夜。
 草木が多い茂っている深い森の中。不思議と獣の声さえ聞こえてこない。
 その中で、パチパチと枝の爆ぜる音だけが聞こえている。焚き火の音だ。
 焚き火を囲んでいるのは二人の少女。若い方の少女は、およそ旅をしている風には見えない。
 街中か、森であれば昼間の風景が似合うような、まさに村民の普段着といった感じである。
 疲れきっているのだろう、少女は木の根を枕に寝息を立てている。
 一方の少女のローブからは肩当、それと胸当が覗き、腰には中々立派な造りの長剣が一振り。
 軽装ながらも立派な、というのもおかしいが、冒険者のいでたちだ。
 こちらの少女は切り株に座り、時折辺りを警戒しながら焚き火の番をしている。

 この二人がいっしょに連れ立っている理由は実に簡単。つい先ほど、ならず者に絡まれている少女を助けたのだ。
 さすがにそこら辺にたむろしているだけのならず者二人相手に遅れをとるほどではない。
 さっさと追い払い少女を保護したはいいが、勝手のわからない土地の森の中、おまけに夜。
 月の光も届きづらいこの状況ではあまり動くのもどうかと考え、夜明けを待つことにした、という訳だ。
 
 焚き火の中に枝をくべながら、ふと少女の寝顔を覗き込み、懐かしむように微笑んだ。
 寝ている少女に自分が、今の自分にある冒険者が重なる。
――そういえば、あれからまだ一年も経っていないんだっけ。
 その少女――フェリルはなんとなしに、そのころのことを思い返していた。
 
――最初のころは焚き火や野宿なんて考えたこともなかった。冒険者として、よくよく常識がなかったわけで。

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 シュフルース――現在地、クルルミクから北方に2度ほど国境を越えた、この辺りでは珍しい民主制の王国。
 フェリルはその国のある地方都市で生まれ、そこで育った。
 特に不自由のない生活の中、特に両親からしつけや嗜みをとやかく言われるでもなく自由奔放に幼年期を過ごした。
 そんな中で、フェリルは二冊の本を手に取ることになる。
 一冊は魔法の理に関する本。子供ながらに興味を持って読みふけり、火を点すくらいの魔法は使えるようになったが、
 いつしか興味も薄れ、気がつけば他の雑多な本と同じく、本棚の飾りに加えられていた。
 もう一冊が世界各地の色々な史跡、景観をまとめた本。
 幼いフェリルにはどの絵も、文も、まばゆい光を放っているように感じた。、
 本の中の内容を実際にこの目で見たいと強く思い、いつしか冒険者になることを志した。
 幸いにも兄、姉が一人ずついたため、家の煩雑なことを考えなくていい立場にあったことも夢を追うことを手伝った。
 そして、15歳になってから少したったある日、
 家族、主に母親の反対を押し切る形で実際に冒険者としての一歩を踏み出したのだ。

 そんなフェリルの旅はいきなり危機から始まった、といっていい。
 何せ今まで衣食住の満ち足りた生活を送っていたのだ。
 そんなものは当たり前にあるものだと思っていて、特に食と住に困るなど考えも及ばなかった。
 それこそ野宿すら考えていない、冒険者というよりは裕福な旅行者の気分だった。
 平々凡々だと思っていた生活は、実は恵まれた生活だったのだと苦笑するしかない。

 そんな危機管理の「き」の字もないような状態では、とんでもない目にあうのも当然だった。
 旅に出てから、とりあえず南へ南へと移動していたフェリルは、ある日、山中で日没を向かえてしまった。
 ある程度冒険に慣れていれば他に気にすることがあっただろうに、フェリルは宿の心配をしながら歩いていた。
 警戒心も何もない風に行動している彼女が、ならず者に目をつけられるのは当然のことだった。

 気がついたときには3人のならず者に囲まれていた。慌てて腰の剣を抜き、構える。
 対して、ならず者の方はニヤニヤとしながら距離を詰めてくる。3人とも警戒すらしていない。
 それどころか、わざと隙の一つも作って挑発しているようにさえ取れる。
 武器を持った相手に対してこの態度。それはフェリルを見ればわかるだろう。
 剣を振った経験自体数えるほどしかない。当然、人に向かって振るったことなど一度たりともない。
 そのため、じわじわと距離を詰めてくる相手に腰は引け、体が強張り、構えた剣先がガタガタと震えている。
 誰がどう見ても素人。3人を相手にして、敵うわけがなかった。
 それでも何とかこの場を打破しようと振るった剣に、相手の剣を合わされる。
 それで簡単に体ごと弾き飛ばされた。右手が衝撃でしびれ、顔を歪める。剣も取り落としてしまっていた。
――早く拾わないと・・・っ
 そう思い剣がはじかれた方を見遣る。
 次の瞬間、ならず者の「ひゃはぁっ」という声が聞こえ、衝撃。
「なかなかの上玉じゃないか、ラッキーだぜ」
 視界に突っ込んできたならず者の下卑た顔が映り、すぐに目の前が暗転していった。

