大脱出 ―――その1―――

by MORIGUMA


ザツライ正教とチェアラム教が、突如正面切って闘い始めた。
狂信的な正義と、一方的な宣戦布告なしの戦いの結果、緒戦で主要都市の一つマカドミアを落としたザツライ側は、意気が上がった。
だがチェアラムの版図、砂漠の民の執念深さと、復讐心の激しさは、ザツライ側の理解を超えるものがあった。
夜討ち、朝駆け、暗殺、不意打ち、ウンカの大群のような一撃離脱戦法で、わずかずつ、わずかずつ、しかし確実にダメージを与えては、砂漠に紛れ込むチェアラム側の猛撃に、アリ塚に踏み込んだ象のように、ザツライ軍はのた打ち回る。

しかし、それすらもチェアラム側の作戦の一部だった。


――ザツライ正教側の最前戦都市クレイモア――

チェアラム側との交易で栄えた都市も、現在は補給基地として働かねばならなくなった。
にぎやかな市場は縮小され、きらびやかな交易品は、無骨で地味な補給物資に取って代わられる。
何より、補給の根本となるこの都市に、ザツライ側は大規模な守備部隊を設置し、がちがちに守らせた。
だが、先日まで交易都市だったクレイモアに、チェアラム教徒がいないわけがない。

がしゃーん、

扉が蹴破られ、悲鳴が上がった。
守備隊は、スパイ狩りと称して、チェアラム教徒のいそうな建物に踏み込み、家族や家財を引きずり出し、引っ立てていく。
チェアラム教徒の商人が所有していた豪邸を徴収し、そこを尋問所とした。
老人や子供はすぐに、着の身着のままでたたき出され、男は全員つながれて引きずられていく。奴隷として、前線基地の工事などに投入される。

宗教戦争は、ある種の人間の内面を、極限まで高ぶらせる。
何しろ相手は悪であり、自分たちは正義である。
偏見や憎悪、欲望すら、いともたやすく正義とすりかえられてしまう。

若い娘や人妻は、広大な屋敷の中、数人ずつ監禁された。

「ひいいっ!、いやああっ!」
「やめてっ、やめてええっ!」

切り裂かれた着衣が散乱し、群がる男たちから、過酷なまでの暴行が加えられる。
日頃唱える愛も道徳も忘れ去り、戦場への恐怖を、獣欲の限りをつくす事で忘れ去る。

「痛い、痛いよお、止めて、死んじゃうう!」
愛らしい少女が、激しく悲鳴を上げた。
細く痛々しい身体を、無理やりに広げられ、たくましい男根が、無理やりに沈んでいく。
処女の証は無残に散らされ、一方的な強姦で痛みと恐怖だけが、身体を貫いていく。
細い脚が幾度も突っ張り、薄い胸に歯形がいくつも散った。
鈍痛が腹の奥を突き上げ、脈動音が、熱く少女を打ち据えた。
痙攣する身体に、何度も突き込まれ、射精が繰り返され、少女は、もう自分が汚れてしまった事だけを、何度も感じさせられた。
放り出された少女を、別な兵士がのしかかっていく。


「んうっ!、うっ!、んんっ!、んーっ!、んーっ!、うううっ!」
美しい三十がらみの女性が、前後からサンドイッチ状態で3人の男から輪姦され、喘いでいた。
豊かな胸を、あざがつくほどつままれ、苦しげに声を上げる。
からみつく熟れた肉体に、欲望の肉茎が、狂ったように突き上げる。
惑乱した女性は、もう、何がどうなっているのかすらわからない。
肉感的な腿を、裂けんばかりに開き、アヌスとヴァギナを激しく犯される様を晒させられ、のけぞるように、濡れた身体をくねらせる。
されるままに咥え、しゃぶり、突き上げる動きに腰をくねらせていた。
もう、もう、何も考えたくない。
されるままに締めつけ、しゃぶりあげ、早くこの悪夢が終わる事だけを祈った。
「んうううううっ!!」
痙攣する身体に、激しく震える胸に、おびただしい白濁が、ほとばしった。

他にも、何人もの女性が、後ろ手に縛られ、台に縛り付けられ、したい放題に犯されていた。
濃い色の肌に、おびただしい精液がぬらぬらと広がり、滴りつづけた。


「こりゃあ、本気でまずいわ」

しっかりと締め切った酒場のテーブルに、ポッと火がともった。
長い赤のキセルに火が入り、優雅な煙が上がった。
煙をまとう女性は、24、5にも、30すぎにも見える妖艶な美女だった。
長い髪は金髪と見間違えそうな薄い茶で、優雅なウェーブを描いて腰まで落ちていた。
わずかに垂れた目が、ふしだらそうにも、優美にも、妖しげにもみえる。
身体にぴったりしたセクシーなドレスが、美しい曲線を露にして飾り立てていた。

ここは「J」と呼ばれ、裕福な商人相手の酒場として、有名だった。
「まずいっスか?」
スラリとした細いズボンにドレスシャツを着て、首元で蝶ネクタイをピシリと締めた、どこから見てもバーテンとしか見えない40男は、苦みばしった顔に困惑の表情を浮かべた。
「ああ、あたしの左腕をごらん。」
ハスキーな声で、肩から腕にかかる飾りをのけると、無駄な肉のないほっそりした腕、その二の腕の真ん中に、見慣れた鮮やかな蛇が鎌首を持ち上げている。
何度見ても、見事なイレズミだった。
だが、今日の蛇は、バーテンが見慣れているのと違い、鱗を逆立てているように見えた。

