闇と光と―――グリューネ暗殺―――

byMORIGUMA

「ハアッ!」

巨大な白馬が、見事な馬術で走り、飛び、駆け抜ける。
目の醒めるような青いマント姿の巨漢が、時に声をかけ、あるいは朗々と歌い、
獣道に等しい細い道を、らくらくと走破していく。

「ようっし、シルバード、休憩だ。」
190を超える巨漢を乗せて走りぬいた馬を、
優しくいたわり、男は身軽に下りた。

ドドドドド

久しぶりの遠乗りで、近くに滝があったことを思いだし、音の方へ男は進んだ。
小ぶりだが水量の多い滝で、滝壷も深く水も美しかった。
だが、滝に近づくと、シルバードがわずかに警戒しはじめた。

緑と白の美しいものが、見事に滝壷へ飛び込んだ。
真っ白い肌、緑の流れる髪、すんなりとした手足が美しく伸び、
ふっくらと育ち始めた胸が、風にも負けず自らを主張していた。
何より、その目と表情、強烈な金の輝き、水晶のように毅然とした美貌、
男の目に、痛いほどの鮮やかさで焼きつく。

深い滝壷にもかかわらず、女性はすばやく浮かび上がり、
滝壷の底で磨かれた玉石を拾い上げ、金色の妖しい目に写していた。

水に踊る肢体が、あまりに優雅で美しかった。
15、6だろうか、
もう、十分女性の美しさを持ち、男は心臓をわしづかみにされた。
磨き上げたような尻が、水面からつるりと突き出し、ほっそりとした足首がのぞく。

頭に血が上り、興奮が下半身を直撃する。
服をすばやく脱ぎ捨て、ほとんど助走もつけず、
滝壷の向こう岸にいる女性のそばまで飛んだ。

「えっ?!」
身構える女性の側で、男はじっと動揺のない金の瞳を見た。
堂々とした体躯に、剛毅な瞳が、女性の中へ染み込んでいく。
熱いものが、身体の芯にわきあがり、黒い瞳に吸い寄せられるような気がした。

白い陶器のような頬が、わずかに恥じらいに染まる。

身体に力が入らないまま、男に抱き寄せられた。
熱いものが、ますます強く身体を支配していく。
荒いが優しい唇が、小ぶりなピンク色のそれを覆い、なぶっていく。
もやもやが緑の髪をそそけ立たせ、身体中の関節という関節を、解きほぐす。

いつのまにか、岸の草むらの上に押し上げられ、
身体をあられもなく広げられていた。

怯えたように閉じた陰唇を、男の唇がついばみ、舌でなでさすっていく。

「あ、やあ・・、ああ・・、」
次第に濡れ、熱く開いていく、
なすすべなく、優しく、みだらな愛撫で、広げられ、白日の下に晒されていく。
それが、ひどく心地よく、恐ろしく、そして、のぞましい。

信じられないような物が、己をこじ開けていく。
「あ、あううううっ!」
のけぞりながら、必死にすがりつく娘に、男は優しくそっと動かし、開いていく。
かすかな抵抗と、そして裂けゆく感触が、男を驚かせた。
思わず引こうとした腰を、むしろ、長い脚が絡め、
ほっそりとした腕が、抱きしめる。
恐ろしく強く、そして、哀しくすがりついてくる。

金と黒の瞳が絡み、男は強くすすんだ。
「くう・・う・・ああっ!」
緑の髪がのたうつ。
赤い、処女の証が、流れ、水に溶けていく。
痛みと、快楽と、愉悦、緑の目が潤んでいく。
たくましく、すばらしい男が、己の奥を広げていく。
女性は、なぜか、ひどく満足げだった。
激しくぶつかり合う音と、きらめく汗の輝き、
滴りが、激しく弾け、深く、突き刺さった。