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 ふと、がさがさと何かを重ねるような音が聞こえ、フェリルは目を覚ました。
 何が起こったのかよく分からずぼーっ、としていたが、ふと意識を失う前のことを思い出し、ばっと起き上がった。
 右腕と頭に鈍痛が残っている以外は特に問題はない。着ていた服も、剣も無事だった。
「気がついたかい」
 声。振り向くと、自分と同様に旅の装いをした女性が木の枝を集めていた。
 適度についた筋肉といい、使い込まれた装備品といい、フェリルには旅にずいぶんと慣れているように見えた。
「本当は宿屋かどこかで介抱したいところだけど、麓まで降りないといけなさそうだからね。
 悪いけれどここで一夜を過ごすしかないんだけど、それで大丈夫かい?」
 手を動かしながら目線だけをこちらに向け、矢継ぎ早に話を進めていく女性。
 それに圧倒されつつ、フェリルはこくこくと頷いた。
 その様子に女性はははっ、と笑いながら続ける。
「なら安心だ。通りがかったらあんたがならず者に転ばされてるところが見えてね。いや、まったく肝を冷やしたよ。
 アタシが通らなかったら今頃あいつ等のオカズだよ――まあ、いろいろな意味でね」
 話し口からして、彼女がならず者たちをくれたのだろう。
 フェリルは彼女が通りがからなかったらどうなっていただろうと考え、ぞっとした。
「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」
 頭を深々と下げる。女性はそれを手で制した。
「ん、まあいいって事。こういうのはお互い様なんだからさ・・・と、よし、これくらいでいいだろ」
 気がつくと焚き火の用意ができていた。簡素だがその都度枝を足していけば、一晩くらいはもつだろう。
 ならず者を撃退したことといい、焚き火を作る手際といい、女性は冒険者に必要な技術をいくつも持っている。
 それに対して、フェリルは自分が何の技術も持っていない――そのことを痛感した。
「っと、あれ・・・? おかしいな・・・」
 組みあがった焚き火に火をつけようとして、女性はがさごそと道具袋を漁り始めた。
 目当てのものが見つからなかったらしく、他の袋――続いて服へ。
 数分ほどそうしてから、女性はばつが悪そうに言った。
「あちゃ〜・・・ごめんごめん。どうやら火種を切らしてるみたいだわ。悪いけど、そっちは持ってないかい?」
 当然、野宿なんて想定していなかったフェリルが火種なんて持っているはずがない。
 その旨を伝えると女性は腕を組んで考え込んでしまった。同様にフェリルもどうすればよいかと考える。
 そこで、ふと昔のことを思い出した。
「何とか、なるかも」
 そう、確か昔本を読みながら練習して、指に火を点すくらいの魔法は使えるようになったはずだった。
 正直昔のことなので、今も使えるかどうかはわからないが、今はそれくらいしか火種になるものがない。
 頭の片隅に残っている術式を反復しつつ、精神を集中する。
 指の先が暑くなってくるのが自分でも分かった。更に精神を集中させ――火が点った。
 そのままそれを枝に引火させる。枝の爆ぜる音を響かせながら、焚き火は静かに燃え上がった。
「へぇ、珍しいね。ここいらでは魔法なんて魔術師様や賢者様のようなお堅い連中しか使える奴はいないからね」
 一部始終を見ていた女性が感心したように声を上げた。そなまま、次は不思議そうに尋ねる。
「・・・でもそれなら何で使わなかったんだい? 魔法が使えるなら自分ひとりでも何とかなったろうに」
 冒険者の中には結構いるとはいえ、一般人が日常で慣れ親しむほど魔術が浸透しているわけではない。
 ある程度の魔法が使えるのであれば、威力は別として、威嚇して相手を退けるには十分だった。
「ははは・・・それが、この魔法くらいしか使えないんですよね」
 頭を掻きつつ、フェリルは答えた。さすがにマッチの火のようなものでは相手が怯みようもない。
「それもまた微妙な感じだねえ。まあ、でもここで役に立ったんだから、覚えてて損はなかったってことだ。
 そこまでいくのも一つの才能だから、せっかくだし続けてみるのもいいと思うけどねえ」
 そういって、女性は豪快に笑った。

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 翌日、女性に連れられ麓の街までやってきたフェリルは念のために医師の診察を受けた。
 結果としては特に傷もなく、このまま旅をしても大丈夫だということで、そのまま薬草だけをもらって診療所を出た。
「どうだった?」
 市場で色々と物資を調達したのだろう、先ほどよりも荷物がずいぶんと増えた女性が声をかけてきた。
「ええ、この程度なら全然平気だということです」
「そっか、よかったじゃないか」
 そう言って、肩をぽんぽんと叩く女性に、精一杯の感謝を込めながらフェリルは頭を下げた。
「何から何まで、本当に、ありがとうございました」
 昨日と同じように照れくさそうに手で制しながら、女性は返した。
「いいよいいよ。それより、これからどうするんだい」
「それなんですけれど・・・」
 一瞬の躊躇。しかし、一晩かけて考えていたことを結局そのまま口にした。
「急ぐ旅でなければ、でいいんですけれど、できれば連れて行ってくれませんか」
「アタシにかい? あんな所にいたんだから、そっちが急ぐ旅だと思ってたんだけどね」
「いや、ただ単に立ち往生してただけです」
 少し赤くなりながら答えるフェリルに、何とか笑いを押し殺しながら女性は答えた。
「あんな場所で、ね。なるほどねえ・・・それじゃあ」
「はい、私のほうは特に宛てもない旅なので、是非」
「なら、まあいいか。それじゃ、よろしく・・・っと、そういえばあんたの名前、まだ聞いてなかったね」
「フェリルです」
「よろしく、フェリル。アタシの名前はフレシアだ。堅っ苦しいのは嫌いだから呼び捨てでかまわないよ」
 そういいながら女性――フレシアは右手を差し出した。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。フレシア」
 それに答えながらフェリルも右手を伸ばし、結成の握手を交わした。

