを見てキッステラピーでは間に合わないと感じ、ガラを抱くことにした。

「おいで、ガラ。ネェチャンが治してあげる。」
「う、うん。」

 ガラをつれて物陰に行く。そして、ガラの服を脱がせていった。
 ガントレットを外す。そこに通常ならあるはずの腕が、ガラにはない。組織にいる間、
任務中に腕を落とされ、その後、任務に支障を来すという理由で組織が与えた魔術義手が、
この子のガントレットだ。
 全て脱がせると、アタイのドレスも脱ぐ。
 アイに買って貰ったドレス。茂みの上にそっと畳んでおく。

「よく我慢したね、ガラ。ネェチャン嬉しいぞ。」
「うぁ、シュゥ。いきなり、そんなっ………」

 おもむろにガラのペニスを自分の股間に押し当てる。
 太股で挟み込むようにして、腰を振る。勃起したクリトリスがペニスに擦れて、ゾクゾ
クとした快感が背筋を駆け抜ける。次第にヴァギナから愛液が滲み出し、すぐにぐちゃぐ
ちゃと音を立て始めた。

「ネェチャンが、癒やしてあげる。ほら、我慢しないで。」

 ガラの耳を甘噛みする。舌をガラの耳の穴に入れて、犯す。

「はぁッ、はぁッ、あっ、うぁあぁ………」

 ガラはあえぎ声を上げながら、右手でアタイのお尻の穴をこね始めた。

「お尻が好き? 変態ね。」
「ち、違うよぉ。シューが、シューがぁ………」

 ガラの乳首にアタイの乳首を当てる。こりこりっとした感触と共に、快感が走る。

「乳首、びんびんね。そろそろ、入れてあげようか?」

 そう囁いたとき、ガラの腰の動きが一瞬速くなり、痙攣する。程なく、お尻から太股に
かけて暖かいモノがかかる。

「まだまだいっぱい出るよね? ガラ?」
「うん………。」

 ボーっとした定まらない視点でアタイを見ている。アタイは体を起こし、ガラのペニス
を掴んで股間に押し当てた。

「ほら、ガラ、見える? 先っちょが入ったよ。あっ、どんどん入っていくっ。はぁっん、
奥まで入っちゃった。けど、まだちょっと足りないね。」

 ガラのペニスが腹の奥に当たる。子宮の入り口に押し当てられ、ぐりぐりと擦れる。
 それでもガラのペニスはまだ余っていて、ガラとぴったり密着することが出来ない。
 あえぎながら、ガラが腰を振る。ほとんど無心で、振り続ける。時々アタイの胸を揉み、
腰を掴み、お尻をなで、そうしながら一生懸命に腰を振っていた。

「はぁん、いいよ、ガラ。もっと振ってッッ。もっと突き上げてッッ。ひあっ、し、子宮
の奥までペニスつっこんでっっっ!」

 わざと淫らな言葉を選び、ガラを欲情させる。いやらしく腰を振り、ガラの射精を促す。
ガラの中のどす黒い感情が、濃厚な精液となってアタイの膣内を充たしてゆく。

「ああっ、シュー、ごめんなさいっ。ぼく、ぼくはっ………」
「いいのよ、ガラ。ネェチャンが癒やしてあげる。ネェチャンの中に、アンタの悪い所全
部出しな。代わりに、ネェチャンの愛が、アンタを人間に戻したげるから。」

 泣きながら謝るガラのペニスは、膣内に五回も連続で射精したにもかかわらず勢いが衰
えない。ガラの人間的に壊れた部分の根が、それほど深いことと言うことだ。
 ごぷっと音を立てて、ガラのペニスが抜ける。そして、今度はガラにお尻を向ける。

「ほら、ネェチャンのお尻だよ。アンタ、お尻の穴にしたいんでしょ?」
「そ、そんなことないよぉ。」
「嘘ついてもだーめ。ほら、お尻見たとたんに、ビンビンになってるじゃないの。」
「い、いじわるっ。」
「ほら、はやく。ネェチャンを待たせないでよ。」

 両手でお尻の穴を広げて見せ、腰を振って催促する。
 ガラは生唾を飲み込んで、おもむろに、あたしの後ろにねじり込んだ。
 肛門が、ガラの陰茎をしっかりとくわえ込む。
 程なく、ガラは犬のように腰を振り始めた。アタイも地面に跪き雌犬のように腰を振る。
そして、左の手でガラのペニスを掴み、右の手で自分の一番敏感な部分を愛撫した。
 胸は地面に押し当てられ、ぐにゃりと変形する。乳首が小石にあたり、擦れることで快
感になる。
 ガラは、背後からあたいの首の付け値を押さえ、女の子のような甲高いあえぎ声を上げ
てアタイを犯した。