「あーーーーーーーーっ!!」
強烈な締め付けの中で、巨大な剛直は、己の子精をありったけほとばしらせた。
のけぞり、のたうつ、美しい裸身が跳ね、わなないていく。


あえぎ、寄り添う二人を、陽射しと水滴の輝きが優しく覆っていた。
男は、優しく緑の髪をなでながら、おだやかな視線を受け止めた。
「すまなかった、そなたを見て、堪らなくなったのだ。私は帝国騎士団団長、ヒュリィベガスだ。もし良ければ、私と共に来て欲しい。」

領主や騎士が行きずりで女性を拾い上げる事は、めずらしくはない。
決して正妻ではないが、一般の女性としては、かなり幸運な部類に入る。

「ありがとう。」
女性は不思議な視線を向け、さっぱりとした口調で言うと、起き上がった。
そして、飛んだ。
わずかな足がかりを捕らえ、2回のジャンプで滝の上まで上がる。
それは、ヒュリィベガスですら不可能なジャンプだった。

女性は何も言わず、ただ一度、濡れたような目を向けると、山のほうへ消えた。


金の目の女性に出会って3日後。
その日もヒュリィベガスは不機嫌だった。

この日は、グラッセン帝国武闘会が開催されていた。

グラッセン帝国は、元々騒乱の多い国であり、それだけ武への興味が高い。
当然、武闘会のたぐいが国中で数多く開かれる。
中でも、皇帝自らが主催する帝国武闘会は、最大にして、最高の栄誉と、毎年参加者の3割が死傷する激しさで知られている。周辺の国家からも、実力者と呼ばれる兵士が無数に参加するが、帝国出身者以外の者が優勝した事は一度も無い。


帝国武闘会の第1試合、これは前座の前座、どちらかと言えば滑稽さや、どうにも優勝に関わりそうに無い者が、時間つぶしのように出される時間だ。
審判役の代表が騎士団長なため、このような時間でも、ヒュリィベガスは出る義務はある。
だが、ひどく不機嫌な団長に、さすがに大会役員も緊張を隠せない。

二人の騎士が闘技場に現れたとき、笑いが起こった。

一人は、そこそこに鍛えた身体つきの、ごく普通の騎士、武器は長剣。
もう一人は、兜の合間から、珍しい緑の髪が流れる、ほっそりした女性騎士、
武器は、けた外れに長いハルバート(長い槍と斧を組み合わせた武器)を、肩に担ぐように持っていた。
大きな金色の目が、ひどく印象的で、あまりに繊細な姿が、非現実的に見えた。

「まっ、まさか?!」
ヒュリィベガスが、仰天して立ち上がる。

ハルバートのような長い武器は、野戦や多人数を相手にする時は有利だが、
接近戦中心で、大変なすばやさと持久力が要求される武闘会では、使う馬鹿はいない。

観衆は失笑を漏らし、
相手の騎士は、顔を真っ赤にし、
女性騎士は、ゆったりとわずかに小首をかしげるようにして、開始を待った。
金の目が、ちらりとヒュリィベガスの方を見た。


一撃。
はじめの合図と共に、立っていたハルバートが、瞬時に、電光のように伸びた。
いきなり、倍に伸びたような錯角が、全員の目に写った。
大柄な騎士の身体が、はるか後方まで宙を舞い、叩きつけられた。


そして、帝国武闘会の歴史に残る快進撃が始まった。


ふれ係が、その名を高らかに読み上げ、
全ての観衆が恐れと興奮のうちに、その名を叫んだ。

『優勝、グリューネ・フォン・ヒュベリオン!』

ヒュリィベガスが、腰が抜けるほど驚く事が2つ。
もちろんグリューネの凄まじい武力もだが、このときグリューネは12歳だったのだ。
これからしばらく、ヒュリィベガスはロリコンとからかわれる事になる。