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 それから、フェリルはフレシアと行動を共にした。
 フレシアは武者修行のために各地を旅しているらしく。色々な使い手の噂を聞いてはそちらに足を向けた。
 その道中で少し寄り道をしつつ、フェリルの求める史跡や名所を巡る――そんな生活が続く。
 物見遊山気分で旅をしていたフェリルなだけに、最初はフレシアについていくのがやっとだったが、それにも慣れた。
 そのおかげか、宿につくとすぐに眠りこけていたほど、足りていなかった体力にも余裕ができ、
 その分、夜、宿についた後にフレシアから剣術の手ほどきを受けた。
 いつでもフレシアが助けられるわけではない。せめて自分の身だけでも守るため。

 最初にフレシアと剣を合わせた時は散々なものだった。
 十本やっても一本も取れないどころか、片手しか使ってもらえない始末。
 最後の三本にいたってはその場で止まったままのフレシアにいいようにしてやられたのだ。
「いやむしろ、よくここまで生き延びてきたなと感心するよ。剣の振り方が大雑把過ぎる。剣先もブレているし。
 こんな状態で旅に出るのはよっぽどの世間知らずか、思い上がったお山の大将くらいのもんだよ」
 木剣で肩をトントンとたたきつつ、半ばあきれたようにフレシアが言った。その言葉がグサッと突き刺さる。
「う・・・どうせ私は世間知らずですよ」
 そっぽを向くフェリルに苦笑しながら、
「そこ、いちいち拗ねない。いいかい、よく見てな」
 それだけ言うと、フレシアは手ごろな杭に向き合い、腰を落とした。
 芯が一本入っているように、構えがぶれない。そのままの体勢で何度か呼吸を整え、
「・・・しっ!」
 という掛け声と共に打ち込み始めた。右へ左へと体を裁き、その都度杭に一撃を加えていく。
 緩急を織り交ぜつつ、上下左右、あらゆる角度から人間の急所であろう場所めがけて剣を振るう。
 これが真剣だったら、手ほどきではなく実際の戦いだったら、フェリルでは数秒も持たないだろう。
 まさに剣舞という言葉がぴったり来るような動きに、フェリルは目を奪われていた。
「さ、そろそろ終わるよ」
 ふと声が聞こえ、その瞬間、フレシアの体が一気に沈んだ。
 そこから体中のばねを最大限に使って切り上げた後、これで終幕とばかりに大仰に剣を掲げ、
「はぁぁぁぁぁッ!」
 だんっ、と大きく踏み込むと杭に向かい、全体重を乗せて袈裟懸けに打ち込む。
 夜の街に高く、大きな音が響き渡った。
 数秒の後、ふっ、と力を抜くとフレシアはこちらを向き直った。杭はそこら中がおかしな風に凹んでいる。
「ハァ・・・ハァ・・・ま、こんなもんかな」
 その声でようやくフェリルは我に返った。
「は〜、すごい・・・綺麗な剣捌きだなぁ・・・」
「感心ばかりしているんじゃないよ。すごいかどうかなんかじゃなく『どうすごいか』が大事なんだからね」
 二人でため息。フェリルは感動、フレシアは半分呆れて。
「まずは、他の人の動きをよく見ること。使えそうなところがあればどんどんマネをすること。
 そうして慣れて、コツを掴んでいけば、知らない間に自分の形になってるってもんさ。
 そこからはじめることだね。アタシのでも多少は手本になるとは思うからさ」
「動きをよく見て、マネをする・・・」
 そう呟きつつ、フェリルは剣を振るう。だが、その形はぎこちなく、振った後に時々、大きくよろめく。
 その様子に、もう一度フレシアはため息をつく。
「まあ、フェリルの場合はその前に体幹を鍛えないとだめかもしれないけどね」

 それからもフレシアに何度も手ほどきを受けながらの旅は続く。
 各地の名所を見て回ったり、使い手との対戦に同行したり。
 変わったといえばフェリルの気の持ちようだろうか。
 それまではなんとなしに見つめていた使い手とフレシアとの対戦も、ずいぶんと違ったものに感じた。
 フレシアを相手取る時、どう行動するのか。逆に相手の攻撃をフレシアがどう裁くのか。
 出来る限り目に焼き付ける。フレシアも、相手も。
 それを反芻しつつ剣を振り、しっくり来たものがあれば取り入れながら、またフレシアと手合わせをする日々。
 
 さらに各地を転々とする。主にフェリルの失敗が縁で、旅の道連れも二人、増えていた。
 一人は魔術師のイルビット。術式の展開方法や精神集中の修練など、フレシアの次によく手ほどきを受けた。
 剣の修行のできない雨の日などは本の虫の側面を持つ彼から魔術の本を借りて、それを読みふけった。
 もう一人は僧侶のエインチェスカ、回復の出来る彼女がパーティに加わったことで、
 修行も多少の無茶が出来るようになったのはありがたかった。
 尤も、フェリルには回復魔法の才能はなく、諦めるしかなかった。
 パーティがそろったことで、時には洞窟の中に入ることもあった。
 あまり役に立てず、よくイルビットよりも後衛にいるのは情けなかったが。
 それぞれの経験から様々なものを吸収する。それが楽しみになり、新しい経験を心待ちにするようになっていた。
 気がつけば、フェリルの旅の目的にも武者修行が加わっていた。

