虚無、であった。
 それは彼女の終焉。

 カノン・B・パッヘル 彼女の終焉

 白い欲望に埋もれていく体は、途切れ途切れに彼女の意識を覚醒した。
 サプリームソーサレス。
 魔道士達の祭典、欲の結集体。
 全てを手に入れるか、全てを失うか。
 神による、シンプルな二者択一。数多ある残酷なエピソード。
 彼女は戦いに敗れ、一つの結論に達する。
 私はもう、助からない。
「オラ、ボーっとしてんじゃねえ!後ろに何十人控えてると思ってやがる」
 彼女を取り囲む大勢の1人が、その精液に染まった長い髪を掴み、自分のペニスの前へ引き寄せる。
「もう…許して…」
 結論は出ていた。しかし、彼女―カノンは、そう口にせざるを得ない。
 カノンには、なすべき事があった。

「サプリームソーサレス?」
 家計簿を険しい表情で見つめるカノン。初めて聞く単語だ。
「そうだ。資料にあるように、金の亡者どもが自分の私腹を肥やし、溜まりきった性欲を発散させる狂宴だ。まあ、もちろん公にはされていないが」
 それに答えたのは、全身黒ずくめの男だった。ここ―カノンの経営する武器屋―に来てから、彼は無表情のまま、カノンに依頼内容を告げるだけであった。カノンの裏家業は表世界では解決できない事柄を代行するエージェントだ。武器屋が経営難であるため、そのような裏家業を持たざるを得なくなったのだ。
「…反吐が出るわね。で、この少女とその馬鹿げたイベントにどんな関係があるってわけ?」
 苦虫を噛み潰した表情で、カノンはテーブルに置かれた一枚の写真を、ペンでつついた。
 その問いに男は苦笑混じりに答える。
「この少女は前回の大会に出場後、行方不明となっている。おそらく、今も慰み者になっているだろうよ。…口に出さなくても、解る事だろう」
「こんな年端もいかないような娘がそんな事になっているなんて、信じたくないからよ」
「なら、尚更聞くべきではなかったな」
 カノンは窓の外に視線を移した。
 子供が数人、無邪気に駆け回る姿が見える。カノンが世話をしている、他に身寄りのない子供達だ。彼女が子供達を集め、世話を始めた理由は、カノン自身も理解していなかった。その理由を時折考える事がある。自分の両親がすでに他界しているから?兄弟がいないから?もしくは子供達を憐れに思ったから?どれも動機としては弱い気がした。
 カノンの視線が1人の少女を捉える。子供達を遠巻きに見守る少女、ルカ。最年長の17歳…。恐らく、写真の少女も同じ年頃であろう。
「…それで、いくらなの?」
 心を窓の外に残したまま、呟くカノン。男は無言のまま、テーブルに一枚の紙切れを置く。それを横目で眺めるカノンは驚愕の声を上げた。
「ちょ、ちょっとこれ…、0が多すぎるんじゃないの!?」
「依頼内容に見合う金額だと思うが?」
「…依頼主って、一体どんなヤツなの?」
「俺は只の仲介人で、お前の仕事は依頼をこなす事だ。依頼内容以外に、お前が知る必要のある事柄はない」
 あまりにも危険な依頼だ。何より、この依頼が女であるカノンに回ってきたという事実。何か裏がある、と勘ぐるのが普通だ。
 彼女は、ゼロの行進を食い入るように見つめた。これだけあれば、多額の借金を返済した上に、子供達全員を学校に行かせられる…。
「…解ったわ、その依頼、受けるわ」
「即答する必要は無いんだぞ?ゆっくり考えた方がいい…」
「仲介人は依頼をエージェントに伝えるのが仕事でしょう?忠告するのが仕事ではない筈よ」
「…確かに。やり方は、全てお前に任す。期限は指定されていないから、まあ腰を据えて取り掛かるがいいさ」
「余計なお世話だって言ってんでしょう!」
 苛立って、思わず怒鳴りつけてしまう。外の子供達が、何事かとこちらを心配そうに見つめる。男は苦笑いを浮かべつつ、外へ出て行った。
 軽く溜息をつき、浮いた腰を椅子に落ち着けるカノン。その視線は、自然と少女の写真の上で止まっていた。

 子供たちを目だけで追いながら、例えば、と男は思う。
 例えば、彼女が養っている子供たちの中に、あのルカという少女がいなければ、カノンはこの依頼を受けただろうか。
 ルカという少女の―優しげながらも、自分達以外の何者をも受け付けようとしない瞳―、そう、今まさに男を睨みつけるその瞳と、写真の少女の瞳があまりに似た光を放っていたから、彼女はこの依頼を受けたのかもしれない。あるいは、自分自身に、その姿を重ねていたのかもしれない―。