翌年、グリューネは槍を持たず、剣で武闘会に出場した。
そして3年目、決勝のみ闘い、無敗のまま15歳で、皇帝騎士団に異例の入団を果たした。


グラッセンの皇帝騎士団は、他国の儀礼的な騎士団とは違う。
極めて強力な武力と、機動力を持ち、裁定、救援、秘密工作など、皇帝の切り札として、各地に派遣される。
指揮官は皇帝の代理人として、色々な権限すら与えられる。
それは、各地の貴族とほぼ対等の権限であり、それを背負い、やりあえるだけの知と武の実力が無ければ勤まらない。

実力の序列、それだけが皇帝騎士団の法であり、力無き者はどんな血筋やコネがあろうと、容赦なく追い出される。それゆえ、古き血を引く一族とはいえ、目立たぬ小貴族のグリューネが、わずか15歳で、歓迎されて入団できた。
だが、グリューネの武名は、あまりに高く上がりすぎた。




「はあっ、はあっ、はあっ、フフフフ・・」
暗がりの中で、金色の飾りが、キラキラと動く。
しなやかな浅黒い肌の肢体が、大胆に広がり、そそり立った男根を、赤い濡れた肉で、咥え、なめずるように上下する。
つりあがった緑の目が、ネズミをなぶるネコのように細まり、鮮やかなピンクの唇が、赤い舌で、ぺろりと嘗めまわされる。

腰まである金の髪が、金とメノウの輪でまとめられ、女の激しい動きに沿い、波打ち、揺れ動いていく。
わずかに喉と、手首と、足首に、同じ金とメノウの飾りが、軽やかな音を立てて動く。
砂漠の踊り子のような女性は、空ろな目をした男性を、嬲っていた。


豊満な胸に手をやり、長い爪を食い込ませ、もみしだく。
陶酔した目を闇に向け、快楽の焦点を探りまわす、
引き締まった尻が、わななき、震え、激しく上下する。
長い腿が、ヒザ近くまで濡れ、快楽に広がりうねる、

「あは、はあ、はあ、フフ、うんっ!、うふふふふふ、」
妖しいあえぎと、快楽の滴り、
女は、媚態の限りを尽くすように、腰をくねらせ、自分の中を猛る男根を、貝殻のようにはさみつけ、容赦なくしごき上げた。

巨大な二枚貝に挟まれ、のたうつ肉欲が、挟み絞られていく、
目を血走らせ、のたうち、痙攣する男が、脳髄を沸騰させた。

どびゅうううううううっ、どくっ、どくっ、
雄叫びと共に、十数度目の射精が、男根を突き抜け、まきちらされた。
柔らかな粘膜が、淫らに収縮を繰り返し、その全てを吸い尽くし、飲み込んだ。

「はああああんっ、けっこう、いいわあぁぁ、さあ、あと何回かしらね、」
「ふふふ、運がよければ、死なないかもね。」
赤い靴を履いた、広いスカートの若い女性が、愛らしい青い目をヌラリと動かす。
その声は、踊り子のものと全く同じだ。

栗色の髪を振ると、瞬時にコルセットだけをつけた、あられもない姿になって、踊り子と入れ代わった。
根元を奇妙な器具で抑えられ、萎えられない赤黒い男根、
それを、若くピンクの襞に迎え、のめり込ませた。
真っ白な肢体が、みだらな色に染まり、
コルセットで押し上げられた胸が、フルフルと揺れた。

苦痛に満ち、快楽に怯えた声が、闇に吸われていく。


――― 1時間前 ―――

賑やかな通りの一角、うらさびた細い路地の奥に、その店はひっそりとあった。
黒いフードをかぶった男は、ひどく不信の目を向け、何度もその位置を確かめた。

『占い屋 夜の安らぎ』
ぼろを入り口にかけ、奥は見えない。
小さなメモを何度も見比べる男は、指に精緻な指輪をしていた。
その石と細工だけで、平民の4人家族が数年は食べていけるだけの価値があった。