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 旅に出てから、つまり、フレシアと出会ってから半年程が経っていた。
 剣のほうもなんとか形になってきて、フレシアとの手合わせでもそれなりにやる気になってもらえるようになっていた。
 そんなある日、フェリル達は街の酒場で地図を囲みながら話をしていた。
 酒場の情報によるとこの辺りには遺跡のある洞窟と、大剣の使い手が隠棲しているという噂の小屋があるらしい。
 まずはどちらに向かうか、ということでフレシアとイルビットが互いに主張しあっているのだ。
「遺跡の方が近いんだから、こっちからいくほうが効率的だろ」
「遺跡は後でもいいじゃないか。こっちは人なんだ。もし何かあって」
「数日違うだけで何が変わるって言うんだよ。そんな数日間でどうこうなるならそれこそ明日行ったって無駄足だろ」
 いつものことながら、こうなると平行線だ。フレシアもイルビットも我が強くて、てこでも動かない。
 その様子に辟易して、フェリルは席を立った。それに気付いたエインチェスカが声をかける。
「あれ、どうしたんですか、フェリルさん」
「いつものことだけど頭痛くなってきた。夜風に当たってくるからさ、エイン、悪いけれど後頼むね」
「はい、まかされました・・・といっても、二人で盛り上がってるだけでしょうけど」
 苦笑するエインチェスカに苦笑で返しつつ、フェリルは酒場を後にした。

 酒場独特の熱気から開放され、大きく深呼吸をする。はたと気がついた。
 広場の位置、店の配置、武器屋の無駄に目立つ看板――
 この街はあの、フレシアとパーティを組んだ思い出の街だ。季節が違うので気付かなかったが。
 懐かしみながら道を歩く。診療所もあったが、さすがにもう開いてはいなかった。そのまま街外れの森に向かう。
「確か、むこうの山で助けられたんだっけ」
――もしこの道を通っていなければ、もし、あの山中で出会ってなければ、今頃どうしているんだろう。
 あまりいい想像ができないことに苦笑しつつ、フェリルは踵を返した。そろそろ言い合いも収まっているだろう。

 ふと、ガサ、という音が聞こえた。後ろを振り向き、ぱっと剣に手をかける。3人の柄の悪そうな男達が立っていた。
 そう、あの街、ということは。つまりはあの時のならず者どももいるというわけで。
 相手の出方を伺いつつ、剣を抜いて構える。半年前よりは幾分かサマになっていた。
 前とは違い、相手もニヤニヤしながら寄っては来ない。互いにじりじりと間合いを計る。
 少しの間そうしていただろうか、相手の一人が痺れを切らしたのか、斬りかかってきた。
 それを半身でかわしつつ、いなす。そのまま体重を乗せ、男の胴を一撃した。男はその一撃で崩れ落ちた。
 その様を見ていた二人は顔を見合わせると、同時に飛び掛ってきた。
 相手は二人、しかも男。しかし、剣筋はわかりやすかった。さすがに直接受けるとなると不利なので、
 二人の攻撃をかわし、いなし、払う。片方が見舞った大振りの一撃をかわし、腰をためて肩口への一撃。
 二人目もそれで倒れこみ、最後に残った男が怯む。フェリルはふぅっ、と一度息を整え、男の方を向き、構える。
「ここで立ち去るなら見逃してあげるけど、まだやる?」
 男はしばらくフェリルを睨んでいたが、舌打ちをすると茂みの中へ飛び込んだ。
 それを見送り、フェリルは剣を納めた。
 何とか勝てた。一人でならず者を撃退した。それに安心して、大きく息を吐き、体の力を抜いた。

 と、いきなり後頭部に衝撃が走る。首だけを廻して後を見ると、先ほどとは別の男が立っていた。
 どうやらもう一人、息を潜めて機をうかがっていたようだ。手には鈍器、衝撃はこれだろう。
 しまった――そう思ったが力は入らず、そのまま倒れこんだ。辺りからまたがさがさという音が聞こえた。
「てこずらせやがって・・・と、また横槍がくるとまずい。とりあえずアジトに連れ込んでから楽しむとしようぜ」
 どこかで聞いたような声が聞こえたが、後はもう何もわからなくなった。

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 次に気づいた時、フェリルの視界に柄の悪そうな男たちの顔が飛び込んできた。
 まずい、そう思って起き上がろうとするが、腕や足が上がらなかった。
 どうやら手足を拘束され、台の上に寝転がされているようだ。剣も手の届かないところにある。
 その状況で品定めでもするようにニヤニヤとする男たち。いくら経験のないフェリルでも意味することは容易だった。
――アタシが通らなかったら今頃あいつ等のオカズだよ、まあ、いろいろな意味でね
 フレシアと会った時、冗談めかして言われたことを思い出す。
 抵抗しようにも抵抗できない状況に恐怖し、フェリルは奥歯をガチガチと震わせた。
 ふと、その中の一人が覗き込んできた。
「よう、お嬢様。この顔覚えてるか?」
 醜悪にゆがむ顔に目をそらす。すると男は顔をつかみ、無理やり顔を男のほうに向けた。
「目ぇそらすんじゃねえよ。半年ぶりかぁ? まさかまた会えるとはなぁ」
 忘れるわけもない。顔面に大きな傷がついていることを除けば、あの時、山中で見たあのならず者だった。
「忘れろったって無理な話。そんな変な顔大陸中を旅したってそうそうお目にかかれるもんじゃないからね」
 精一杯の強がりも相手を喜ばすだけだった。
「おうおう、お気の強いことで。前は邪魔が入っちまったがな。
 今回はアジトまで連れ込んじまってるからな。助けが来たって無駄、無駄。へへへ・・・これからお楽しみってやつだ」
 それに同調するように辺りからひっひっひ、などという耳障りな笑い声が響く。
 一部からは「なあ、こいつどれくらいで壊れるか賭けねえか?」という声まで聞こえてくる。
「大体世間を知らないお偉方のお嬢様があんなところを歩いているなんて思ってもないからな」
 気絶している間にでも取られたのだろう、男の手には首からぶら下げていたペンダントがあった。
 旅に出た時、家の事も時々思い出して、と母親に手渡されたものだ。
 あの時は気付かなかったが、後で、家の紋章が彫られていたことに気付いた。
 それでも公の場に連れて行かれたわけでもなく、家柄はよく知らなかったし、
 パーティの皆も気にしなかったこともあって普通につけていたのだが――。
「あの時は身代金でも吹っかけて済まそうと思ってたんだがな。コケにされたまんまじゃ収まりがつかねえ。
 壊れるまでヤったあと、どこぞの変態貴族にでも売りつけてやるぜ。もちろん、身代金も吹っかけた後でな。
 お前ら、このお嬢様に叩き込んでやれ。色々とな」
 その言葉と共に、歓声を上げつつならず者たちが踊りかかった。