「イイッ、イイよぉガラぁ。もっと出してぇもっと犯してぇ。」

 ほとんど何も言わないガラを相手に、あたしだけが言葉を発していた。
 何度ガラをイかせ、なんど自分もイったか分からない。ガラのペニスが収まったとき、
既に日は暮れていた。

「ふぅっ。お疲れ様、ガラ。よく頑張ったね。これでアンタは、もう大丈夫よ。」

 ガラの目の奥からは、危険な光が消えていた。そこには、何も知らなかった昔のガラの、
真っ直ぐな瞳があった。

「ごめん。」

 それからガラは、泣きながら謝った。ようやく、この子に心が戻ったのだ。

「ネェチャンなら大丈夫よ。ほら、服着て。」

 なだめながら、ガラに義手を取り付けると服を着るように促した。ガラは素直にそれに
従い、服を着る。アタイは精液でドロドロになった体を拭くと、昔のぼろぼろのドレスに
着替えた。アイのくれたドレスを汚したくはなかったからだ。

 宿に向かう途中、ガラが足を止める。

「どうしたんだい、ガラ。」
「あの、シュー。アイギースさんって、どういう人? いきなりあんなの見せちゃったか
ら、僕のことも、嫌いなのかな。」

 突然のことに驚いたが、嬉しかった。ガラが、再会してはじめて他人に興味を示した。

「惚れちゃった?」
「分かんない。けど、会うのが怖いんだ。」
「嫌われたかも知れないから?」
「うん。」
「大丈夫よ。アイっちはそんなに頭硬くないって。アタイのこと怒りはするけど、アンタ
のこと、嫌ったりしないよ。」
「ホント?」
「あの子は優しいからね。悪ぶってるけど。」

 アタイが大丈夫だというと、ガラの表情が明るくなった。そうだ。昔はこんな風にすぐ
に感情が表に出ちゃう子だった。アタイの可愛い、ただ一人の弟。
 そう思うと急に、ガラとアイをくっつけたくなった。だから、その後はガラとアイに対
してエロい悪戯をしないようにした。



MAGI_05 : 告白

 ガラとはじめてあった日、シューの行動にあきれたというのは建前だった。
 あたしは、どうも「あの一件」以来、男に対して、というよりもセックスに対して嫌悪
感を抱くようになっていた。
 「あの体験」がトラウマなんだろうということはよく分かっている。だからあたしは自
分の嫌悪感を他人に押しつけるつもりはないし、やりたきゃ勝手にやってくれって思って
いる。ただし、見えない所で、だ。
 あの場を離れたのも、見ていたくないからだ。あれから2年が過ぎたって言うのに、こ
の嫌悪と拒否反応は年々頑(かたく)なになっているような気さえする。
 たぶんあたしは、あの二人の光景をものすごく嫌な目で見ていたはずだ。あたしは、そ
の感情を二人に向けたことが、何より腹立たしかった。

 それから数日後、ガラが、あの時のことを話してくれた。あたしがずっと気にしていた
事に気付いて、シューのことを責めないで欲しいと言って話し始めた。

「責めるも責めないも、無茶苦茶だから怒ってんだ。」
「分かってる。けど、僕が悪いんだ。」
「一体なに言ってんのよ? アンタ無理矢理………」
「そうじゃないんだ。シューは、僕を治療してくれたんだ。」
「へ? 治療?」
「うん。キッステラピーは、知ってる?」

 あたしが二日酔いやら、体長崩したときに、シューは決まってあたしにおでこにキスし
て、それを癒やしてくれた。はじめに受けたキッステラピーは口づけだったが、あたしが
そういうことに拒否反応を示してからは、おでこになった。

「で、アレがキッステラピーだとでも?」
「ううん。違う。それよりずっと強力な、秘術。『セクステラピー』って言うんだ。」
「は? へ? セッ………」

 戸惑い、驚くあたしに、ガラが話してくれた。自分の生まれ。生き別れたときのこと。
その後の『調教』生活。道具となるために心が壊されたこと。

「だから、シューは僕を元に戻そうとしたんだ。『殺人人形』から『人間』に戻すために、
魂まで癒やすために、秘術を使ったんだ。」
「それが、そのセッ………セク……ステラピー……なのね。」