「いらっしゃい」
枯れていながら、どこか妖艶さを感じさせる声がした。
暗闇の中、わずかなランプの明かりが、黒い布をかけたテーブルの上で揺れている。
その灯りに、年をも知れぬ老婆が、にたりと笑う。

「あんたが、“月の針”の代表か?。」
老婆の灰色の目がぐりっと動いた。
「その名は、二度と出すでないよ、さもないと」
その視線は、針のような傷みと圧力をもって、男の目を突いた。
男はその場でヒザを折り、痛みにのたうった。

“月の針”は、グラッセンとその周辺に幻のようにうごめく、暗殺組織である。
依頼する方が血まなこに探しても、めったに見つからないが、
請け負った仕事は、ほとんど失敗した事が無い。

「あたしは、“千の針”ラメラルだよ。ブグーリュー候筆頭司書のボリファドどの。」
男は目の痛みも忘れて、顔を上げた。
自慢の髭をそり、髪を染め、盗賊ギルドの者に変装をほどこさせた顔が引き歪んだ。
主人の名前を、絶対に出させないための処置だった。

「あのグリューネをかい・・?。」
あらゆる事に動じそうに無いラメラルが、ボリファドの依頼を聞いて、ため息をついた。
「殺れるのだろう、き・・いやあんたたちなら。」
「ムチャをお言いでないよ、それでなくても、厄介極まりない相手なのに。」
初優勝から、この3年、様々な事件がグリューネの回りで湧き起こり、それを見事に乗り切ってきた逸話は、広く知れ渡っていた。

「第一、あんたらがもたもたしている間に、グリューネは皇帝騎士団に入ってしまったじゃないか。暗殺なぞした日には、騎士団全員があたしらを追うよ。まして愛人の騎士団長、ヒュリィペガスをどうすんのさ。」
それは、死神相手にケンカしろ、と言うのに等しかった。

「だいたい、ヒュベリオン家に、何回も無理難題を押し付けてきたご主人が、『教会』のえらいさんたちに泣きついて、プテラル司教あたりに、うちを耳打ちされたんだろ。てめえのケツはてめえでふきな。」
老女は皮肉な笑いを浮かべ、ドスを効かせた声で、言った。
ボリファルはがたがたと震えだした。
この会話を知られたら、自分も命が無い。

「ここまで明かして、今さらできないと言うつもりか?、お前たちなど、どうとでも・・」
元々、こらえ性の無いタイプなのか、ほとんどヒステリーだ。
だが、言葉が途切れた。
目の前に、金色の針が、微動だにせずに伸びていた。
いや、目の前だけではない、両脇に、延髄に、同じ針が突きつけられていた。

「う・・、あ・・、」
目の前には、若く大胆に肌を露出した、浅黒い肌の砂漠の踊り子、
右には、抜けるように白い肌で三つ編みの、美しい村娘、
左には、お日様のような笑顔の、小麦色の肌をした水夫の服を着た女性、
さらに、闇の中に、何人もの気配が起き上がり、あるいはざわめきだす。

「どうとでも?、どうとでもとは、何よ。」
正面の踊り子は、金と宝石で飾られた乳当てを突き出し、にやりと笑った。
「“千の針”のラメラルに、何を言おうってのさ。」
美しい村娘は、悪戯っぽく青い目を光らせた。
「何が言いたいのかなーっ。」
水夫の服を着た女性が、無邪気そうに、尋ねた。
皆同じ声だった。

さらに、ざわざわと、いくつもの気配が、影が、回りに起き上がり、あるいは現れる。
あまりの怪しい出来事に、ボリファドはすくみ、震え、意識を失った。



「フフ・・、フフフ・・、さあ、さあ、忘れちまいな、今日のことをね、」
みだらな色をまとい、栗色の髪の娘は、激しく腰を振りつづけた。
異様にさびた声と、激しい腰使いで、青黒く染まった男根を、繰り返し嬲りながら、
白い肌を濡らし、淡い茂みを広げ、
濡れた襞をこすりつけ、幾重にも締め付けた。