 フェリルも必死に暴れたが、手足が動かない状態ではろくな抵抗ができるわけでもない。
 まず、鎧がはずされる。下に着ていた衣服が破られ、歳の割りに小さいが、それでもささやかに主張する胸が露になる。
 その様に更に大きな歓声が上がる。男たちの中には我慢できずにいきり勃った下半身を曝すものもいた。
「おら、口あけろよ」
 その中の一人が自分のモノをフェリルの顔に近づける。
 それが視界に入らないよう、フェリルは口を閉じて顔を背けた。その様子に更に歓声。
 更にもう一人が股の間に立つ。その様子にもう一人が声を上げる。
「てめえ何勝手にいただこうとしてるんだよ、俺が先だっつーの」
「うるせえな、どうせヤれるんだからいいだろうが」
「だって、どう見たって初物だからよぉ・・・なら、中にだけは出すんじゃねえぞ、気分悪い」
「へえへえ、気をつけるよ、それじゃ、お先に・・・っと」
 下着に手が掛かった。フェリルはもうだめだと思い、せめてもの抵抗に目を瞑り、口を固く結んだ。

 その時。
「なーんかいやな予感がすると思って探しにきてみれば、やっぱりか」
 男達がばっと振り返る。フェリルも恐る恐る目を開けた。
 視線の先には、頭を掻きながらため息混じりに歩いてくるフレシアの姿があった。
「てめえ、あの時の・・・!」
 顔に傷を持つ男がにらみつけるが、気にせずにフェリルのほうへ近づく。
 呆気に取られていた男たちがあわてて構えるが、アジトの中で安心しきっており、
 しかも今まさにことを始めようとしていたということもあり、剣をそこら辺に置いてしまっていた。
 そんな状態では剣を持っているフレシアをとめることなど出来はしない。
 フェリルの周りにいた男は全員あっさりとたたき伏せられた。
「ふう、ギリギリ間に合ったみたいだねぇ。」
 フェリルの拘束具をはずし、自分のローブを掛ける。手をとってたたせると、一人残っている男に向き直った。
「しかしあんたらも警戒心がないねえ。武器くらい携帯しながら行動しな。見張りも寝てるような奴じゃ意味がない」
「使えねえなあ、あのバカども・・・」
 男は苦々しくつぶやいた。
「このまま大人しく帰したらそれこそ俺らのメンツが立たなくなっちまう・・・。
 悪いけど二人で落とし前は付けてもらうぜ、野郎ども!」
 その声に呼応するかのように、奥からぞろぞろと男達が集まってくる。
 人数は四十人程、先ほどの男たちとは違い、全員武装をして、戦闘準備も整っている。
「かぁ・・・これはまずいねえ。どこからこんな人数集めてきたんだか」
「別にここにいた奴らだけだなんて一言も言ってないぜ。
 最終的にはこいつらも呼んで輪姦してやろうかと思ってたんだけどな。
 二人いるならこれくらいいても問題ないだろ。特にそっちのは壊れにくそうだしな」
 数の優位か、ニヤリと笑う男。
「そいつはどうも。満足させてくれることを期待するよ」
 そうおどけて言いつつ、フレシアも構える。その構えはフェリルから見て、いつもより余裕がないように見えた。
 つまり、それだけ危険な状況ということなのだろう。
 フレシアは睨みをきかせると、フェリルに耳打ちした。
「・・・フェリル、さすがにこの人数を相手にするのは骨が折れそうだ。
 あんたはさっさとここから逃げてイルビットとエインを連れてきてくれ」
「で、でも」
「いいから。このまま二人で逃げたって追ってくるってのは見えてるんだ。
 追いつかれたら最後、二人とも捕まるだけさ。どっちかが持ってる間に助けを呼ぶしかないんだよ」
「だったら・・・」
「私が残る、って? 拉致られてる時点で難しいって気付きな。
 このまま残るだの私が残るだの言ってぐずったら、まずあんたからぶっ飛ばすよ!」
 今までに聞いたことのないフレシアの怒声。ここにいたって足手まといだ、そう断じられた。
 一度ぎゅっと唇を噛んでから頷くと、フェリルはきびすを返した。
 何人かが捕まえようと前に出るが、それをフレシアが妨害する。それを尻目にフェリルは駆け出した。
 洞窟を抜け、一度だけ振り返る。時々音が聞こえるが、中がどうなっているかはわからない。
 フェリルが今できることは、できるだけ早く街に戻り、二人を連れてくることだけだった。
――結局、守られているばっかりだ。
 後はもう振り返ることなく、街に向かって走る。悔しくて、目から涙をこぼしながら。