 真面目な話なのに、照れて話せなくなる自分が情けない。それでも、ガラは真っ直ぐに
あたしを見て、必死に真実を伝えようとしていた。
 ホントのところ、こういうのって打ち明けてる側の方が辛いのよね。自分の、見せたく
ない所を見せなきゃならない。その辛さを必死にこらえてあたしに伝えようとしていてく
れるのに、あたしは『セックス』というだけで嫌悪したり、恥ずかしがったり。情けない。

「だから、あのっ、僕のことは嫌ってくれてもイイですから、シューのことは………。」
「バーカ。どっちも嫌いになるわけないじゃないの。ただの趣味で弟を喰ったってんなら
まだしも、たった一人の家族助けようとしただけなんでしょ? だったらシューに問題は
ないわよ。せめて一言言って欲しかったけど。それに、アンタだって悪くないわよ。心を
壊されて、似たように苦しんでた子、知ってるから。あたしはその子のこと、嫌いじゃな
いし、今はどっかで幸せになってて欲しいって思ってる。ガラもね、いつまでもグジグジ
と昔のことでいじけてないで、これからは胸張って生きなさいよ。」
「………うぇ、あ、あり………がと………」

 あたしが言いたいだけ言うと、ガラは泣き出してしまった。言った事は嘘ではないけれ
ど、けれど、あたしは自分自身に嘘をついていた。
 あたしは、コイツの全部を受け止めてはやれない。偉そうに言っていながら、何も出来
ない自分が、嫌だった。この姉弟を裏切りたくないと、この時から強く思うようになって
いた。



SCHWARZ_05 : 友人

 ある日、アイから『ガラに全部聞いた』と言われ、驚いた。
 突然のことだったので、何を指すのか、心当たりが多すぎて分からなかったが、まさか
『セックステラピー』のことだとは思っても見なかった。

「アンタねぇ、理由があるならちゃんと説明ぐらいしろっての。セ……セクステラピー…
…だって? いくらあたしがそういうの苦手だからって、ちゃんとした理由があったんな
ら、ちゃんと話して欲しかったわよ。」
「アイ………ありがとう。」
「な、なに急に神妙な顔になって。らしくないって言ってんのよ。」

 そのあと、何も言えなくなって、ただ、アイを抱きしめた。
 ただ無言で、抱きしめた。
 思えば、アイの前で泣いたのはこれが初めてだったように思う。
 嬉しくて、嬉しくて、ただ、嬉しくて、体が震え、涙が止まらなかった。
 そんなアタイを、マギは優しく受け止めてくれた。

 どれほど泣いただろうか。ようやく涙が収まったときにはマギの服が濡れて、絞ること
が出来そうなくらいになっていた。

「ごめん。柄にもなく泣いちゃって。ありがと。すっきりした。」
「スッキリって、あーもう。しょうがないわね。」
「はははは。ごめん。あ、服、乾かさないとね。」
「いいわよ別に。ほっときゃ乾くって。」
「あ、そうだ、アイ。」
「なに?」
「これからも、よろしくね。」
「ほんとに、世話ばっかり焼かせるんだから。」

 アタイ達は、何で出会ったのだろう。
 アタイはガラさえいれば、それでいいと思っていた。
 アイにしたって、ここまでアタイ等姉弟に肩入れするいわれはないはずだ。

 なのに、アタイはアイと出会い、ずっと旅をしている。
 ただ、気が合うだけの、そしていつか過ぎ去るだけの関係だと思っていたのに、いつの
間にか、その距離がずっと近くで、いつまでも一緒にいられるような感じになって、今も
こうして一緒にいる。

 人は、なぜ人と出会うのだろうか。師匠は、そこに魔術的な意味があると言っていた。
 人の縁は、ずっと昔から、遠い未来まで繋がっているモノだと。
 アタイとアイの縁も、そういうモノなんだろうか。

 ただの酒場で出会っただけの、それだけの間柄。
 けれど、もし前世というモノがあるのなら、きっとアイとアタイは同じような関係だっ
たのだろうと、今はそう思う。そう思えるから、今は師匠の言葉を信じることが出来る。
 アイとは、この先もずっとつきあっていけるように思う。
 
 今ここに、アタイは一人の女神と出会った。
 未来を信じることが出来る。解決しなきゃならないことは山ほどあるけど、いつかきっ
と、また昔のように幸せに生きられるような、そんな希望を抱かせてくれる女神。
 アタイの秘術と違い、ただ側にいるだけで、アタイを癒やしてくれる女神。

 「『未来』の女神」なんて言ったら、きっと怒るだろうけど、アタイはずっとそう思い
続けるだろう。希望のある未来を与えてくれる、ただ一人の女神と。

 アタイはこの時になって、いつの間にかアイがただの友人からもっとも信頼できる友人
になっていたことに気がついた。