男は血を絞られるような苦痛と、狂うような快楽の中、記憶をぼかし、崩されていった。



淫靡なにおいのたちこめた部屋で、老婆は何事も無かったかのように座っていた。
男は、とうに連れ出され、どこかに放り出されている事だろう。
高価な指輪が、ちゃっかり台の上に置いてある。

「メリッサを呼びな。」
闇の中にうなずく気配があった。
ラメラルは、ひどく嬉しげな顔をしていた。

ふわりと、音もなく、
柔らかな姿が立った。

ふんわりとした金髪と、青い目、柔らかそうな均整の取れた身体、
全身にぴったりと接した、タイツのような服が、
綺麗なおわん型の胸から、くびれの良い腰、すんなりと伸びた手足を、際立たせる。
しかし、その青い目は、暗く陰り、意思の光は少なかった。

意思は、強烈な呪縛に囚われ、忠誠と諦念が強く支配している。
「お呼びですか、お母様。」

ラメラル自身、なぜこんなことを考えたのか、良くは分からない。

「グリューネか・・。」
メリッサは、ラメラルの最高傑作だった。
無数の暗殺者を育て、使いこなしてきたラメラルだが、これほどの素材、そして完成を見た者は一人もいない。
戦場で、泣き声も上げず、静かに星を見ていた赤子、それを拾った時、ラメラルはある戦慄を覚えた。
暗殺術はもとより、魔術、体術、占星術まで、心血を注いで育て、その全てを吸収した。

闇に生き、闇に死ぬ自分たち、だからこそ、ただ一度、光にいどみたい。
己の全てをかけた者を、最高の相手にぶつけてみたい。
その思いが、ぐつぐつとにえたぎり、吹きだしていた。

「仕事ですか?、『グリューネ・フォン・ヒュベリオン』」


おだやかな昼下がり、
グラッセンの帝都では、賑やかな市が開かれ、食料、交易品、香料、衣類など、
様々な品物が並び、賑やかにやり取りがされている。

シャラーン、シャラーン、

その回りでは、見世物や道化、曲芸や手品など、さまざまなパフォーマンスが人目を引き、拍手とその日の糧を稼いでいた。

シャン、シャン、シャン、シャン、

中でも、一番の人だかりが、軽やかな音とリズムを奏でている。

美しい金髪の娘が、薄く透ける衣装をまとい、
両手両脚に、細い金の輪を結び、
一瞬の乱れも無く、踊りと曲芸を見せていた。

娘はにこやかに明るい微笑を浮かべ、
柔らかい身体を駆使して、両手の長いリボンをつけたバトンを、
思いも寄らぬ角度から躍らせ、なびかせ、見事に波打たせていく。
その間も、両手両脚の金の輪が、一定のリズムを刻んでいく。
いよいよクライマックス、高く放り上げたバトンを追うように、
自身が高く高く飛び上がり、白鳥のように優雅に、空中で受け止め、
回りながら降り立った。

「見事なものだ。」
「ああ、それにあのリズム、最後まで乱れないとはな、まるで魔法のようだ。」
たまたま見回りがてら、来ていたグリューネとヒュリィベガスは、拍手と銀貨を投げながら、つぶやいた。
帰ろうとするとき、ちりっと強い視線が、グリューネに当たった。
だが、後ろにはそれらしい人物はいない。
ただ、グリューネのカンだけが、何かの危険を告げていた。


その夜は、赤い月が、まがまがしく光っていた。
肌寒さすらあると言うのに、ひどく寝苦しかった。

シャラーン、シャラーン、
どこかから、音がする。

シャン、シャン、シャン、シャン、
軽やかな、どこかで聞いたようなリズムが、神経をつまびく。

夢の中をさまようように、グリューネは歩いていた。
薄い夜着をまとい、片手に愛用の剣を下げて、朦朧としたまま、深夜の街を歩いていた。
気がつくと、昼間ごった返していたはずの市場に来ていた。
人っ子一人いない、恐ろしく広い場所。
その真ん中で、あの踊り子が、優雅に足を上げ、すらりと伸びた爪先で、月を射していた。