 前に出てきた男を叩きのめし、フェリルが走り去るのを見届けると、フレシアは男の方に視線を戻した。
「また邪魔しやがって。あいつの家にでも頼まれた付き人かよ、お前」
 苦虫を噛み潰したような顔で男は吐き捨てた。その一言にフレシアはぴくり、と反応する。
「へぇ、あの子付き人なんて雇える家柄だったのかい・・・。道理で世間知らずだったわけだ。
 でも悪いけど、アタシは貴族様に興味なんてなくてね。あの子のことは乗りかかった船だから助けてるだけさ」
「かっこいいねぇ。まあ、どうでもいいんだよてめぇの主張はな。助けに来たところを全員とっ捕まえて、それで終いだ。
 それに、俺としてはお前にも借りがあるからなあ、この傷の借り、きっちり返してもらうぜ。覚悟しやがれ!」
「やれやれ・・・なんとも小悪党だねぇ」
「うるせえ! 余裕こいてるんじゃねえよ!」
 男がそう言い放ったのを合図に、ならず者たちはフレシアに殺到した。フレシアも迎撃の態勢をとる。
「どれだけもつか・・・早くしてくれよ、フェリル・・・!」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 街の診療所。その奥まったところにある部屋。フェリルはその部屋の前に立つと、二回、扉を叩いた。
「はいはい・・・っと、あ、フェリルさん。おはようございます」
 エインチェスカがドアを開けた。フェリルの姿をみとめ、ぺこり、とお辞儀をする。
「おはよう、エイン。フレシアの様子はどう?」
「はい、ようやくベッドから起き上がれるようになりましたよ。どうぞ」
 フェリルは促されるままに部屋の中へと入った。清潔に保たれた室内。
 その中にいくつかあるベッドの上で、フレシアは上半身だけを起こしていた。体中の包帯が痛々しい。
「おう、フェリル。おはようさん。よくきてくれたね」
「おはよう、フレシア。どう、調子は・・・と、言うのもなんだけど・・・」
「不思議な気分だよ。今まであった部分がなくなるってのはさ。慣れるまでにはまだ時間が掛かりそうだね」
 そういいながら、ははっ、と笑う。しかし、今までのフレシアに比べるとやはり、力ない笑いだった。

 あれから全力で酒場まで戻ったフィリルはイルビットとエインチェスカに事情を説明し、
 二人を連れてすぐにアジトへと取って返した。
 入り口まで辿り着いたが、何の音もしない。戦闘はもう終わってしまったようだった。
 最悪の事態も思い浮かんだが、気を奮い立たせて3人で中に入っていった。
「な、んだ・・・これ」
 目的地に辿り着いた瞬間、想像以上の光景にイルビットが呟いた。
 先ほどまで自分が捕らわれていた空間、そこは最後に見たときとはまったく違う様相を見せていた。
 まず、嗅覚。数十人が入る空間なだけに結構な広さがあったのだが、むせ返るような血の臭いが漂っていた。
 そして、視覚。辺りには赤色が飛び散り、四十人はいたであろう男達のそのほとんどが斬り伏せられていた。
 残りも多少なり怪我を負っていて、フェリルたちが踏み込んだことに気付くと慌てて逃げていった。
 いったいどんな戦いが繰り広げられていたのかは想像も付かないが、フレシアはこれだけの人数を相手取り、
 さらに、たった一人でこれだけ倒したのだ。
 そこで、フェリルがはっと気付く。
「そうだ、フレシアは!?」
 慌てて中に入り、フレシアを探す。もう連れ去られた後なのか、それとも力尽きて、倒れているのか。
 三人で手分けをして、倒れている一人一人を確認し、男をどかし、物と物の隙間を覗き――
 そして、見つけた。
 フェリルが拘束されていた台、それに寄りかかるようにしていた。
 男の返り血と、自分の血で体中を真っ赤に染め上げて、そのままの状態でぴくりとも動かなかった。
 すっとエインチェスカが手を顔に近づける。
「大丈夫、まだ息はあります・・・でも、出血が多いですし、早くしないと危険かもしれないです」
 すぐにフェリルとイルビットが担ぎ上げて、街に向かう。
 その間、エインチェスカは横から回復魔法を掛け続けていた。
 酒場の誰かが連絡をしておいてくれたのだろうか、診療所に着くと、すぐに中へと運ばれていった。
 エインチェスカの回復魔法と医師の適切な処置のおかげか、フレシアは一命だけは取り留めた。しかし――