「蛇の肌が泡立っているだろ。これは船が沈む時にも出たし、ゴウヴァの街が地震にあった時も出たんだ。」
「ウェイン姐さん、それじゃ・・」
男の顔が青ざめた。
「この街は終わりだね。」
ウェインはキッパリと断言した。

ネズミは船が沈む時が分かるといい、ある種の生物は地震や天災を予知できると言う。
世界を歩き回ってきた彼女には、そういう危機への直感が発達していたのかもしれない。

しかし、どうやってこの街を脱出するか。
それが問題だった。

「姐さん、やっぱり難しそうですぜ。回りはがちがちに固められて、入る者も出る者もほとんど裸にして調べてます。」
「下司な連中だね。」
ウェインは吐き捨てるように言った。
たとえザツライ教徒であっても、怪しいと見るや、徹底的に財貨は没収してしまう。
ほとんど裸で放り出された一般市民は、次々と野垂れ死にするしかない。
ましてチェアラム教徒であることがばれれば、悲惨を極めた。

マスターと自分、二人だけならば何とかなるかもしれないが、店の娘たちを見捨てる事などできない。

ウェインは5人の娘を引き取ったり、買い取ったりして手元に置いていた。
18歳のメネシア、17歳のミーニィ、16歳のミューリア、同じ14歳のリューリューとペティ。

「あんたたちは親も身よりも無いんだ、自分ひとりで生きていくしかないんだよ。」
そう言いながら、料理手習いから、床の作法(要するに男性の扱い方)まで、色町の女としての教育を、かなり厳しくしつけた。
16になると、酷なようだが、客を選んで、女としても開花させていた。
それでも皆、実の娘以上にウェインになついていた。
メネシア、ミーニィ、ミューリアはかなりのひいきがつき、後妻や結婚の申し出も少なくない。
リューリューとペティはまだ厨房手伝いだが、もう少し成長すれば、人気者になれるだろう。
この時代の常識からいえば、彼女たちはこの上なく幸福な人生を送れるはずだ。


「街の年寄りか誰か、抜け道知らないかしらね。」
「街一番の年寄りと言えば、ロゼッタ通りの占いババアですがね。」
ウェインはその名を聞いて、酢を飲んだような顔をした。怖いもの知らずの彼女でも、あのババアは苦手だった。

「ばあさん、いるかい?。」
「ん――、その声は、吸い取り女のウェイン嬢ちゃんじゃないかえ。」
「あ、あのねー。」
「なに、私も昔は、みさかい無く男を吸い倒したもんさ。これでも“砂漠の月”とまで呼ばれたんだよ、ふぉっふぉっふぉっ」
しわだらけで、歯が2本しかない口で大笑いをするところは、絵本に出てくる魔女そっくりだ。
『なーにが“砂漠の月”さね。“砂漠のシミ”の間違いじゃないの。』
「何か言ったかえ?」
黄色く濁った目をじろりと向ける。
どうも心中を見透かされているようで、気分が良くない。

「それに、身体中、男の汗臭い匂いがぷんぷんしてるよ。皮鎧のにおいもあるから、腰抜け守備隊のやつらと遊んだんだろ。」
「ちょっと、ちょっと、人聞きの悪い。ここに来るのに、守備隊のバカどもにからまれたのよ。あっちこっちさわりまくって、胸や尻をもまれて、そんな連中に、酒を賄賂に渡して何とか逃げたけど、大変だったんだから。」
ばあさんはにやりと笑うと、紙にサラサラと書いた。
『声には出すんじゃないよ。聞いてる連中がいるからね。』

ウェインは一瞬、四方に目を走らせたが、後は世間話と、仕入れの不便、品物の不足、そして、戦争はいつまで続きそうなのかと尋ねた。

紙には『逃げ口か抜け穴だろ?』と書かれている。
驚きに目を見張りながら、軽くうなずくと、ばあさんはまた書いた。
世間話と仕入れの情報をいくつか話しながら、筆記具を動かす。
『五分五分、命がけだよ』
ウェインはまたうなずいた。“納得した”と。
ばあさんはある場所を書き、当り障りの無い話で締めくくる。
「ありがと。」
ウェインは何枚かのビタ銭を置き、握手をした。
握り込んでいた、かなりの額の宝石を、こっそり渡した。

歯の無い口が、にやりと笑った。
「幸運を祈ってるよ。」
小声でささやくばあさんに、ウェインも極上の笑みで答えた。

「みんな、急ぐよ。」
幸い、守備隊の巡視にも会わず、「J」に帰り着いたウェインは、全員をせき立てた。
ばあさんは、このあたりにもスパイ狩りの手が伸びると、暗に言っていた。
へたをすれば今夜だ。
だが、ミューリアはここに残ると言った。
「誰もいなければ、かえって疑われます。幸い、私のお客様には、司祭様などもおられますので、何とか成ります。」
ミューリアは、微笑みの美しいタンポポのような娘で、面倒見がよく、頭も良かった。
「姐さま、リューリューやペティをお願いします。」
まだ14のリューリューやペティのために、時間を稼ぐ気なのだ。

もう、ウェインも何も言わなかった。
全員をせき立て、裏口から抜け出し、狭い路地を走った。
みな、涙を堪えながら走った。

ミューリアは、一人で静かに部屋を掃除していく。

にぎやかだった酒場、美しい女性たちが集い、多くのお客様をもてなし、全てを睥睨しながら、的確な指示と艶やかな姿で“J”の中心に立っていたウェイン姐さま。

本当に幸せだった。

ミューリアは、聖ザツライの絵姿を掲げ、静かに祈り、感謝した。
突然、扉を乱暴に叩く音がした。

 

続く