「え・・?、あれ??、」
ようやく、グリューネは自分を取り戻していた。
「へえ、さすがですね。私の術にかかって、自力で目覚めた人は、初めてです。」
剣の重みと、冷たい風が、意識をはっきりさせた。

赤い月の下、透ける薄物をまとった踊り子と、
薄い夜着をつけただけのグリューネ、
二人が対峙する姿は、あまりに妖しく、幻想的だった。

「いったい、何なの?。暗殺者?。」
おそろしく重く厚い剛剣が、スラリと抜き放たれる。
強い声で、身構えるグリューネ、
おだやかでしっとりとした声の持ち主は、
グリューネすら激発させかねない何かを持っていた。

「暗殺者、と言うのとは少し違います。まあ、死んでもらうことには、変わりませんが。」
だっと踏み込んだグリューネの一撃、
光の尾を引くだけの、おそろしい剣筋、
ふわふわした柔らかそうな身体は、音も無く避けた。
帝国武闘会の、全ての参加者をなぎ倒した一撃を。

「ふふ、さすがですね、私でなければ、今の一撃で切られていました。」
衝撃波が、帯を少し切り裂いていた。

「私、メリッサ・ニードルレインの全てを、あなたに。」
悠然と足をさばき、適宜な距離と、スピードを乗せて、横に動き出す。
その隙の無い動きに、グリューネは踏み込みをためらった。

ざわり、ざわり、
回り中に、おびただしい気配が湧き起こる。
無数の人々が、空ろな目をしたまま、あちらこちらから流れ込んでくる。

「な、なに?!」
妖しく、みだらなまでの動きと、音も無く舞い狂う足さばき、それに幻惑され、捕らえる隙が見出せない。見る見る、おびただしい人が、市場を昼間のようにごった返した。
だが、誰一人、目を開かず、声を立てない。
ふわりと、一人の男の頭に、メリッサの艶やかな姿が立った。
術にかかった男は、重さを感じてないかのようだ。

「深い眠り、意識も、夢すらも見ない眠り、その奥で人は己の知らぬ己を晒す。」

手が、無数の手が、グリューネを掴もうとする。
剣の柄で、何人か殴り倒すが、目を覚ますどころか、痛みすら感じずに起き上がってくる。

「眠りの中で、痛みすらなく、眠りの中で、恐れも無く、己の欲しい物を貪る。」

打ち倒したはずの男が、足元に倒れながら、そのヒザを掴んだ。
無数の手が、グリューネを掴み、薄い夜着を引き裂く。
「やっ、やめろっ、くうううっ!」
おそろしい感触が、全身を這う。
無数の指や爪が、白い肌を貪り、弄び、こねまわす。
「ああああっ!」
身体中が抑えられ、髪を容赦なく掴み、足を、ヒザを、腿を、痛いほど広げられ、
狂うような感触が、容赦なく這いずる。

「んうううっ!」
身体中がぐちゃぐちゃになる。
指だけではなく、舌が、グリューネの香り高い肌を貪り、嘗めまわす。
乳首に、脇に、アナルに、
「んんんんっ!、んっ!、んううっ!」
無数の舌が、争うようにもぐりこみ、あふれる蜜を、しゃぶり尽くす。
痙攣する肌を、欲望の塊が犯した。