 カノンの心情がどうであれ、やはりカノンの行動は無謀であり、許される行動ではなかった。
 「まだ護るべき者が残ってる様な人が、こんな大会に出るなよ」
 エスとか言う一回戦の相手の言う通りだ。カノンとは違い、彼女の物腰には強い決意が見てとれた。一時の感情の流れで行動を起こしてしまったカノンとは、決定的に違った。護るべき者のために生きてきたはずなのに、彼女は今、死に急いでいるようでさえあった。
 カノンが依頼に失敗すれば、子供たちは路頭に迷う事になる。ギリギリまで切り詰めれば、生活だってなんとかなったはずなのだ。
 
 そんなことは、わかっている。
 だけど、私はこの依頼をこなさなければならない。
 途切れ途切れに覚醒する意識は、カノンの埋もれていく理性に呪文のように問い掛ける。
 あなたの為すべきことは?

「おら、しっかりとくわえろよ」
 でっぷりと腹の出た男が、欲望という脂肪が突き出た腹ごと、カノンにペニスを押し当ててきた。
 すでに十数人のソレをくわえ、顔中を精液だらけに染めたカノンは、男の醜悪なペニスを口に含む事に抵抗はなくなっていた。
 何時間もかけ、執拗にフェラチオを仕込まれた彼女の口は、男を気持ちよくさせるツボを心得ていた。
「お、お、もう、出ちまう!全部飲めよ」
「ぅ!ん、ん」
 口内発射をものともせず、喉を鳴らし、男の精液を飲み干す。男はその姿により欲情を覚え、ペニスは衰えるどころか、さらに強度を増す。
「ふ、んん!」
 男はカノンからペニスを引き出そうとせず、カノンの頭をさらに自分の方に引き寄せ、激しく腰を振り始めた。
「な、なかなか具合がいいじゃねえか、ご褒美に今度はその小奇麗な顔に全部くれてやる!」
 ウッっと男が息を吐くと、ペニスは勢いよく口から飛び出し、次の瞬間にはねばっこい精液をカノンの顔に塗りたくっていた。
「あ、はあ、やああ…」
 二発目にもかかわらず、その精液の濃さ・量は尋常ではなく、勢いよく飛び出し、カノンの髪にまでべっとりと張り付いた。
「おいおい、おっさんやり過ぎだぜ…。後ろに控えてる何十本ものチ〇ポが泣くぜ?」
「悪い、悪い…。この女、上物だ…。兄さんもやってみりゃわかるよ…」
「まあいいよ、こんなんじゃ口は使う気はしねえ。俺は下の方を…」
「ああ、はあん!あ、いやあ!」
 すぐ後ろに控えていた男が下半身の方に目を向けると、そこにはすでに先客がいた。
「なんだよ、もうユルユルだよ…」
「てめえ、順番守りやがれ!」
「トロトロしてると喰いはぐれるぞ。どうだ。同じところに入れてみねえか?」
 下を犯していた男は、四つん這いになって犯されていたカノンを起こし、カノンの股を大きく開いて見せた。
「ホレ、まだ余裕があるだろう?ここに突っ込めば処女より締りがよく感じるかもよ」
「いや…、やだあ、そんなのやめてよう…」
 すでにそこには眼光の鋭い女エージェントの姿は無かった。ただ、子供のように泣きじゃくり、許しを乞うだけだ。
 その容姿と現状のギャップに、男は得体の知れない興奮に見舞われ、我を忘れ、すでに塞がっているその穴に自分のペニスをこじ入れた。
「く、流石にキツイッ…」
「いやあ、壊れる、壊れちゃうぅ!」
「何言ってやがる…。キッチリくわえ込んでるくせに」
「そ、それはあなたたちが無理矢理…、ああああ!ふあ、あ、動かさないで、痛いぃ、し、死んじゃ、あ、んああ!」
 無理な体勢のまま、男たちは一心不乱に腰をカノンに叩きつける。カノンの哀願など、彼らの耳に届いていない。
 さらに追い討ちをかけるように、数人の男がカノンに殺到する。
 体をおかしくしそうな体勢で、始めの男はアナルに深々と押し込んだ。
「ぐ、ひああああ!そっち、そっちはいやあ!」
「うるせえ、さっき、ケツで感じてんの、見てんだぜ…」
 そして次々に右手、左手に一本づつ握らされ、苦しく息もだえる唇に我先にと何本も押し当てられ、口を逃した欲望たちはカノンの頬に押し付けたり、ある者はカノンのロングヘアを絡め、自らしごく者もいた。胸、腹、太もも、脇の下にまでそれらは殺到した。
「ひ、あああ、も、もう、ふああ、あ、ダメェエエ!」
「イっちまえ、無数のペニスに囲まれるのが好きなんだろう?ブチまけてやるから素直にイっちまえ…」
「いひぃいい!いいの、大好きなの、チ〇ポ、もっと頂戴い!」
「よく言った!!中にめいっぱい注ぎこんでやる!」
「ちょうだい、中も外も、精液でいっぱいにしてえ!あ、ああああ!」
 カノンが達した直後、膣内の二本が同時にカノンの奥底に精液を注ぎ込むと、次々と精液が浴びせられる。
 降り注ぐ数多の精液を、彼女は恍惚とした表情でその身に受ける。
「あはあ、いいのお、せいえきだいすきぃ…。もっと注いでえ…」
 膣内やアナルから精液が逆流し、髪の毛の先から精液を滴らせ、さらに懇願するカノン。
 精液で染まった姿に躊躇せず、次なる獣たちが、彼女に襲い掛かった…。