 折れていた足は時間をかければ直るだろう。でも、左目が潰され、右腕はひじから先を失った。
 世界中の使い手と手合わせすることはもうできないだろう。

 つまりは、彼女の旅は道半ば、ここで途絶えてしまった。

 気を利かせてか、エインチェスカが退室し、室内にはフェリルとフレシアだけが残った。
 長い沈黙。言葉が見つからず、フェリルは所在無さげに視線をさまよわせていた。
 その間、フレシアも黙っていた。フェリルの言葉を待っているように。
 沈黙に耐えかねて、フェリルは意を決して口を開いた。
「フレシアは、さ」
「ん」
「やっぱり、後悔してるよね。あそこで一人残らなければ、こんな事にはならなかったかもしれないし」
 視線を落としつつ、尋ねる。
「まあ、ね」
「やっぱり、そうだよね」
「・・・でも」
 その言葉に顔を上げる。フレシアは不思議なほど穏やかな顔でフェリルを見つめていた。
「逆にあんたがこうなっていたかもしれないし、
 下手したら二人とも光の差さないような生活を送る羽目になってたかもしれない。
 そう考えると、あの時点で考えられる最良の結果だった、と思うことにしてるよ」
 窓の方を見やる。町の人に混じって数人、冒険者の姿。それを見て、懐かしそうに目を細める。
 つい数日前まではあちら側の人間だったのに、今では届かない。
「そりゃ、後悔はしてるさ。ここでアタシの冒険者人生も終わりだからね。
 この近くにいるという使い手とも手合わせしたかったし、
 それこそ、この大陸を制覇したら次の大陸へ、何てことも思ってたわけだからね。
 それができなくなったのは残念だけど、でも、これはアタシの性分なんだ。
 自分の目的のために人を見捨てることはできないっていう。
 人を助けるために、好きでやって、それでこういう結果になった。それだけ。
 だから、あんたが悔やむことじゃないよ」
 こんっ、と残った左腕でフェリルの頭を小突く。
「あたっ」
「ったく、暗い雰囲気は苦手なんだ。あんたがそれじゃぁこっちまで調子が狂うよ。
 自由気侭で、好奇心が旺盛で、時には無理に場を盛り上げようとして。
 妙なところで神経質なくせに、どこか抜けてて」
「ついでに、常識もなくて」
「ははっ、まあでも、そこは大丈夫だよ。今ならやっていける。
 一緒に旅をしてたアタシが保障する。とにかく、それがフェリルだろ?」
 その言葉に、こくりと頷く。無理に笑顔を作りながら。
「よし、それでこそアタシの知ってるフェリルだよ」
 それから、もう一度窓の外を見る。先ほどまでいた冒険者はもうどこかに消えていた。
「もし、それでも責任を感じてるんなら。
 アタシの代わりに色んな場所を旅して、色んな奴とあって、
 そうしてみたものを立ち寄った時にでも話してもらうよ。それでいい。
 そうすればアタシはそれを楽しみにして生きていけるだろう?
 まあ、生活の方はエインチェスカがしばらくは面倒見てくれるって言うし、心配しなくていいさ」
 フェリルの方を向き、
「な、だから安心して、旅を続けな」
 少し時間をかけた後、もう一度フェリルは頷いた。先ほどよりも力強く。
「よし、こっちも安心したよ。それじゃあ餞別に」
 フレシアはフェリルに一枚のローブを渡した。あの時、フェリルに掛けたあのローブだ。
「そのローブはやるよ。これから先、家柄を隠して旅を続けるならちょうどいいだろ?
 また、あいつみたいなのが絡んでくると大変だからねえ」
 フレシアはぽんぽん、とフェリルの頭をなでた。今までで、一番穏やかに。
「だから、ここからは只のフェリルとして頑張りなよ。できれば、冒険者としてあんたの名前が聞こえるくらいにね。
 これでも一応、アタシはあんたの才能を見込んだ一人なんだから」

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 数日後、旅支度を終えたフェリルは、エインチェスカとフレシアの元を訪れた。
 今まで下ろしていた髪を後で結い、フレシアのローブを着込み、名乗る姓を変えて。
 母親から貰ったペンダントは、やっぱり外すことはできずに、ローブの中に隠して。
「へえ、これだけでもイメージって変わるもんだねぇ。うん、いい感じだよ。
 いつかこの顔が大陸を席巻するよう頑張りなよ」
 いつものように頭をぽんぽんとはたかれ、フェリルは不満げに言った。
「顔が出回るのはあまりいいイメージじゃないと思うんだけど」
「どちらかというと顔が出回るのは犯罪者ですからねえ」
 エインチェスカがそう続ける。それに笑いながら、フレシアは冗談交じりに答えた。
「前例は打ち砕かないと」
「はいはい、まあ誤解されて捕まらない程度に頑張りますよ」
 フェリルも皮肉っぽく返すと、エインチェスカのほうを見た。
「さてと、もう行くよ。今日中に次の街にも入りたいからね。
 それじゃエイン、フレシアのことは頼んだよ」
「はい、任せてください、フェリルさん。フェリルさんもイルビットさんのこと、お願いしますね」
「任されたよ。こっちは安心しておいて」
「普通、逆じゃないのか」
 ため息交じりで割り込むイルビットを、フレシアがフォローする。
「それなら、アタシの方からお願いしておくよ。イルビット、フェリルのこと、頼んだよ」
「ああ、任せておいてくれ」
「それじゃあ、フレシアも元気で。
 いつか、また冒険者に戻りたくなるようなそんな土産話を持って戻ってくるから」
「ははっ、そいつは楽しみだよ。待ってるからね」
「うん・・・それじゃあ、いってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
「道中、お気をつけて」
 初めてパーティを結成した街は、皮肉にもその解散の街でもあった訳だけれども。
 またいつか、この四人で旅することを夢見て。
 二人の声に見送られ、彼女は只のフェリルとして一歩を踏み出した。