「んーーーっ!」
強烈な感触が、今度こそグリューネの花芯を犯す。
唾液で濡らされた秘所を、無理やり押しとおり、ただただ、暴行する。
唇を開かせ、いきり立ったものが、口に押し込まれる。
「んっ!、んんっ!、んっ!、んうううっ!、うっ!、うううっ!」
前後から、見も知れぬ男の物が、深く打ち込まれ、
美しく開花し始めた裸身を、激しく蹂躙していく。
突き上げられる裸身を、なお、無数の手が、舌が、嬲り尽くす。
「んーーーーーっ!!」
痙攣が、ためらいも無くほとばしり、
わななく腹の奥へ、精液が流れ込む。
交代する男の物が、いきり立って、突入する。

無数の男たちに輪姦され、まるでピラニアに貪られるように、犯されていくグリューネ、
メリッサは失望をのせた目をそむけた。

だが、その瞬間を狙っていたグリューネは、下腹に溜めた『氣』を一気に開放した。
全身の筋肉が、髪が、瞬間的に脈動する。
パアン
全身の枷を弾き飛ばし、グリューネもふわりと飛び上がり、メリッサに対峙した。

「さ、さすが・・。」
「よくも、よくも、よくもやってくれたわねえええっ!」
無数の頭を蹴り、ボロボロになったグリューネが飛ぶ。
メリッサは、火の玉を瞬時に生み出し、グリューネに打ち出す。
しなやかな腕が、カマイタチを生み、それを迎え撃つ。
素手のグリューネは、武器を持っているときより恐ろしい。

ハンマー同然の一撃が、鈍い音を立ててうなり、メリッサの側頭部をかすめる。
一瞬めまいがするのを、必死で飛び下がり、
飛び込んでこようとするグリューネの上を、はずみと共に一気に飛び越す。
極細のワイヤーを、首を狙って伸ばした。
恐ろしく柔らかい身体が、メリッサのリボンのように極限までのけぞり、それを外した。

グリューネは、ピアスをひきちぎり、メリッサの足首、金の輪を狙って弾いた。
杉板すら打ち抜く指弾は、魔術のリズムを刻みつづけていた輪を、粉々に撃ち砕いた。
呪縛がとける、
メリッサが着地しようとした男の頭が、ぐらりと揺れた。
なすすべなく落下するメリッサ。

強烈な右手刀が、メリッサの魔力のシールドを打ち抜き、腹部を薙いだ。


「なんで、こんなことをしたの。」
全力で、たぶん、生まれて初めて全力で戦ったグリューネが、あえぎながら尋ねる。

「闇に生まれ、闇に死ぬ、その定めを背負う者の一分の意地・・かしらね。」
メリッサは、内臓に強烈な打撃をくらい、身体が動かない。意識も朦朧とする。
「帝国武闘会、その華やかな舞台で、最高の栄光を、奪い尽くしたあなたに・・」

闇の中で、どれほど磨き上げた力も、光の元には出られない。
闇に生き、闇に死ぬ、
それでも光への渇望はどこかに、狂おしいばかりに恋し求めていた。
「私は、闇の娘・・、
だから、闇の代表として、
あなたに会わねばならなかった・・ゴフッ。」

意識が遠のき、内臓の機能が低下していく。
もう、長くは無いだろう。
メリッサは、全力を尽くして、満足だった。


「え・・、あ・・?」
目が開き、朦朧とした焦点が合っていく。
豪奢なベッドと、清潔な部屋、意識が混乱し、やたらときょろきょろしていた。
「ああ、目が醒めたか。」
グリューネがゆったりした部屋着を着て、入ってきた。
朝の光が、りりしく美しい顔を、流れる緑の髪を、白くゆるやかな服を、清冽に輝かせた。
光をまとっているかのような、姿だった。
その光景が、メリッサの脳髄に鮮明に焼きつき、魅入らせた。

『光の・・騎士・・。』
その思いは、恋にも等しい激しさで、メリッサの魂を染め上げた。

闇の娘は、光の騎士に魅入られ、言われるままに、グリューネの元にとどまる事になる。
魔法学院をわずか1年で卒業し、グリューネの魔法騎士として、その側に仕えることになった。

FIN