 狂宴は、夜が明けるまで続いた。
 むせ返る臭いの中、カノンは辛うじて意識を繋ぎとめていた。あれだけの男たちに犯され、当の男たちでさえ立つ事もかなわないような状況で、意識があるのは奇跡のようなものであった。
 肉欲に溺れていた事は認めよう。しかしそれでも、まだここで朽ちるわけには行かない…。半分は偶然の産物だが、どうやらうまくいったようだ。牢のあちこちに転がる男たちをかきわけ、カノンはそこへ向かった。半開きに開かれた鉄格子の向こうへ…。

 カノンが家を出て1ヶ月が経とうとしていた。カノンに代わって店主となったルカは、カウンターに肘を突いて物思いに耽っていた。店は通常どおり営業していたが、客足は減る一方で、貯えも残り僅かとなった。自分がいなくなったらこういう状況になる事ぐらい容易に想像できたはずなのに、どうしてカノンは行ってしまったのだろうか…。
「どこへ行ったの、"かあさん"…」
「その問いに、答えてやろう」
 ドカッと頭を殴られたような衝撃に見舞われ、ルカはびっくりして背筋を正す。
 目線の先には、黒服の男がいた。カノンに"あの仕事"を持ってきた男だ。カウンターには、黒光りしたアタッシュケースが置かれていた。
「何しに…。いらしたんですか」
 気丈にも男を真正面から睨みつけるルカを見て、男は苛立ちを覚えた。そうだ、この瞳が彼女を…。
「言った通りだ。お前の質問に答えに来た。子供たちの中で彼女の仕事について知っていたのはお前だけか?」
「大まかな事しか聞いていません…。かあさんが最後にどんな仕事を受けもったのかも、知りません」
「彼女は帰ってこない」
 男は間髪いれず、そう答えた。ルカは、瞳を丸くし、暫くして顔を伏せた。嗚咽は洩れてこない。泣いているわけではない。ただ、自分がどんな顔をしているか見られたくない…。そんな様子に男からは見えた。
「そしてこれは、報酬だ」
 カウンターの上に横たわったアタッシュケースをポン、と叩く。
「え…?」
 ルカは顔を覆っていた指の隙間から覗くようにして、男を凝視する。
「彼女が受けた依頼は、とある施設に捕らえられた少女の身柄を確保する事だった。簡単に説明すると、その少女はそこに性奴隷として捕らわれていた」
「!」
「そこに潜り込んだ彼女の末路もまた同じ…」
「じゃ、じゃあ、なんで、こんな大金…。依頼は失敗したんでしょう?」
「成功だ。一昨日、シーツ一枚で身を覆い、彷徨っていた少女の身柄を確保した。彼女によると、カノンは少女だけを逃がし、身代わりとなって今も施設の中だそうだ…」
 はちきれそうに膨らんだアタッシュケースは、おそらく彼女らを一生生かすことができるだけの金額が収まっているだろう。だが、当の本人は帰ってこない…。
「そんなの、そんなのってないよ、かあさん…」
 ルカは、涙をボロボロと零し、今度こそ、大声で泣いた。しかし、男の話は終わってはいなかった。
「そこで、新たな依頼だ」
「な、何を言ってるんですか!そんなの受けるわけ……!」
 男がテーブルの上に広げた写真に写っているのは、紛れも無くカノンその人だった。
「カノン・B・パッヘル。欲望の狂宴、サプリームソーサレスに潜入し、捕らわれた我々の仲間だ。彼女を奪回してもらいたい。受けてもらえるね?」

 あるいは、復讐の序幕。