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 それからはイルビットと共に、色々な国を渡り歩いた。
 その時その時で臨時のパーティを組みつつ、さまざまなダンジョンにも挑戦した。
 その途中も酒場で剣士や魔術師の噂を聞いては、その人を訪ねて手合わせしたり、技術を学んだりもした。
 かつて、フレシアがそうやっていたように。
 魔術も剣技も経験を積み、剣の方は少しは自信も付いた。まだまだ、発展途上だけれど。

 それから、旅を続けていくにつれ、ダンジョン内で撤退を念頭に入れた行動も取るようになっていった。
 これは、フェリルが自分の今の実力を考えた結果だった。
 不本意ではあったけれども、今のフェリルの実力ではメンバーに危機が迫った時、
 フレシアのように自分が残って敵をひきつける、なんてことはできようもなかった。
 パーティを、そして自分を守るために、意地や面子を抜きにして今の自分が取れる最善の方法、
 それが、こちらの消耗をいち早く察知して、撤退すべきところでは無理せず撤退することだったのだ。
 これは、フレシアが知ったらどう思うだろうか。呆れるか、それとも「それでいい」といってくれるのか。

 そうして旅を続けていた1ヶ月前のある日、フェリルはクルルミク王国にあるダンジョン「竜神の迷宮」の噂を聞いた。
 ワイズマンという魔道士が最下層を占拠し、その討伐のために多額の懸賞金をかけ、冒険者を募っているという内容。
 路銀として使える多額の懸賞金、集まってくる人々やダンジョン内のモンスター。
 さらには竜神の迷宮自体が持つ遺跡としての魅力。
 フェリルがその噂話に興味を持つのは当然のことだった。
 竜神の遺跡に掛かっているという呪いのために今回ばかりは一緒に行動できそうにないイルビットと、
 合流時期と場所を決めた上で一旦別れ、単身竜神の迷宮に向かい――

――そして、現在に至る。

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 気がつくと、焚き火の火が幾分か弱まっていた。ずいぶんと長い間思い出に耽っていたらしい。
 横では、まだ少女がすやすやと寝息を立てている。
 フェリルはもう一度居住まいを正すと、木の枝を焚き火にくべた。

 火の勢いが元に戻ったのを見届けると、フェリルは地図を取り出した。
 彼女たちのいる森の近くには街が一つあった。おそらく、ここが少女の住んでいる街であろう。
 何かのお使いを頼まれ、帰りが遅れたためにならず者に囲まれた、と見るのが妥当か。
 そこからもう少し離れたところに印をつけた、これも、大きな街がある。ここが目的地、竜神の迷宮がある街。
 道は多少ずれるが、方向としては同じだ。距離もさほど離れてはいない。
 少女を保護したことで、少しだけ予定が変わった。まずは彼女を街に送る。
 それから、今日はすっかり寝ずの番をすることになったので仮眠をとって――
「この子を街に連れて行ったとしても・・・明日中にはなんとか辿り着けそうかな
 明日は情報収集と休憩だけで終わって、実際の探索は明後日から。うん、それで行こう」
 フェリルは指で地図をなぞりながら、確認するようにつぶやいた。

 
  彼女がワイズマン討伐に身を投じる、二日前の話。
  この後彼女がどうなるのか、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

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 以降、SSの中に出てきた心底どうでもいい設定内容。

・シュフルース:クルルミクの北方に位置する王国。元首・議長が国王の民主制国家。
        現在はグラッセンとは不可侵条約を結んでいるため比較的平和。
        南部は穀倉地帯、北部は漁や放牧が盛ん。ご飯には困りません。
        代わりに製鉄などは資源が少なく、他国の輸入に頼っている状況。
        人口は数十万人、面積も比較的狭い小国家です。

・フレシア:フェリル憧れの姐さん。軽戦士。ニュートラルだけど犠牲持ち。(ぇ
      各地で噂になっている剣士を訪ね歩き、手合わせを所望するという、
      「俺より強い奴に会いに行く」っぽい姉さん。
      途中かいてて正直彼女の作品といってもいいんじゃないかと思えた。
      「舞を踊っているようにも見える」剣技は相当達者。実力レベル20越えのはず。

・エインチェスカ:通称エイン。ロウの僧侶。意外と隠れてチョコチョコと動いていたキャラ。
         彼女を追加した結果フレシアは死なずにすみました。
         フレシアに付き添うようにしてパーティから脱退。お姉様ーとか、多分その気はない。
         基本は敬語で誰にでも「〜さん」を付けて話す。
         堅苦しいのは苦手だからと呼び捨てを希望したフレシアを曲げさせたある意味すごいキャラ。

・イルビット:パーティの黒一点、ハーレム状態の男。ニュートラル魔術師。本の虫のおかげで外法持ち。
       フェリルの魔術の師匠、兼唯一のパーティ残存組。
       設定上、例の経験から男性恐怖症気味のフェリルが全く意に介さない辺り、男としてはどうなの。
       今回はお留守番。ただ、裏ではフレシアの言いつけを守って別ルートで街に潜入。
       性奴リストの噂を知ってもしもの場合には有り金はたいてフェリルを買って保護、とか考えている、
       そんなフェリル・レポートを本気で書かざるをえなくなった時の伏線を一手に背負うキャラ。

・顔に傷の男:フェリルを最初に襲った時、フレシアに顔をばっさりやられました。
       コンセプトは逆恨み&時代劇の悪役。結局あのアジトの中での生死不明。
       実は生き延びてクルルミクに逃亡。ハイウェイマンズギルドに身を寄せ、
       フェリルの陵辱絵で顔に傷持つ男がいるとか・・・今更無理ですね、はいごめんなさい。